作られた表情
体力測定のために体育着に着替えた男子生徒達は、ゾロゾロと体育館に集まっていた。女子は外の項目から測定をするそうで、この場にはいない。女子に気を使うことなくはしゃぎ回る生徒がチラホラと確認でき、幸司は何となくそれを目で追っている。
「あ、委員長じゃん。何見てるの?」
入学式の後のホームルームで、幸司はクラスメイト達から推薦されてクラス委員長になった。一部の人は、幸司の事を名前ではなく委員長と役名で呼ぶ。
「亮太くん……。楽しそうだなーって思ってさ」
「あー…。女の子達がいないからテンション上がってるのかな? 気持ちはわからないでもないけど」
「そういうものなの?」
幸司にはその気持ちはわからないので、首を傾げて不思議そうなポーズをとる。見目が良いので、その仕草がやたらと絵になる。
「だってさ。女子がいる所ではしゃいだりするとすんごい目で見られるよ?」
「そーそー。先生が来るまでの間、超自由じゃん!?」
亮太の友人である陽太と、
「仲が良いんだね」
肩を組んでヘラヘラと笑う彼らを見て、幸司はニコッと綺麗に微笑んだ。
「まあ、中学ん時からつるんでるからね。あ、でも木田は高校から」
「俺っち静岡から来てるんだ」
それは自己紹介の時にも言っていた。幸司はそれを覚えていたので肯定する。
「確か裾野だっけ?」
「うわー。よく覚えてんな」
「流石優等生。新入生代表は違ぇや」
陽太は少しだけ嫌味っぽく言う。幸司に敵意があるようだ。幸司はチラッと陽太を見たが、すぐに興味が失せたかのように視線を外した。
「陽太くんもモテる顔してるじゃない」
「うぇっ!?」
入学初日からずっと、女子達に囲まれている幸司が妬ましかった。それを見抜かれた陽太は、驚いて素っ頓狂な声が出た。そして亮太達には笑われる。
「バレちゃって恥ずかしーの!」
「お前、絶対敵わないぜ?」
仲間に笑われ、陽太は不貞腐れてしまう。その結果、癒しを求めて可愛さでは女子顔負けの彰の元へ駆け寄って行ってしまった。
「……」
幸司から一瞬、表情が抜け落ちたような気がして、亮太はビクリとしたが、すぐに気のせいかと陽太の方へ軽口を叩きに合流する。
「なあ。俺、今日明人が委員でいないから1人なんだ。本宮、記録のペア組んでくれないか?」
と、後ろから龍介に声をかけられた。予想のついていた誘いだったので、幸司は即了承する。龍介がホッと息をついたのがわかった。
その直後に予鈴が鳴って、先生達もチラホラと体育館内に集まり始めていた。はしゃぎ回っていた男子達も、ステージ上で友達と会話を楽しんでいた男子達も、予鈴に合わせて動き出す。
「また後でな」
幸司達も出席番号順に整列するため、一度別れた。「高橋」と「本宮」なので離れているのだ。
幸司は列に並んで座ると、前を向いて先生達の準備を眺める。先生達に混じって、明人も見つけた。彼は測定係のようだ。
「あ」
ふと視線をずらすと、智と目が合った。いつからこちらを見ていたのだろうか。そう思いながらも、学校内では学友のフリをする。ヒラヒラと軽く手を振ってからまた前を向いた。
「幸司」
いつも起こしに来る声で名前を呼ばれ、幸司は振り返る。すると、智から何かの紙を渡された。
「……?」
クシャクシャの紙を伸ばすと、智からの伝言が書かれていた。『上手く手加減をするように』だそうだ。言われなくても分かっている。幸司は主人を信用しろ。と念を送るつもりで智を睨んだ。すると、智もこちらを振り返って、指で2という数字を作った。
2年前、同じように加減をしろと言われたのだが、上手く出来ずに学校中の噂になったことがある。その事を示しているのだろう。
「大丈夫」
と口パクをして、チャイムの音が鳴ったのを耳で聞く。先生達の説明が直ぐに始まったので、智も幸司から視線を逸らした。
。。。
「なあ、さっき2組から何が送られてきたの?」
準備体操をしている途中、龍介からそう質問された。どう答えようか悩んだ末、幸司はニコッと笑うと人差し指を唇に当てる。
「内緒」
それが男子達までクラっとしてしまうような破壊力を持っているので、それを直に向けられた龍介は、グッと喉を詰まらせた。男相手にドキリとしてしまった龍介は、悔しい思いで唇を噛む。
「さて、どこから回る?」
準備体操を終えた幸司は、龍介の様子なんて目もくれずにニコリと笑った。
「本宮って意外と性格悪いんだな」
「なあに? 俺のこと聖人とでも思ってた?」
「いや、違うけど……」
そこまでは思っていないけれど、噂に聞いていた本宮幸司はいつもニコニコしていて、優しい。だったのだから、期待を裏切られた気になるのは仕方が無いと思う。
「大体、龍介くんは昨日の俺も見てるでしょ」
昨日と言えば、友人である真由美が幸司に怯えされられていた。
「あー……。あのさ。言っとくけど、別に遠田はお前のストーカーとかそういうのでは無いと思うぞ?」
「別に疑ってないよ。あの子、男の子なんて苦手でしかないでしょ?」
幸司の言葉に、今度は龍介が顔を顰める。
「何驚いてるの? 同じ中学の子なら結構みんな知ってるんじゃない?」
その通りだった。真由美は中学の頃に男性絡みで嫌なことがあった。龍介と明人以外の男子には…いや、女子も含めて、苦手意識を持っている。
「そうだけど」
「俺の話も有名だったりしたのかな?」
「え?」
幸司の声から感情が消えた。芯が冷えるような、重く冷たい声が龍介の耳にこびり付く。幸司の方を振り返ると、その表情からも感情らしきものは抜け落ちているように見えた。こうして見ると、本当にただの人形のようで気味が悪い。
「有名って訳じゃない…と言うか、俺は本宮の事、ほとんど知らない」
「……そう。あの2人からは何も聞いてないんだ?」
今度はニコリと微笑まれた。しかし、目が全然笑っていないのが分かる。何を隠しているのかは知らないが、流石にこんな態度を取られると龍介の方もムッとしてしまう。
「聞いてないよ。別に秘密を知りたい訳でもないし! 興味もないし、その態度やめてくれる!?」
つい、大きな声が出てしまった。幸司の反応が気になって顔を覗くと、幸司はきょとんとしていた。
「本宮……?」
何かがおかしい。と龍介は冷や汗を滲ませる。目の前にいる男のことがまるで分からない。身近な人間から感じる恐怖に、龍介はゴクリと息を飲んだ。
「俺、何かした?」
「!」
本当に、心の底からそう思っているのだ。龍介は幸司の態度からそう判断して、驚いた。あんなに冷たい声を、表情をしておいて、幸司は自分自身ではそれに気がついていないのか。それとも、それに対して何も感じていないのか。
「隠せているつもりなのか……?」
「何が……?」
そう言った幸司の表情がすぐに歪んだ。
「ああ、そっか。隠せているってそういう事……」
そう呟いて、幸司は龍介の腕を掴む。
「え……」
「ほとんど知らないなんて嘘じゃないか。知らない人なら騙されてくれたのに」
一気に龍介に詰め寄った幸司が、龍介の耳にだけ聞こえるように、小声で呟いた。
「何言ってんだよ」
「握力が空いてるよ。行こう?」
次の瞬間には、幸司は何も無かったかのように龍介を連れて握力計のある列に進む。
「龍介くんに向けたつもりは無かったんだ。龍介くんの言う通り、俺が作り笑いを見せれば大抵の人は誤魔化されてしまう。隠せているつもりになってたよ」
「本宮……?」
「まあ、その話も含めて昨日、明人くんに脅されてるし」
「んぇ?」
幸司があっけらかんとそんなことを言ったので、龍介は思わずおかしな声が出てしまった。口を押さえるために幸司に掴まれた腕は振りほどく。
「あはは」
口を押さえている龍介を見て笑う幸司も、どこか作り物のような気がしてならなかった。しかし、それを指摘すればまた何かとんでもない答えが返ってきそうで、龍介は黙って幸司と共に体力測定に臨むのだった。
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