見事に引っかかる

 洋子達が暇潰しに雑談していると……。


きゅるるる


 と、いきなり洋子のお腹が鳴り、洋子は恥ずかしそうに手をワタワタとさせてから、お腹を押えた。


「お、お腹すいたあ……!」


 口元は笑っているが、やはり恥ずかしいらしく、頬が赤く染まっている。


「確かに腹減ったよなあ……」

「そうだな」


 洋子につられて、龍介と一郎もお腹を押える。一度意識してしまうと、どうも空腹が忘れられない。一気に無気力になってしまった。


「圭ちゃんが、帰ってきたら一緒にご飯に行ってくれるって言ってたの。だから待たないと……」


 洋子は目の前の机にぐてーっと体を預け、待ちきれない。というように愚痴をこぼした。


「龍介くん達もそうなの?」

「うん。明人と遠田と。俺ら、いつも近所のエムドでだべってるから」


 エムドとはエムドナルドの略称で、ポテトやハンバーガーが売りのファストフード店である。


 超がつくほどの金持ちである幸司は、名前は聞いたことあれども、それがどう言った店なのかはまるで知らない。話がわからないので、幸司は大人しくしていた。


「幸司くんも良かったら行かない……?」

「え?」


 洋子は断られるかもしれない。と思いつつも、一応聞いてみた。親が厳しいと言っていたけれど、もしかしたらということもあるかもしれないから。


「えっと……」

「やっぱり難しいかなあ?」


 幸司自身、普段食べないような食べ物にも、学校の帰り道に寄り道をすると言う行為にも、実は興味があった。好きにしてもいいと言うのなら、行ってみてもいいのだろうか?


 ソワソワと体が動いてしまいそうになるのを我慢して、幸司は洋子への返事を絞り出す。


「聞いてみないとわかんない……」

「そっかあ」


 洋子はやっぱり駄目だったかな。と思い、寂しい気持ちになってしまった。


 洋子が寂しそうなので、とりあえず聞いてみようと思い、幸司はスマホを取りだす。スマホにはメッセージが何通か届いており、幸司はその内容を確認した。


「あ。ごめん、洋子ちゃん。親戚に呼ばれたから…一緒には行けないや」

「そっかあ……。残念だね」


 あからさまにしょんぼりとした洋子に、どこか暖かい気持ちになる。と同時に、罪悪感で胸がチクリと傷んだ。洋子は自分を信頼してくれている。それを思い出した。


「ごめん。なんか……。売り物の試作。俺に食べろって」


 幸司が苦笑しつつそう言うと、3人は驚いた顔で固まり、次の瞬間にはずいっと幸司に詰め寄ってきた。


「本宮の親戚って何やってるの? レストラン?」

「俺も行ってみたい……」

「私も! 私も気になる!」


 幸司1人に対して3人が詰め寄ってくるので、幸司は思わず逃げの体勢で目を逸らした。


「レストランなんてものじゃなくて……。ラーメン屋さん。副業で」

「副業で!?」

「普段は何をしてる人なの?」


 幸司の親戚に興味津々な3人は、幸司が戸惑っていようと関係ない。気になるので質問をしている。と言うだけの事である。


「普段は在宅ワーク。パソコンいじってるけど。片手間でラーメン屋やってる。そんなに人気もないし」

「へえ……。そこって遠い?」

「うん?」


 龍介の発言に幸司は驚く。まさか、来るつもりなのだろうか?


「近かったら行けるじゃん。いつもエムドじゃ飽きるしさ」

「俺も行ってみたい」

「私も行きたい!」

「えっと……」


 人気のないラーメン屋。それもそのはずで、休みも営業も店主の気まぐれで訪れる。つまりは不定期。


「聞いてみる」


 とりあえず、営業をやってるのかどうか。それが問題だった。


「あ、やっぱり大人数だから?」

「流石に迷惑だったかな……」

「それは別に。宴会もやるらしいし」


 幸司はそう言うと、その親戚にメッセージを送る。


 その直後に、松下先生と一緒に体育委員と保健委員が帰って来た。


「まだ残ってたのか」

「本当に待っててくれたの?」

「お待たせ!」


 それぞれ待っていた龍介、一郎、洋子の元に、待たせていた委員会の生徒達が集まっていく。


「本宮は誰を待ってたんだ?」

「特には。やることが無かったから」

「なら、教室の整備を手伝うか?」

「嫌です。てっちゃんに呼ばれてるし」


 松下先生がニヤッと笑って言った手伝いというものは、綺麗な作り物の笑顔でバッサリと断る。


「そうなのか」


 松下先生も仕方ないな。と言ってすぐに引き下がった。幸司はそれだけで、松下先生と<鉄ちゃん>なる人物は知り合いであるとアタリをつけ、カマをかけてみた。


「先生は鉄ちゃんとこのラーメン、何が好きなんですか?」

「味噌とんこつ」

「ふうん?」


 幸司の笑顔を見て、松下先生の首筋に一筋の冷や汗が流れる。カマをかけられたのだと気がついたからだ。普通に答えてしまって、松下先生は焦ってしまった。


「どのくらいの頻度で行くんですか?」

「いや…それは……」

「松下先生、幸司くんの親戚の人のお店行ったことあるんですか!?」


 洋子達にまで興味を持たれ、松下先生は唸りをあげる。幸司がニコニコと変わらず作り笑いをしているので、松下先生はスーッと目を逸らした。


「本宮。スマホ鳴ってるぞ……」


 そしてむくれた顔で指摘すると、さっさと教室内の机を整えるためにこの場から離れ行く。逃げたのだ。


。。。


 幸司に来たメッセージには是非。と書かれていたので、全員を連れてラーメン屋にやってきた。暖簾には『ラーメンてっちゃん』の文字。


 洋子達以外に客はいない…というか、幸司が来た瞬間に貸切にした。


「みんなよく来てくれたね! 俺は本宮もとみや鉄二てつじ。幸司の親戚のおじちゃんだよ。見ての通りラーメン屋。みんな、好きなの頼んでってねー!」


 実はこのラーメン屋。今日が一番儲かるのではないか。というくらい人の入りが少ない。


「俺は新作ってやつを食べに来たんだけど」

「うんうん。まだ売り物じゃないからみんなには出せないけど……。気になるならコウちゃんからちょこっと貰って」


 と言って、鉄二は早速裏から新作だと言うラーメンを持ってきた。ちなみに、幸司の事をと呼ぶのは鉄二と…生前の洋子の父親くらいである。


「桜?」

「そうー! 桜ラーメン」

「美味しいの?」

「わかんない」


 桜の乗ったラーメンを軽く睨みながら、幸司は箸に手をつける。


「食べれなくは…ない」

「だろ?」

「別に美味しくもないんだけど……」

「あちゃー。そうなの?」


 桜の風味は悪くないのだが、ラーメン自体が少々こってりしているので、何となく合わない気がする。


「酸味を足せばもうちょっとマシになると思うんだけど」

「酸味か……。脂も多いかな?」

「脂より味が濃い。味噌じゃなくて塩とか、あっさりしたスープにしなよ」


 鉄二と幸司のやり取りを見て、みんなが興味を持つ。


「食べてみたい……」

「え? じゃあ、少しだけだよ」


 洋子が呟くと、幸司が別のお皿に少しだけ分けてくれた。


「はむ……。桜ってこんな味するんだ」

「そうだね」

「不思議な味ー!」

「…………」


 無邪気に笑う洋子を見て、鉄二は何故か洋子の頭を撫でる。突然の出来事に、店の中は一瞬時が止まった。


「え?」

「ちょっと。何やってるの?」

「よ、洋子!? 大丈夫!?」


 洋子が驚いて顔を上げ、幸司に鉄二の腕が捻られる。そして、圭子が洋子をひっぺがしたところで鉄二が捻られた腕を押さえてギブアップの声。この一連の流れが、たったの3秒間の出来事であった。

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