あの日の呪い
「……ひとつ聞いていい?」
明人は幸司をジッと見つめ、真剣な目でそう聞いてきた。
「何?」
「幸司くんがいつも笑顔を作っているのって、どうして?」
明人は、笑顔の裏で幸司が何を考えているのかがわかる。それは、さっきの話からも察せたことだ。
「…それが本宮だからだよ。俺はそういう風に教育された。本心を決して見せてはいけない。弱みを見せてはならない。大人に交じって社交に出るような家柄の子は、大抵そうなんじゃないかなあ……」
特に幸司は当主候補なので、厳しく躾られた。それを分かっているから、幸司は少し嘲るような、そんな声色で呟くように言った。
「でも、幸司くんは苦しそうだったから。ずっと気になってたんだ」
明人が俯きながらそう言うと、幸司はショックを受けたかのように表情を変えた。いつもなら笑えるはずなのに、表情が硬いままなのが自分でもわかる。
「苦しいなんて……。いいんだ。これは、俺の贖罪でもあるんだから」
「え?」
幸司から表情が一瞬で消え、その次の瞬間にはパッといつもの明るい笑顔を作って見せる。
「誰に向けての贖罪だよ。そいつにそうしろって強制されてるのか?」
龍介が心配そうに幸司に詰め寄るが、幸司はフルフルと首を振るだけだ。
「じゃあ、ただのお前の自己満足なのか? 贖罪だって言うなら、ちゃんと面と向かって謝罪するとか、あるだろ」
「それが出来れば良かったのにね。もう遅いんだよ。だって…あの子はもう歪んじゃった。俺の呪いの力は強大だから。人格が変わっちゃったんだよ。あの子は俺がしたことに感謝すらしてる。俺を信じてるのに、どう謝ればいいの?全部嘘だったなんて、今更言えないよ」
幸司の瞳がまた揺れた。黄色く光って、それが涙のようにも見えるのに、幸司の瞳からそれが流れることは絶対にない。苦しそうなのに、幸司の表情はまだ薄らと笑みを浮かべているのだ。
「そ、それって洋子ちゃんのこと?」
「……なんで?」
洋子の名前を聞いた瞬間、幸司から表情が抜け落ちる。そして、大きな瞳が真由美を映した。
「私、体力測定中ずっと洋子ちゃんといたから。幸司くんのお話も結構してくれたんだ。それに……」
「ああ。俺も、朝挨拶した時にチラッと本宮の話が出て、聞いた」
龍介はゆっくりと、言いづらそうに言葉にしていく。
「恩人だって言ってた」
「泣いている洋子ちゃんの事を、慰めてあげたんだよね? でも、今まで感情を表に出さなかった本宮くんの事だから、きっと……」
「そうだよ」
ヒヤッとした声が、真由美達の耳にこびり付く。真由美は思わずビクッと肩を跳ねさせた。
「ああ。ごめんね。これは、真由美ちゃんを怒ってるわけじゃないんだ。憤りを感じるのは自分自身にだから。……真由美ちゃんが思ってる通りだよ」
幸司は軽く俯いて、未だに笑みを浮かべたまま、話を続けた。
「俺は、泣いているあの子がもの凄く妬ましかったんだ。羨ましいと思った。素直で、嫌なことがあったらすぐに泣いて、楽しいことがあったら嬉しそうに笑って。普通のことなのに…コロコロと変わる表情が羨ましくて、憎いと思ってしまった……」
ここまで言うと、幸司の顔が初めて泣きそうに歪んだ。
「あの子がお父さんの死を悲しんで泣いている時、俺だって悲しかった。俺が自然体でいられる数少ない相手だったし……。それなのに、あの子を見ていたら、泣けない俺があの人の事を好きじゃなかったみたいに思えて…素直に泣けるあの子が憎くって」
幸司の瞳がまた少しだけ、怪しげに黄色く光る。
「俺は今も、どれだけ苦しくても涙が出ないんだ。あの時も…涙の代わりに呪いが発動した。洋子ちゃんの脳を操作しちゃったんだ」
「脳の……操作?」
「それが俺の呪い。脳に直接命令を下して、洗脳できる呪い。洋子ちゃんは素直な子だから、すぐだった。でも…感情的に呪いを発動させたから、俺の呪いは対価が大きいから。俺はすぐに眠っちゃったんだ」
だんだん、幸司の声が震えてきているのがわかる。
「強力すぎる呪いは、暴走させると体に大きな影響を与える。俺は…1週間眠り続けた。そして、当主様から離されて教育を1からのやり直し。感情のままに呪いを暴走させたものだから、より厳しくね」
「元はと言えば、その教育がいけなかったんだろ? なのに、ひでぇ……」
「本当に酷いのは、あれから一度も洋子ちゃんに会う機会が無かったこと。そのせいで、あの子は10年間ずっと、俺のあんな酷い行いを善だと信じて疑わなかったんだから。今更本当の事を話したって、きっと洋子ちゃんを傷つけるだけだよな」
幸司は強がって、笑みを作る。しかし、その顔が悲しげに歪んでいて、見ていて痛々しかった。
「本宮だって苦しんでるのに」
「や、やっぱり間違ってるよ。幸司くんの贖罪は間違ってると思う。そんなの、洋子ちゃんも本宮くんも…辛いだけだよ」
真由美の瞳には大粒の涙が溜まっていて、3人はギョッとしてしまった。
「あ、あの…真由美ちゃん」
「泣くなよ。遠田……」
「まだ泣いてないもん。そ、それよりね。洋子ちゃんは…洋子ちゃんはすっごく優しい人だよ」
「え? うん……」
「だから、本宮くんが贖罪だって言って苦しんでることを知ったら、もっともっと傷つくと思うの」
「う」
幸司は心を抉られたような気分になって、胸を抑えた。
「それに……。洋子ちゃん、本宮くんが思ってるよりもずっと強いよ。ふわふわした子だなって思ってたけど。洋子ちゃん、凄くしっかりしてるの。本宮くんが本当の事を言ったとしても、きっと洋子ちゃんは受け止めてくれるよ。う、受け入れてくれるかはわかんないけど……」
真由美は最後の言葉を濁して、もじもじと手を動かした。
「……ふふ」
幸司の笑い声に、3人は顔を上げて幸司を見る。幸司は確かに笑っていた。作り笑いじゃない、本当の笑顔だ。
「そっか。洋子ちゃん、泣き虫だったのにな」
「そうなのか?」
「俺の呪いって本質は変わらないはずなんだ。洋子ちゃんは俺を信じて我慢してるだけってわけじゃないのかもね」
「そうだよ。実際に洋子ちゃんは強い子だもん」
真由美はパッと顔を上げて、幸司の手を握る。元気づけてくれようとしているのが分かって、幸司の表情が綻んだ。
「……そっか」
そして、洋子に本当の事を伝えよう。と覚悟する。それで嫌われたら仕方ないよな。と少しだけ寂しくもなったが、ちゃんと償う気があるなら、言うべきだ。
「ありがとう。少しだけど、心が軽くなった気がする」
「…えへへ」
真由美が照れたように笑うと、幸司も釣られて嬉しい気持ちになった。
「幸司くんの本当の笑顔、素敵だねえ」
「え? ……ありがとう」
幸司がはにかむと、3人がグッと胸を押さえつけた。幸司の顔は毒だ。と密かに思う。いや、恐らく幸司にも伝わっているのだが。
「やっぱり、愛想笑いに留めておいた方が良い?」
「いやいやいや」
「本宮くんが我慢しないで済むならその方がいいよ!」
「うん。我慢するの、苦しいよ?」
「それは……」
幸司は何かを言いかけて口を閉じる。そして、また口をゆっくりと開いた。
「そうだね。学校でくらいは……ね。本宮から抜け出したいし」
「え!? お金持ちいいじゃん」
「こら。龍介」
「今の話の流れで、本宮くんがどれだけ苦労してきたか分かってるでしょ?」
「そーだけど……」
3人の柔らかい空気に、幸司も思わず自然な笑みがこぼれてしまうのだった。
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