本宮家の噂

あまりにも残酷な一族の話

 その日の夜、洋子はリビングで家族と寛いでいる時に、優香に幸司の親戚の話をした。


「ラーメン屋さんでね、美味しかったよ!」

「あらあら。結局この子ったら幸司さんを誘ったのね?」

「あう……。もしかしたら大丈夫かもしれなかったし。それに、大丈夫だったし……」


 優香に笑顔で責められて、洋子はアワアワと口を動かした。そんな様子を兄である。恭弥が優しく見守ってくれている。


「そのラーメン屋さんはそんなに美味しかったのかい?」

「うん! 今度はお兄ちゃんとお母さんも一緒に行こう?」

「あら。それは楽しそうね」


 優香は鉄二とも知り合いだ。チャットでやり取りをする程には仲が良いし、洋子の話もしている。急に家族でお邪魔したらどんな反応をするのか、少々楽しみだった。


「それにしても、洋子はその幸司くんと仲がいいのかい?」


 と、恭弥が聞く。可愛い妹が男に近づく事を心配しているのだ。


「え? うーんと……。あのね、幸司くんは恩人だから、仲良くしたいなーって思ってるよ!」


 洋子の無邪気な笑顔を見て、優香は一瞬だけ表情を消した。ほんの一瞬のことで、洋子も恭弥も気がついていない。


「それは俺も是非挨拶をしないといけないね」

「お母さんは幸司くんの事、知ってるんでしょ? お兄ちゃんは知らないみたいだけど…お父さんは?」

「え?」

「そうだったの? 俺はその話、知らないな」


 洋子の幸司に対する好奇心は、中々収まらないようだった。優香の答えを心待ちにして、純粋な瞳でジッと優香の顔を見つめている。


 優香はそんな洋子に困ったような笑みを浮かべてから、口を開いた。


「お父さん同士がお友達だったのよ。だから、お葬式にも幸司さんがいたの」

「そっかあ。幸司くんのお父さんは厳しいんだよね? どんな人かなあ……」


 親が厳しいと言っていたのを覚えている洋子。想像するのは典型的な雷オヤジだった。勝手に想像をしてふるふると震えているので、恭弥はクスクスと小さく笑って、洋子の頭を撫でる。


「洋子は想像力が豊かなんだね」

「だって、怖そうなんだもん」

「そうね。洋子。幸司さんにご家族のお話、聞いたりしなかったわよね?」

「うん。してないよ」

「ならいいけど」

「あ、でもね」


 洋子は思い出したかのように言葉を続ける。


「幸司くんと鉄二さんは仲、良さそうだった」


 そう言って、洋子はニコニコと嬉しそうに笑った。


「そう。良かったわね」

「うん!」


。。。


 洋子が眠りについたあと、恭弥は優香が後片付けをしているところにやって来て、こう聞いた。


「その幸司くんって、あの本宮家の幸司のことなの?」

「……それがどうかした?」

「やっぱりそうなんだ。父さんって何者だったのさ」


 自分の父、達也たつやが亡くなった時はまだ10歳だった恭弥。父の仕事には興味があったが、結局教えてもらう前に事故で会えない人になってしまった。


「恭弥は、もう大きいもの。誤魔化せそうにないわね」


 優香がフルフルと首を振ってそう言うと、恭弥も改まったように真剣な目をして、優香を見つめた。そうすると、優香は諦めたように小さくため息をついてから教えてくれる。


「あなたと同じで、来明の特待生だったの。達也」


 恭弥も通う来明学園。小等部から大学部までの大規模な進学校は、本宮が経営する学園だ。あの学園は、金持ちと実力のある若者に優しい。優秀な恭弥は特待生。大学部にも奨励金をもらって通っている。


「今の当主様とは、高等部のクラスメイト。そのまま大学でも仲が良くて……。達也は大学を卒業後も、当主様と共に起業を興すほどだったわ」

「す、凄い……」


 尊敬する父親の仕事を初めて聞いた。恭弥は胸がドキドキと高鳴っているのを感じ、そっと左胸に手を添える。


「そのせいで、当主様が壊れていくのも一番近くで見る羽目になった」

「え……!?」


 急に優香の声が低くなり、恭弥は身震いをする。


「本宮には色々な噂があるわよね。そのうちのひとつに、当主様の浮気」

「聞いたことはあるけど……」

「事実よ」


 ピシャリと優香は言い切った。恭弥は目を丸くして、それでも続きが聞きたくて、大人しく優香の言葉を待つ。


「私と達也がまだ交際関係だった頃から、当主様に異変が生じた。当主様の婚約者も……」

「当主夫人は、確か美優みゆ様」

「結婚はしてないわ。美優ちゃん、他に恋人がいるの」

「な、なにそれ!?」


 母が当主の婚約者である美優を親しげに呼ぶのも気になったが、当主様だけでなく当主の婚約者様までもが浮気をしていた? と聞いて、恭弥は混乱してしまいそうになる。


「元々、愛のない婚約だったもの。当主様も美優様も、本宮家によって子を成すことを強制されていたの。それが原因で、二人はどんどん精神を壊していったわ」

「そんな……」

「私達が結婚した時はまだ軽い方だったし、あの本宮が目に見えておかしな行動を取れるわけがなかったから…誰も気づく者はいなかったの。私も達也も気がつかなかったし」

「その後は……」

「あなたが生まれた頃に、当主様も恋に落ちた。良家ではない、一般女性に」


 あんまり悲しげに言うものだから、恭弥にまで移ってしまいそうになる。それに…本宮家は本宮家同士で結婚するのが当たり前だ。中には離縁をして一般人と結婚する者もいるらしいのだが、まさか当主がそんなわけにはいかないだろう。


「その女性と出会ってから少しは回復していた精神状態も、幸司さんの件で変わった」

「え?」

「幸司さんの時は…当主様の懸想がバレてしまったの。友人として接してきたはずだけれど、やっぱり感情を完璧に誤魔化すのは難しいのよね。……暗い暗い部屋に当主様と美優様は閉じ込められ、幸司さんを妊娠した。その知らせを聞くまで出ることは叶わなかったって。その頃の当主様は、本格的におかしくなっていたわ」


 長い間閉じ込められていたのだろう。暗い部屋に。恭弥はそれを想像して、身震いをした。


「解放された当主様は、縋るように懸想していた女性の元へ行った。その数ヶ月後だったかな。その女性の妊娠が発覚したのは」

「それじゃあ、その女性って当主様のこと……」

「いいえ。彼女も当主様を愛していたそうよ。私は達也からの又聞きで、その時のこともそんなに詳しくないんだけど……。当主様は責任を取って、女性を本宮本家に迎え入れたって。美優様とも仲良くしていたらしいのだけど、他の本宮は彼女を雑に扱った。それでも、当主様と美優様が守っていたから、その時は酷いことも起こらなかったそうなんだけど」

「うん」


 その後の優香の言葉は、今までで一番重い言葉だった。そして、恭弥に大きな衝撃を与えた。


「女性との間に生まれた双子が原因で、今度は幸司さんが壊れた。その幸司さんに…洋子も壊されたの」

「洋子がなんで出てくるの!?」

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