水森洋子は不思議な子
ジリリリリリ
「……ハッ!」
洋子は目覚ましの音で飛び上がり、自分の頬に触れる。頬は、一筋の涙で濡れていた。
「幸司くん……?」
夢の中の幸司は何を悲しんでいたのだろう。そう思いながら、洋子はやっと目覚まし時計に手を伸ばして音を止めた。
昨日と同じように制服を着て、鏡で自分の格好におかしな所がないかをチェックをすると、やはり昨日と同じように階段を駆け下りた。洋子の鼻先に漂う匂いから察するに、今日はエッグベネディクトである。
「おはよう」
「おはよう。洋子」
今日も母が出迎えてくれる。兄は今日も早いみたいで、既に家を出ているらしい。母が持っている空の茶碗が正しく兄のものだったから、すぐに分かった。
「ねえ、洋子。今日のお昼はどうする?」
「あ、まだ午前授業なんだよね! お外で食べてこようかなあ……」
優香は今日もパートの入っている日だった。
「そう。それならこれで行ってらっしゃい」
洋子はお金を受け取ると、「ありがとう」と無邪気に笑う。
「そうだ。幸司くんを誘ったら一緒に行ってくれるかな?」
「え? 幸司さん? どうかしら……。彼の家は厳しいところだから……」
楽しそうに笑う洋子には悪いが、本宮家の人間である幸司をご飯に誘うのは難しいのでは無いか。と優香は思い、困った顔でそう答えた。
「そうなの?」
「ええ。まあ、ね。幸司さんにはあんまりお家の事とか、聞かないようにね」
幸司は本宮が嫌いだった。以前からの知人である優香も、当然それを知っている。洋子があまり幸司に突っ込んでいく事がないように、それだけはきちんと伝えておいた。
「うん。わかった……」
幸司の家はやはり複雑だ。幸司は両親のことは好きだが、本宮家という枠組みは嫌い。幸司の顔を思い浮かべながら、優香は食事を終えて学校へと向かう洋子の後ろ姿を、少しだけ寂しそうに見送るのだった。
。。。
洋子は、今日も歩道橋の近くで圭子と合流した。昨日と同じように圭子と一緒に教室に入ると、自分達の席の近くでは昨日と同じように幸司が囲まれて女子達と話している。そのため席に向かいづらくて、若菜と3人でお喋りをして待っていた。
「幸司くんって人気者だね」
と洋子は笑う。圭子の方は席に着けずに少し不機嫌そうに洋子の言葉を肯定した。
「羨ましいよなぁ……」
そこにスッと入ってきたのが亮太だった。
「うわっ! びっくりしたじゃない! 何してるのよ!」
「また若菜ちゃんにいたずらでもしようかなーって」
亮太はヒラヒラと手を振り、楽しそうに笑っている。当然、若菜は何も楽しくなんかない。
「帰りなさいよ。アイツら待ってんじゃん」
ヒクヒクと口角を引き攣らせ、若菜は亮太の友達がいる窓際の方を指さした。
「だって。若菜ちゃんをからかうの楽しいんだもん。顔が親に似てるから、中学の先生をいじめてるみたいでさ」
スッキリするんだよねー。と、亮太は悪びれもなくそんなことを言った。
「意地悪したらダメだよ」
純粋で単純な洋子は、亮太の言葉を真に受ける。若菜を庇うようにギュウッと強く抱きついて、頬を膨らませて亮太を睨んだ。
「洋子ちゃんって、いい子ちゃんなんだね」
「?」
亮太がふふっと優しい顔をして笑うから、洋子は睨むのをやめ、きょとんとした。
「意地悪してる訳じゃないよ。いじってるだけで」
「それってどう違うの?」
洋子は首を傾げ、混乱する。きっとあの子の頭の上にはハテナマークでいっぱいなのだろうな。そう思った圭子が、やれやれと顔を抑えた。
「どうだろうねー?」
「教えてくれないの!?」
驚いた洋子が若菜から手を離し、亮太の傍に教えを乞いに行く。傍から見たら待てを躾ける主人と餌を待つ子犬のようだった。
「うん。内緒ー!」
「え! 気になっちゃうよ!」
「気になるかー。どうしようかなあ……?」
「教えてよ。亮太くん」
亮太に遊ばれているだけだ。と洋子に伝えるべきなのか、別に洋子が傷つけられている訳でもないし放っておくか、圭子は悩んでしまった。
「おおーい! 亮太!」
「女の子にばっか構ってないで、お前もこっち参加しろよー!」
圭子が悩んでいたら、亮太の友達が亮太の事を呼んだ。助け舟なのだろうか、それとも単純に亮太を呼んだだけなのか。亮太の友達には派手な人が多いので、少しだけ萎縮し警戒してしまう。
「はいよー。んじゃあ、呼ばれちゃったから、気になるかもしれないけどまた今度ねー?」
「あー! ずるい……!」
逃げられた。と、洋子は残念そうに唇を尖らせた。
「どっちみち教えて貰えないんだからほっときなさいよ」
「え? そうなの?」
「そうなの」
「そっかあ……。でも、亮太くんはあんまり意地悪じゃないよね」
少しだけしょんぼりとした顔をした洋子は、すぐに笑顔になって若菜を見た。
「え?」
「酷い事をする人の顔じゃなかったよ」
単純ですぐに騙されそうな顔をしているくせに、洋子は意外と人を見ているし、人を見る目も備わっている。なんだか不思議な女の子だ。そう思って、若菜はチラッと圭子を見た。
「そういう子なのよ」
若菜の気持ちを察した圭子は、やっぱりやれやれと言いたげな表情で首を横に振る。
「何? 何の話?」
洋子が2人を交互に見て、そう聞いた。鋭いのか、鈍感なのか、洋子がわからない。
やっぱりなんだか不思議な子だ。と言うのが若菜が出した洋子への感想だった。
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