忘れられぬ再会

「幸司さん……」


 優香は驚いて開いたままの口元に手を当て、呟いた。


「……はい。お久しぶりですね。優香さん」


 優香に名前を呼ばれた幸司は、もう一度ニコリと微笑んだ。誰もが振り返る程の美しい笑み。だと言うのに、どこか悲しげだ。洋子はそう思った。


 幸司を纏うどこか幻想的な空気は、太陽の光に照らされるとキラキラと青く光る。どこかで見た事があるような……。そう感じた。


「あの、お母さんと幸司くん。知り合いなの?」

「ええ、そうよ」

「俺の事を覚えているんじゃなかったの?」


 教室で名前を呼ばれた時、洋子は自分を覚えている。幸司はそう思っていた。水森達也の葬式の日に、洋子に声をかけた<こうじ>は、やはりこの本宮幸司だったのだから。


「やっぱり幸司くんなの……」

「そうだよ。あの一度切りしか話したこともないのに、よく俺の事を覚えてたよね」


 洋子は幸司を見てボーッとしている。今日の夢、あの葬式の日の事を思い出していた。顔も覚えていなかったのに、何故気づけたのかは自分でもわからない。


 どこかで彼を見た事がある気がするのも、記憶の奥底で本当は覚えていたからなのだろうか……。それは否だった。ただ、そんな気がする。という、根拠もない直感で、洋子は幸司の事を言い当てた。


「そういえば、体育館に戻ろうとしていたんじゃない? いいの?」

「あっ! そうだった!」


 幸司の言葉で圭子を思い出す。ハッとして、また体育館の方へと翻して行った。今度は誰ともぶつからなかったので、幸司も優香もほっとした表情を浮かべている。


「今日はご家族の方はいらしていないのですか?」

「両親とも仕事ですよ。ついでに兄も。それより、敬語はやめてください」

「わかったわ。……お2人にもよろしく伝えておいてくれる?」

「はい。機会があれば」

「それと、さっきの挨拶……。素敵だった。ますますお父様に似てきたわね」

「……ありがとうございます。」


 会話が途切れたので、幸司は教室へ帰ろうと足を一歩前に出した。しかし、優香ににこやかな笑顔で腕を掴まれる。


「なんです?」

「洋子はあなたを信じているわ」


 それだけ言うと、優香はパッと手を離す。幸司は目を見開いてその場に立ち尽くしているが、優香はニコニコと笑みを浮かべるだけで、これ以上は会話してくれそうになかった。


「すみません」


 唖然としていた幸司だが、いつまでもここにいるのも居心地が悪い。一言だけ呟くと、サッサと人ごみの中へ消えていってしまった。


。。。


 幸司が教室に戻ると、そこにいたのはまだ彰だけだった。保護者達は教室までは来れない決まりだから、昇降口だったり体育館の方で話している生徒も多い。校門で家族写真。なんてこともあるかもしれない。


「今日はご家族様は来てないの?」

「来てると思う?」

「大変ですねえ。は」

「…………」


 彰と幸司は初対面ではなかった。両親の事も知っていれば、幸司の嫌がる言葉も理解している。彰は、幸司の心を抉るのが上手いのだ。言われたくないことを的確に言ってくる。それでも、幸司は彰に強く言い返すことは出来なかった。


 ちなみに、というのは、彼の家を揶揄する言葉である。日本一のお金持ちである<本宮家>は、昔の貴族、豪族のような振る舞いをする者も多い。世間では、あの家の敷地は治外法権なのでは無いか。との噂まであるくらいだった。


「彰くんこそ、桜さんは来てないの?」

「軽々しく僕のお母さんを呼ばないでくれる?」


 その日本一の金持ちの息子が幸司なのだが、何故だか彰は幸司に強気だ。<本宮家>ともなれば、多くの偉人を排出している一族でもあるし、権力も凄まじい。その息子にここまで素直に嫌悪を振りまけると言うのは、一族を知る人間には普通、出来ない事だった。


「あれー? 僕達が1番早いと思ったのに」

「1番じゃなかった」


 教室に誰かが帰ってくると、他にもチラホラとタイミングを合わせたかのように帰ってくる。2人は自然と会話を辞め、お互い席に座って違う方向を向いた。


 洋子と圭子もみんなに混ざって教室に入ると、洋子は幸司の前に座ってから体を幸司の方に向けてジーッと見つめた。


「なあに?」

「昔のこと……。ずっとお礼を言いたいなあって思ってたの。あの時、励ましてくれてありがとう!」


 幸司が目を合わせてくれたから、洋子はパッと明るい笑顔を見せてお礼を言った。やっと言えることが出来て、満足そうにニコニコと笑っている。


「お礼はいらないよ。お礼を言われるような事でもないし」

「そんな事ないよ? 幸司くんのおかげで私、元気になったんだよ?」

「それは……」


 邪気のない洋子の笑顔は、幸司を無意識に傷つけた。幸司は、優香に言われた「あなたを信じている」という言葉を思い出し、昔の事を思い出す。


 そして、悲しくなってしまった。そんな気持ちを隠すように、洋子を悲しませないように、幸司はニコリと笑うと言葉を続ける。


「それは良かった」

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