放課後のラーメン店

待ち時間の暇潰し

 放課後になったので、洋子は圭子をご飯に誘ってみた。しかし、圭子からは先生に呼ばれている。と言う返事が返ってきた。圭子は若菜と同じ体育委員になったので、明日行われる体力測定の事だろう。との事だった。


「どれくらいかかるか分からないけど、待っててくれるなら行けるわよ」

「本当? 待ってるね!」


 洋子は圭子を待つために教室に残ることにした。洋子と同じ図書委員の男の子も、人を待っているらしい。他にも数人、教室には人が残っていた。


「ねえねえ」


 せっかく同じ委員会になったのだ。洋子は図書委員の男の子に話しかけてみることにした。


「! ……何?」


 洋子に話しかけられた七倉ななくら一郎いちろうは一瞬顔を強ばらせ、恐る恐る洋子へと視線を向けた。


「あ……。一郎くんも人を待ってるのかなーって思って……。ごめんね、急に」


 睨まれたと感じてしまった洋子が、小さく縮こまって震える。


「いや……。別に、いい」


 話しかけたはいいが、一郎の表情は強ばっていて、迫力がある。洋子はつい怯えてしまった。


「悪い。俺、目つき悪いから」

「え? あ…そ、そんなことないよ!大丈夫……」


 本当は怖い。なんて言えず、洋子はブンブンと手を振って否定した。


「…………」

「……」


 気まずい沈黙が流れ、洋子は首筋に冷や汗が流れるのを感じる。


「ねえ。2人で何を話しているの?」


 すると、横からふと声がかけられた。


 2人で困った顔をしているので、幸司がつい声をかけてしまったのだ。お互いにパアッと明るくなった気がしたので、幸司は思わず苦笑してしまった。


「幸司くん」

「うん?」

「幸司くんも誰か待ってるの? 私達、人を待ってるんだよ」

「圭子ちゃんだよね? 一郎くんは翔太しょうたくんを?」

「ああ……」

「うん!」

「そっか。俺は何となく残ってるだけなんだけど……」

「そうなの?」

「うん。午前授業だったから、これから何しようかなーって」


 自分で決めていい。と言われても、何をすればいいのかわからない。そのため、幸司は席に座ってずっと悩んでいた。そこを、2人が何かを焦っている様子でいたので話しかけた。というのが顛末である。


「そうだったんだ」

「本宮……。真面目そうだから、帰って勉強だと思った……」

「えー? 俺そこまで真面目じゃないんだけど」


 幸司が輪の中に入ることによって、緊張していた2人の表情が柔らかくなる。


「なあ。その会話俺も入っていい?」


 横から、もう1人の教室内に残っていた男子生徒、高橋たかはし龍介りゅうすけに声をかけられる。彼は幸司と同じ桜川さくらがわ中学校の出身で、龍介の方は幸司を知っている。幸司も、同じクラスにはなったことがないが龍介の噂を聞いたことがあった。ただし、顔を合わせるのは今日が初めてだ。


「真由美ちゃん達を待ってるの?」


 龍介が噂になる原因である、同じクラスの遠田えんだ真由美まゆみ。真由美は中学時代、学内で一番の美人であると有名だった。そして、悪い噂もチラホラ聞くことがあった人物でもある。


 その真由美も桜川中学校の出身で、龍介と真由美、それから更にもう1人の、桜川中学校出身のクラスメイトである白川しらかわ明人あきとは、小学校からの仲良し3人組なんだそうだ。


「そう。遠田もだけど、明人も呼び出しだって言うから」

「そっか。明人くんは確か、圭子ちゃんと同じで体育委員だよね」


 男女2人ずつ選ばれる体育委員。そのうちの男子の1人が明人。真由美は翔太と一緒で保健委員だ。明日は身体測定も一緒に行うので、体育委員と保健委員が呼び出されている。という訳だった。


「うん。俺は楽そうな掲示委員選んだから。暇なんだよなあ」

「掲示委員、たまにポスター貼る以外に仕事はないらしいもんね」


 そのポスターも文化祭等のイベントの時くらいにしか貼る事が無いらしい。龍介はめんどくさがり屋な性格なので、一番にそれに手を挙げて、じゃんけんで勝ち取った。


「うん。でも掲示委員って、2年から忙しくなるらしいじゃん? 来年は何しようかなー」

「龍介くん。頭いいんだね」


 何を思ったのか、洋子は感心したような顔で龍介を見つめていた。微妙な気持ちになった龍介が乱暴に頭をかく。


「計画性があるって意味かな?」

「うん。凄いね」


 幸司のフォローの言葉を肯定して、洋子はニコッと笑う。


「おう? てか、頭いいって言ったら本宮じゃん」


 龍介は居心地が悪くなって、幸司の話へシフトチェンジしようと話を切り出した。やっぱり単純な洋子は、そうだよねえ。と龍介の言葉を肯定しながら笑っている。


「本宮……。首席。凄い」


 短く一郎も肯定する。今度は幸司の方が居心地が悪くなってしまった。


「別に。俺は首席じゃないよ」


 幸司の言葉に、3人は固まる。入学式の日に挨拶をしていたのに……? と、3人とも怪訝な顔をしている。


 更に、幸司と出身中学校が同じの龍介は、幸司の成績も知っている。疑いようもなく、幸司が首席だと思っていた。


「どういうこと?」

「俺と同じ成績の人が、もう1人いるんだよ。その子が代表挨拶を降りたから俺が新入生代表になったんだ」


 その言葉に3人は驚いた。特に、やっぱり龍介が一番驚いたらしく、そいつは何者だ。と大きな声を出していた。


「何者って……。たまたま同じ成績だっただけじゃん」

「だって、本宮ってうちの中学で一度も点数を落としたことがなかっただろ?」

「「え」」

「全試験全教科満点じゃん」

「「ええー!?」」


 一郎と洋子は驚いて思わず声を上げた。


 一郎でもそんな大声が出るのか。と幸司はズレたことを考えて、驚く2人に視線を向ける。


「前の学校の教育レベルが高かったからじゃないかなあ? 俺転校生だったから」

「そういうものなのか?」

「凄いね!」


 幸司の言葉で何故か納得をした2人。意外と似た者同士だったらしい。


「そんな訳ないだろ。いくら教育の質が良くても、テストの出来は本人次第だし」

「あ、そっか」

「本宮が凄いんだな」


 結局は龍介に話を戻され、幸司は2人に賞賛される羽目になった。


「でも、もう1人の子も凄いんだね。幸司くんと同じ成績なんて!」

「ああ。凄いよ。俺よりよっぽどね」


 幸司はそう言って優しく微笑んだ。多分、心からの笑顔である。


 そんな幸司は本当に人間なのか。と疑いたくなる程に美しかった。春の日差しが窓から差し込み、幸司の髪をキラキラと青く照らしている。


 洋子は今朝の夢を思い出し、ポーッと惚けた顔で幸司を見つめる。


「お前ってそういう顔も出来るんだ」


 という声で、洋子はやっと現実に引き戻された。


 幸司はと言うと、龍介の言葉に反応して、一瞬だけ表情が消える。


 龍介がビクリと体を動かすと、すぐに貼り付けたような笑顔を浮かべて「何が?」と聞いた。


「いや……。なんでもないよ」


 冷や汗が出る思いで、龍介は発言を取り消した。そんなやり取りに気づかない洋子と一郎は先程よりも打ち解けたようで、未だに幸司を褒めながら2人で談笑している。


「いつまで俺の話してるの?」

「だって」

「本宮は凄いなって」

「「ね?」」


 そう言われても……。と幸司は頬を軽くかいて苦笑する。

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