第2章 いつまでもこうして
鳥のさえずりとカーテンの隙間から漏れる朝の光で目が覚めた。
頬に違和感を覚え触れてみると指先が僅かに湿った。
「あれ、私──泣いてる?」
自分でも訳が分からず少し混乱する。
多分泣いている理由は、今見ていた夢の内容が原因だろう。
まだ私が翔飛と出会った頃の、昔のことを夢に見ていた。
今の私の人格を形作るほど大きな出来事があったから。その事を今でも引きずっている。
定期的に夢に出てくるくらいには私の記憶に強く印象づけられている。
あれはまだ、翔飛と知り合って少し経った頃。小学一年生になりたてくらいだったと思う。
隣の家との差を見つける方が難しいような典型的な集合住宅街に住んでいて、元々親同士の仲が良かったのもあって、私達は時間がある限りよく一緒に遊んでいた。
家の近くには大きめの公園があったため、遊び場には困らなかった。
ただ、その公園は遊具も多かったが、小学一年生が使うにしては多少危ない部分があったので、よく両親から注意をされていた。
その日は学校が終わってから急いで公園に向かった。公園には既に翔飛がいて、ジャングルジムに登って遊んでいた。
翔飛は昔から運動神経がよかったのでジャングルジムに登っても大丈夫だったのだが、人類史上最強の、生粋の運動音痴だった私はジャングルジムは危ないから登らないようにと言われていた。
ただ、翔飛と一緒に遊びたい気持ちがとても強く、私も恐る恐るジャングルジムに登った。
翔飛は「大丈夫か?」と言っていたものの、私と一緒に遊びたかったのか、無理やり降りさせるようなことはしなかった。
本当はここで辞めた方がよかったのかも知れない。だって、ここで降りていれば、あんなことにはならなかったのだから。
ほんの、一瞬。
ジャングルジムに慣れて気が抜けた。
その時、足が滑って落ちそうになった。ジャングルジムの1番上に登っていて、骨組みのような見た目の棒から手が離れた時、何故か時間がゆっくり進んで感じられた。
あぁ、私、死ぬんだ。
幼いながらにそう理解した。
その時。私の身体が誰かに包まれた。
その存在が誰かを理解する前に、私達の身体は地面に到達した。
耳元に残る呻き声。
はっとなってその声の持ち主の方を見ると、そこには頭から血を流し気を失っている翔飛がいた。
何か許されないことをしたような気になって、翔飛の身体の確認もそこそこに家へと走って戻った。
両親に事情を説明すると、慌てたように電話をし始めて、私はパパに連れられて公園へと急ぎ足で向かった。
間もなくして救急車が到着し、翔飛の小さな身体を飲み込んで病院へと運んで行った。
家に帰るととても怒られた。
あれほど言ったのになんでジャングルジムに登ったのか。
翔飛を危険な目に合わせてどうするのか。
翔飛が居なければどうなっていたか分かるのか。
けれど翔飛のお母さんは、ただ涙を流して私を優しく抱き締めてくれた。
そんな姿を見ると、今更ながらに本当に悪いことをしたのだという実感が湧いてきた。
にも関わらず、ずっと胸がドキドキしていた。これは、翔飛のあんな姿を見たことに対するショックなのか、それとも別の感情なのかは幼い私には分からなかった。
それからというもの、親の言い付けは守るようになり、危ないことはしなくなった。
翔飛はしばらく入院していて、学校に来なかった間は凄く寂しかったのを覚えている。
何度かお見舞いに行ったけど、翔飛は私を責めることなく、ただ私が無事でよかったと言って笑っていた。
けれど私は高校生になった今でも、あのジャングルジムの件についてお礼も言えていない。
今でこそ普通に接することが出来るようになったが、しばらくは罪悪感でまともに翔飛と話すことが出来なかったから。
けれど、いつかはちゃんと謝りたいと思っている。
ベッドの上で思い出に浸っていると、下から私を急かす声が聞こえてくる。
急いで手元のスマホを見ると、もう7時をとうに過ぎていた。
私は飛び起きて洗面所に向かう。
顔を洗い寝癖を直しバレない程度に軽く化粧をする。
朝ごはんもそこそこに歯磨きをしてローファーに足をかける。
「いってきまーす!」
「気を付けてね〜」
いつもと同じやり取りを母と済ませ玄関の扉を開けると、川を覗き込んでいる翔飛の姿が目に入った。
その景色を見るだけでなんだか胸が苦しくなる。
1度深呼吸をしてから駆け足で翔飛の元に向かう。
「やっ!おはよ」
背中を軽く押しながら声をかける。
すると翔飛は少し肩を跳ねさせながら振り返る。
「やぁ。おはよう。じゃあ行こうか」
そういって先に歩き始める翔飛に置いて行かれないように慌てて隣に立つ。
「そうだ叶音、今週の日曜一緒にショッピングモール行かない?」
「えっ………?」
予想外の誘いに、頭が上手く着いてこなかった。なんとか絞り出した声は、なんとも間の抜けたものだった。
「お気に入りの作家の新作が発売されてさ〜」
今週の日曜日──確か、あの日だ。
すぐさまスマホを取り出し、カレンダーを見てみると、やはりその日は埋まっていた。
「ごめん、ちょっとその日は用事が」
そういって誘いを断ると、普段の私なら喜んで着いて行ったからだろうか、翔飛は一瞬目を見開いて驚いた様子を見せるも、すぐにいつもの真顔に戻ってしまった。
「そっか。じゃあ今度行こうか」
そういって微笑む翔飛を見ると、私を中心に予定を組んでくれるのかという気持ちが湧いてきて嬉しくなった。
相変わらず単純だな、と自分でも思う。
けど、単純でいいじゃない。今はこうして笑ってられるんだから。
晴れ渡った春空が、とても眩しく感じられた。
─────────────────────
窓の外には薄く広く伸びている白い雲と、その上には春らしい暖かさをもたらしている太陽が燦々と輝いている。
我が2年C組は現在、担任の教科でもある数学の授業中である。サインコサインタンジェントがどうこう言っているが、僕からしてみれば将来使うかも分からない公式より今朝の出来事の方が大切である。
正直、誘いを断られるとは思ってなかった。ただ、何か用事があるようだったので、それに大して文句は言えない。
ただ、カレンダーを見て寂しげに笑う叶音を見ると、なんだか余計に不安な気持ちになってしまう。
やっぱり本屋巡りは退屈かなぁ………。
なんて的外れなことを考えていると、隣の席から小さく抑えられた声が聞こえてくる。
「ねぇ、この授業意味あるの?」
まさかあの優等生で通している叶音からそんな発言がされるとは。
いや、優等生なのは僕以外でだけか。
「どうかな。ないと思うね」
「だよね。数学とかやりたくないんだけど」
とか言ってる叶音は今までの数学のテストで毎回学年1位を取っている秀才である。
ちなみに2位は誠也なので、定期テストでは珍しく対抗意識丸出しで勉強に挑んでいた。
なぜこうも僕と周りの人間には大きな差があるのだろうか。甚だ疑問である。
とはいったものの、どう考えても授業を聞いていない僕が悪いので、今回ばかりは神を恨むこともできなかったりする。
「いいじゃないか。叶音は数学得意だから」
「得意不得意じゃなくてやりたくないっていう話なの」
本音である。
包み隠さなすぎて逆に驚いてしまう。
「ところで、あんまりコソコソ話してるとまた変な噂されるよ」
「大丈夫よ。噂が立つ度に私が握り潰してるから」
「言い方怖すぎないか………?」
やはり学校一の人気がある女子は怖いということを再認識された瞬間だった。
どうしてこんな陰キャと仲良くしてくれるんだ?
とシンプルに疑問になったので聞いてみることにした。
「叶音ってほんと陽キャだな」
「そんなことないと思うけど」
心底興味がなさそうに真顔で返事をする彼女を横目に見ながら黒板の字をノートに書き写す。
「なんで僕と仲良くしてくれるんだ?」
そう聞いた途端、叶音が息を呑むのが分かった。どうしてそんな反応をするのか分からなくて思わず叶音の方を見ると、叶音は今までで見たことがないような複雑な顔をしていた。
「なんで……そんなこと聞くの?」
「いや、ただ気になっただけだよ」
「なんで……うーん、なんでだろうね?小さい頃から隣にいたからじゃないかな?」
そういって屈託なく笑う叶音を見ると、なんだかこちらが穏やかな気持ちになる。
果たして彼女が言った言葉は本心だったのか。僕の中には腑に落ちない感情が募っていくだけだった。
その後、適当に授業をこなし、ようやく休息である昼食の時間がやってきた。
僕は自分の席ですぐに弁当を広げた。
すると例の爽やかイケメンが手にコンビニの袋を提げながらやってきて僕の前の席に腰を下ろす。僕の許可も取らずに一緒に昼食を食べようとする精神はどうにかして欲しい。
まぁ、青春を謳歌するはずの高校2年生が1人で昼食を食べるのは寂しかったりする。
「やぁやぁ翔飛くんよぉ。さっき授業中何してたのかな?」
「板書取ってた」
「ちげぇんだよ。そりゃそうだろうよ。じゃなくて俺が言いたいのはだな。数学の時間何コソコソ話してたのか聞いてんの」
「別に。サインコサインタンジェントが存在する意味を考えていただけだよ」
「それ絶対いらないって結論になるやつだろ」
「もちろん。その通りになったよ」
誠也は小さく笑いを零し包装紙を破ったメロンパンを口に運んでいた。
他人の机にメロンパンのカスを落とすのはどうかと思うが、こうも間近でイケメン顔を見せ付けられると文句は何も言えなくなる。
「ちょっと、メロンパン落とさないでよ」
まぁ、この我儘お嬢様には関係の無い話だ。
「うるさいな〜、別にいいじゃねーか」
「うるさいのはどっちよ。吉岡の問題じゃなくて翔飛が迷惑でしょ」
近頃は誠也に対しても猫が剥がれてきている気がする。誠也もそれは薄々察しているだろうが、触れるのが怖いのか気にしていない様子だった。
当の叶音は弁当を持った秋山と隣の席に腰を下ろしていた。
秋山
叶音とは対象的な大人しい見た目と性格をしており、どこか小動物を思わせるような小柄さと、風鈴のような声から男女問わず幅広い人気がある。
艶のある長い黒髪、全体的に細身の体躯、綺麗な二重。そういった部分からも学年では叶音と1,2を争う人気を博している。
更に裏もない優等生ときたものだから、個人的には秋山の方が印象はよかったりする。
「秋山、こんなやつと仲良くするの辞めた方がいいぞ」
「香織に変なこと吹き込まないでくれる?香織は私の事大好きだからいいの」
当の秋山は困った様子で口元に微笑を浮かべているだけだった。
秋山は少し気の弱いところがあるようで、今更ながらなぜ叶音と仲良くしているのかが本当に謎である。弱みを握られ脅されている説も考えてみたが、秋山に限って弱みなんてないように思う。
「うげぇ……」
2人がそんな会話を繰り広げているのを傍目に、僕は黙々と弁当を片付けていた。すると横から手が伸びてきて卵焼きを1つ取られる。
その手の持ち主の方を見るとニヤッと口元に気持ちの悪い笑みを浮かべていた。
「美味いな、これ」
「僕の母さんの力作だ。ありがたく食べることだな」
「ははー」
何かを拝めるように腕を上下に動かす誠也。
「あんたねぇ、翔飛の勝手に取ったら迷惑でしょ」
いや、正直量が多くて食べ切れないから案外助かってるよ。なんて言える訳もなく。
さも当然のように箸で挟んだ所々黒く焦げている一口サイズのハンバーグをこちらに向けている叶音と目が合う。
「あの、叶音さん……?」
「私の手作りよ」
うん、見たら分かる。そんな黒焦げにしといて自信満々に言わないで?
「翔飛のお母さんに料理を習ったから上手くなったか確かめて欲しくて」
「叶音ちゃんの料理ほんとに酷かったもんね」
そう。何を隠そうこの秋山香織は人類史上最も凶悪な毒舌なのである。
「ちょっと香織、その言い方どうにかならないの?」
「事実だからいいじゃんか」
流石に親友にここまで言われているのが可哀想だったし、お母さんに料理を習ったとのことだったので特に反論する理由も見つからず、渋々といった様子でハンバーグを口に入れる。
少し焦げは気になるものの、味付けに関しては濃いめのデミグラスソースでありいかにも男子高校生が好きそうなものだった。
しかし。しかしだ。
問題はそこではなく叶音が自分の箸を使い僕にハンバーグを食べさせたことが1番の問題だ。
え、それその後どうするの?替えのお箸とか持って来てるの……?
「どうかな?」
「めちゃめちゃ美味しいです」
上目遣いに聞かれてしまえば全人類がこう答えるしかないだろう。なにせ相手はあの叶音だ。常人なら吐血レベルだろう。
「それはよかった」
叶音はご満悦の様子でにこにこと笑い自分の弁当を食べ始める。
「ほらね、私料理上手いでしょ?」なんて秋山に向かってドヤ顔をする始末。
が、秋山に軽くあしらわれ拗ねたように弁当を食べ始めた。
いや、普通にお箸使うんかい
誠也もそのことに気付いたのか今までで1番気持ちの悪い笑みを口元に浮かべており、秋山は顔を赤らめて俯いていた。
叶音も周りの様子に気付いたのか、怪訝な様子で3人の視線が注がれているお箸に目を落とす。
少しして凄まじい勢いで口を抑えたかと思うとみるみる内に顔が真っ赤に染まる。
なんだか無性に気まずくなってきた。
「どうした……?」
沈黙が耐えられずついそう聞いてしまった。
「いや、ほら、その……。間接キス、じゃん……?」
こういう時に限って純粋になるのは辞めて欲しい。こちらまで恥ずかしくなってくる。
誠也は隣でお腹を抱えて爆笑している。
「叶音ちゃん、流石にピュアすぎてそれはないよ……」
秋山も呆れたように叶音のことを見詰めていた。いや、あんたさっき顔真っ赤にしてましたやん………。という無粋なツッコミはしないでおこう。
個人的な感想だが、叶音よりもよっぽど秋山の方がピュアそうな見た目をしている。
「なっ、なによ!私こう見えてそっち関係は疎いのよ!」
学校では引く手数多のはずなのになぜ誰とも付き合わないのか。甚だ疑問である。
そのくせ先輩に手を出して色々な女子から反感を買っているらしい。何がしたいんだこいつ。
「あんなに告白されてなんで誰とも付き合わないのか分からないよ」
そう思っていたのは秋山も同じだったらしく、顎に指を当て小首を傾げながら聞いていた。
「確かに。男とか興味ねーの?」
ここぞとばかりに誠也も加勢する。
「そういうんじゃなくて……。その、好きな人がいるというか……」
叶音にしては珍しく消え入りそうな声でごにょごにょ言っていた。
しかし、叶音に好きな人とは。そんな話1度も聞いたことがなかった。
とはいっても、幼馴染の恋愛事情なんて知りたくもないが。
「あー、なるほどねぇ……。けど私は難しいと思うよ叶音ちゃん」
秋山は何かを察したような様子で叶音の頭を撫でていた。
叶音はよほど恥ずかしかったのか秋山に抱き着いて顔をうずくめていた。
「そろそろ食べ終わらないと昼休憩終わるぞ」
弁当をカバンに戻しながら茶番を繰り広げている叶音達に声をかける。
その声を合図にしたかのように各々が散り始める。
程なくしてチャイムが鳴り、5限目担当の社会教師が教室に入ってくる。教室に全体に椅子を引きずる音が響く。
「よーし、席に着けー。授業を始めるぞー」
きりーつ、れーい。ちゃくせーき。
放課後。授業が終わり、いそいそと教科書類をカバンに詰めて帰る準備をしていると、横から声をかけられる。
「今日も帰れる?」
この景色昨日も見たな、なんて思い苦笑を零す。
「あぁ、帰ろうか」
そういうと、叶音は花が咲いたような笑みを浮かべる。
その顔を見詰めるのはなんだか後ろめたくて、思わず顔を逸らしながら教室を出る。
校門を過ぎたところで、叶音がふと口を開いた。
「そういえば、2年生になった自覚全然ないよ」
新しい環境にドキドキする1年生や、受験や就職に忙しくなる3年生に比べ、取り立てて行事もない2年生なのだからそれも無理はないだろう。
「それは僕も同意だね」
「だよね」
沈黙。話題が尽きてしまった。毎日一緒に登校したりしているのだから当然なのだろうが、2人でいて黙ってしまうというのはなんだか相手に申し訳なくなってしまう。
けれど叶音はそんなことを気にしているような様子はなく、ご機嫌に笑顔を浮かべ鼻歌を歌っている。
曲名は忘れたが、確か今流行りの若手ミュージシャンの曲だった気がする。
…………にしても、気まずいな。
朝誘いを断られたのもあるのだろう。僕はあの事件に対して少なからず傷付いているということだ。
とはいえ、こうして2人で並んで歩くというだけでも妙な安心感がある。子供の頃からずっとこうしてきた。これが僕達の「普通」だった。
隣に立って、並んで歩いて、なんてことないことを話して。
いつまでもこうしていられると、無自覚に思っていた。
高校生になった今でもそれは変わらない。いつ離れてしまうかは分からないけど、精々それまでは、叶音の隣にいてこの笑顔を守りたいと思ってしまう。
けれど、それはどこか甘えで、自分一人では生きていけないことを自分から認めているようで、言いようのない不安を呼び起こす。
ただ、今はまだ───
その不安を自覚したくなかった。
いつまでも隣で笑っていたいから。
─────────────────────
こうして隣合って歩いていると、どうしても横を盗み見てしまう。
翔飛は成長期を迎え身長が急激に伸びたので、どうしても見上げる形になってしまう。
少し俯きがちに歩く癖がある翔飛。
よく見れば長い睫毛に反射する夕日が、何処か儚げに輝いていた。
物心ついた時から隣にいた。こうして長い時を共にしてきた今でも、翔飛の隣に立つときはとても緊張してしまう。
その原因は何なのかはとうの昔に自覚していたが、この気持ちを本人に告げるつもりはなかった。
そうすることで、この心地よい関係を崩してしまうのなら、例えいつか離れてしまうとしても私は「今」を優先する。
そんなことを考えていると、視界の端に桜の花びらが舞い込んできた。
家の近くの川沿いを歩いている証拠だ。
あぁ、もうこの時間が終わっちゃう。
何とも言えないようなもどかしさを感じながらもそれを表に出すのははばかられて何でも無いような顔をして翔飛に告げる。
「じゃあ、また明日ね」
「あぁ、また明日」
いつもと同じ別れ方、表情、景色。
一体いつまで、この日常を続けられるのだろうか。
「今日のお昼の件、あれはなかったことにしてよね!」
「あぁ、分かってるよ」
なんだかしんみりしてしまって、恥ずかしい話を掘り返すと、翔飛はくつくつと笑いを零し柔らかな口調で返事をする。
ふと涙が流れそうになり急いで体を反転させる。
「明日も、待ってるから」
それだけを告げて逃げるように家へと入っていった。
「ただいま〜」
「おかえりなさい」
母親との会話もそこそこに、足早に2階にある自室へと向かう。
扉を閉めると同時にもたれ掛かりながら座り込む。
ローテーブルの上に置いてあるカレンダーを手に取り、日曜日に書き込まれた文字を読み涙を零す。
「なんで、こんなことになっちゃったのかなぁ…………」
誰に聞かせるでもなく呟いたそれは、夕日に焼かれている部屋に吸い込まれていった。
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