秘密の多い君を知る

 体力測定が終わり、昼休み。自分の席に座っている幸司は、明人達に囲まれて少しだけ困った顔をしている。


「……ここで話すの?」

「嫌か?」

「確かに…人目のあるところではしたくない話。にはなるのかな?」


 明人の言葉に幸司は軽く眉を寄せ、お弁当の包みを持つと廊下へと歩いていった。無言ではあるが、3人がそばに来るまで立ち止まっているので、着いてこいということだろう。3人も幸司を追うように廊下に出ると、幸司はそのまま無言で歩き続ける。


「ど、どこに行くの?」

「……着いたらわかるよ」


 真由美が早足になっていたので、幸司は一度足を止めると先程よりもゆっくりと歩いてくれた。真由美は少しだけホッとして、幸司の後ろを着いて歩く。その両隣には龍介と明人もいるので、安心して歩く事が出来た。


「この階段って……」

「屋上は立ち入り禁止だろ?」

「俺はいいの」


 幸司はそう言うと階段を登りきり、鍵のかかった屋上への扉を、持っていた鍵を使って開いた。


「え!?」

「それも家の力ってやつ?」

「そうだよ」


 4人で屋上に出ると、幸司はまた鍵をしめた。


「……昨日の話がしたいんだっけ?」


 そう言って地べたに座った幸司は、ガラリと雰囲気を変えた。優しそうなニコニコ顔では無い。何かを嘲るような冷たい笑みだ。綺麗な顔をしているだけあって、迫力もある。その上、あぐらをかいているから余計に威圧されてしまう気がした。


「…………」


 真由美が小さく震え、龍介が真由美を庇うように少し前に出て座る。明人だけは余裕そうにニコリと笑って、座った。そして一番最初に口を開いたのも明人だ。


「それは自分に向けた嘲笑?」

「! ……はあ。明人くんは昨日、確かに言ってたね。俺の事をなんでも知ってるみたいなこと」

「言ったね。昨日言った通り、俺は本当の幸司くんがわかるよ?」


 幸司は軽くため息をつくと、チラリと真由美と龍介を見つめる。


「真由美ちゃんもわかったりするのかな?」

「な、なんでもはわからない…けど、本宮くんがあの本宮家の人ってことはわかる」

「それは俺も何となく知ってたけど。本宮ってハイスペックだしさ」

「まあ、そうだろうね」


 そこまでは幸司も予想していた通りだった。しかし、その他の事は……。明人が言いたいのは、そういうことでは無い。


「俺は、出来るだけ本宮の事を隠したかったんだ。昨日の真由美ちゃんの言葉で不機嫌になったのも、それが理由のうちの一つ。でも、怯えさせたかった訳じゃないんだよ」

「怒っていないフリをしてたよね。遠田が怖がるから、抑えようとしてた。でも、遠田って結構感情に敏感だからさ……」

「俺でも分かるくらい目が笑ってなかったぞ」


 それでも普通なら幸司の整った顔に騙されてくれる。幸司はそう思っているし、今までだってそうだった。隠しきれなくなったのは洋子と…彰と再会してからだ。


「思ってた以上に動揺してたみたいだなあ……」

「ご、ごめんなさい……」


 真由美が小さくなって謝ると、幸司は今度は愛想笑いではない、優しい笑顔を見せる。


「真由美ちゃんの事じゃないんだ」

「でも……」

「実際、誤魔化せてる気になってたし。ごめんね。怖がらせて。俺のこの容姿に騙されてくれる人は多いから……。それに、俺の特技でもあったしね」


 幸司はそう言って小さく笑う。


「あ、これ結構本当に疑問だったんだけど、俺が茶道やってる事を知ってたの、なんでなの?確かに本宮は茶道も教育の一つとして嗜むけど…それを知らない人も多いんだよね」


 真由美は、幸司が本当に怒っていないと分かって、ホッとした様子で言葉を紡ぐ。


「私の祖母がね。昔に一度だけ、本宮の茶会に招待されたんだって。お茶を点てる時にはいっつも話してくれてたんだ。本宮家の人なら、全員が嗜むんでしょ?」

「うん。使用人も全員ね。茶道の他にも、楽器や書道なんかも嗜むよ」


 幸司が肯定すると、真由美はまたホッとした様な顔をする。今も幸司に対して少し緊張してしまっていたので、それが完全に解けたのだ。


「ところで明人くん」

「うん」

「明人くんが言ってた俺の事なら知ってるって言うの、何?」


 今度は少しだけ視線が鋭くなった。それでも明人は余裕な表情だ。


「そうだなあ……。例えば、幸司くんは頭がいいけど、授業は退屈でほとんど聞いてないよね」

「!」

「女の子達に囲まれてもニコニコ笑ってるけど、本当はめんどくさいって思ってるでしょ?」

「!!」

「それと洋子ちゃん」

「え……?」

「洋子ちゃんの前だと少しだけ緊張してる。何かに怯えているよね?」

「そう……。本当になんでも知ってるんだね」


 幸司は狂気じみた顔で笑い、明人を見据える。


「でも、これは知らないよね? 本宮の呪いは事実だって……。明人くん。どこでそれを知ったの? 返答次第では容赦しないよ?」


 そう言った幸司の瞳が黄色く揺れ、風もないのにふわりと髪が青くなびいて光る。その光景は綺麗で幻想的……。


 しかし、異様で恐怖の対象にもなった。


 龍介と真由美が、お互いに肩を抱き合って遠巻きに2人を見つめる。


「……俺ね。幸司くんが転校してきてから、ずーっと幸司くんの事見てたんだ」

「へ?」


 突然の告白に、幸司は素っ頓狂な声を上げ、瞳の色と青い髪は普段の幸司の、茶色の瞳と黒髪に戻る。龍介と真由美も、驚いたのかバッと離れ、2人を交互に見つめた。


「明人くんって、同性に惹かれる人?」

「あ、そう言う意味じゃないんだ。俺の家、かなり厳しくて……。幸司くんが来るまでは俺がずっと学年1位だったんだよ。勉強」

「そうだろうね。明人くん。成績良いもん」

「幸司くんに言わたくないんだけどー?」


 明人は軽く唇を尖らせてから、ふふっと小さく笑う。


「負けたのが悔しかった…って言うより、憎かったんだ。おかげで親に怒られたから」

「それは、ごめん」

「謝ることじゃないよ。相手が本宮家の人なら納得というか、きっと幸司くんの親も厳しいんじゃないかなーって。お金持ちの人って英才教育が当たり前みたいなイメージだし」


 幸司は軽く眉を寄せると、コクリと一度だけ頷いた。


「君達が知っているとは思わないけど……。どうせ本宮の事はバレてるから全部話すよ。俺は本宮の人間だ」


 幸司は自分の胸に手を当てて、真っ直ぐに明人を見つめる。明人は流石にそこまできちんとした血筋だとは思わなかったようで、目を見開いて驚いてしまっている。


 この事に関しては、真由美の方が理解していたようだった。真由美はコクンと相槌を打って、幸司をジッと見つめている。


「次期当主候補のうちの1人でもあるから、明人くんの言った通り、教育に力が入っていた。高校生レベルの授業なら聞かなくても理解できる程度には勉強してきたよ」

「次期当主……」

「本家も広いってのに、もう次期当主なのか?」

「候補だよ。決まりじゃない。俺よりも当主に相応しい人だっているし。俺は、本宮の中では平均…それ以下の可能性も高いからね」


 幸司は当主になるつもりは無い。と最後に言い切った。

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