にっきちょう

ジリリリリリ……


「はっ…」


 少女は、今度はハッキリと目を覚ます。


 なんとなくわかっていたけれど、今自分が見ていたのは夢だったらしい。少女は焦げ茶色の瞳をパチパチと瞬かせながらそんなことを考え、重たい体を起こした。


「ん、んー!」


 大きく伸びをすると、少女はベッドから降りて可愛らしいピンク色のカーテンを全て開き、太陽の光を浴びる。少女の髪は元々茶色で、太陽の光を浴びるとほんのりと赤みがさした。


 今日は夢で見たのと同じ、晴天の青空だった。しばらく日の光を浴びながら、肩につくかつかないか程度の長さの髪を、軽く手で梳かす。そうしているうちに段々と目が冴えていくのだ。


 完全に目が覚めた少女の足は本棚へと向かった。昔からの癖で、古い教科書やノートが捨てられずにいる。そのため、本棚には物が溢れていた。


 少女はその中から1冊のノートを取り出すと、軽く埃を手ではたく。そのノートには子どもの拙いひらがなの字で名前が書かれている。


<みずもり ようこ>


 この少女の名前である。水森みずもり洋子ようこがノートをパラパラと捲ると、はたききれていなかった埃がブワッと舞い上がって、思わずくしゃみを出してしまった。


「うぅ……」


 少しだけブルーな気持ちになりつつも、洋子はノートを捲る手を止めない。1ページ1ページに日付が書かれており、その日の出来事などを纏めているノート。つまりは、日記帳なのである。


 洋子は目で日付を追い、目当ての日付を見つけると、ページを捲くっていたその手を止めた。


<10月20日> 。この日は、洋子の父親である水森達也みずもりたつやの葬儀が行われた日である。


 達也はとても優秀な男で、良い企業に勤めていた。昔、母にそう聞いた事がある。


 平日は仕事で忙しくしていたが、休みの日には絶対に遊んでくれる優しい父親でもあった。


 洋子はそんな父が大好きで、父親との別れを明確なものと嫌でも理解させられたあの日には、たくさんの涙を流したものだ。


 あの夢で涙を流していた女の子こそが、日記帳を開いている洋子自身の昔の姿だった。


 第三者の視点から泣きじゃくる自分や、ヒソヒソとこちらを見ては何かを囁き合う大人達。嫌な思い出をもう一度体験してしまった洋子は、また気分が沈みそうになってしまう。


 しかし、嫌な気持ちになると分かっていたとしても、どうしても思い出しかったことがあるのだ。10月20日の内容を読みながら、とある部分に目を止める。


『こうじくんがはげましてくれました。』


 子どもの拙い文字で書かれているこの文章。洋子はこれを探していた。懐かしい気持ちに思いを馳せ、その時の出来事を思い出す。


 その表情には悲しみも混ざっていたのだが、とても穏やかなものだった。


 夢の中では名前も顔も覚えていなかったけれど、あの優しい男の子は元気なのだろうか…。そんなことをぼんやりと思いながら、昔書いた日記の内容を見つめている。


。。。


 暫くすると、洋子はやっとノートを畳んで元の場所に戻した。自分の手が少しだけ埃臭かったので、一度部屋を出て、1階へ降りる階段とは別の方向へ廊下を進んだ。


 1番奥にあるのがトイレである。水森宅のトイレは、2階と1階の同じ位置に設置されている。簡易的な手洗い場が中にあるので、そこで軽く手を洗ってから、もう一度自室へと戻った。


 自室へ戻った彼女は、少しぶかぶかの制服に着替えて、鏡の前でクルクルと回って自分の姿を確認する。


 丸襟のシャツの上に、ベストワンピースの上下が繋がっている紺色の制服。家を出る時には、その更に上に、ベストワンピースと同じ紺色のブレザーを着ることになる。


 今日は春先にしては暖かい陽気なので、少し暑いと感じるだろうが仕方がない。


 何せ、今日がこの制服を着て学校へ通う初めての日なのである。乱すことなくきっちりと着るべきだ。洋子はそう思っている。


「よし」


 服装の確認を終えたら、今度は自室から出て階段の方へと歩いていき、そのまま1階へと駆け降りた。


 下の階についた途端に、洋子の鼻先に甘い良い匂いが漂ってくる。


「フレンチトーストかな?」


 美味しそうな甘いミルクと蜂蜜の匂いに、思わず1人で頬を緩ませて、洋子は足取り軽くダイニングへと歩いていった。

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