第2話
ハッと夢から覚める。荒々しく乱れた呼吸。
まただ、またこの夢。
暗く冷たい部屋の中、聞こえるのはジャラリと引きずる鎖の音と、痛ましく響き渡る悲鳴。
痛む身体、胸の内に蠢くのは何より深く黒い憎しみ。
忘れはしない、忘れてはいけないあの時の記憶。
ツ__と背に流れた冷たい汗の感覚で眼も覚めていく。全身にじんわりと汗が滲んでいた。
眠りにつく度に見る夢に酷く
だがそれでいい、忘れるな。
刻み付けられる。己が為すべきことを。
コンコンと、ドアを叩く音で意識を引き戻された。
「おはようハイマ。朝だよ。」
顔を覗かせたのはクロノス。
彼も俺と同じようにあの場所で捕らわれていた実験体だ。
ここにいるものは皆そうである。
部屋を出ると朝食の香りが鼻腔をくすぐる。
その香りに、ざわついていた心が少し落ち着いた気がした。
「おはようございます。食料が尽きかけてるのでそろそろ調達して頂きたいのですが...」
家事全般を担当するステルラに言われ、貯蔵庫を見ると、調味料を含め、食料がほとんど残っていない。
そうか、そういえばしばらく狩りに行っていない。
調味料は人間たちの住む街にしかない。
街へ降りることができるのは、完全な人間の姿になれる俺だけ。
他の二人程で狩りに行かせよう。
「わかった。...ノクス、スリジエ、二人で狩りに行ってきてくれ。俺は調味料を調達しよう。」
「げぇ。またこいつと二人かよ~...」
「ちょっと!ハイマの指示よ、従いなさい。私だってアンタとなんか本当は組みたくないけど、仕方なく!組んであげるんだからね!」
俺の指示を聞いて二人が喧嘩を始める。
こいつ等はいつもそうだ。どうも馬が合わないらしい。
「喧嘩をするな。ステルラは家事、クロノスは武器の調整があるんだ。仕方ないだろう。」
「...はぁ~仕方ねえ。どんくらい仕留めればいいんだ?」
「できるだけ多く。だがあまり無理はするな、二人だけだからな。一週間もてばいい。」
口を尖らせながらも渋々納得した二人は早速出かけた。どうやら先に朝食は済ませていたようだ。
本当は調理しなくても食べることはできるのだから、ステルラにも行かせればいいのだが、獣よりも人間に近い我々獣人は、味覚も人間のそれに近い。
それに、家事に一番適しているのは彼女だけだ。決まった仕事のない二人に行かせるのは当然の流れだろう。
毎回あんな調子だが、獲物はしっかり持って帰ってくるのだから、本来相性が悪いわけではないのだろう。
ノクスとステルラは兄妹だが、性格は正反対で全然似ていない。顔はよく似ているが...。
朝食をとろうと席に着いたとき、クロノスが声をかけてくる。
「君の大鎌と銃、一応調整してみたんだけど...この後少し試してくれないかな?」
朝食をとりつつうなづくと、彼も朝食を取り始めた。
我々獣人はそれぞれ能力を持っている。生まれつきの物なので能力に因んだ名前を付けられる事が多い。
基本的に一人につき一つの能力だが、中にはもう一つのそれに目覚める者もいる。
俺とクロノスは、二つの能力を持っている。
彼の能力の一つ目は”時”。時間を巻き戻したり止めたりできるが、身体への負担が大きい為、あまり使わせないようにしている。彼の名の由来も、この能力からだ。
二つ目は”転写”。施設の実験で強制的に目覚めさせられたものだが、これが案外使える。
この能力を使い、各々の能力を最大限に活かせる武器等を作るのが彼の主な仕事だ。
朝食を取り終えた俺は、クロノスと共に彼の作業部屋へと向かう。
作業台の上には俺の拳銃と大鎌。大鎌はまだ起動していないので15㎝程の大きさだ。
それら2つを持って鍛錬場に向かった。
まずは鎌を右手に取り、左手に刃を添わせる。
掌に一筋の赤い線ができ、血が垂れた。
血は刃に消えるように吸い込まれ、大鎌の水晶が淡く赤い光を放つ。
鎌を振ると15㎝程から自分の身長程の大きさになった。
起動は問題なさそうだ。
木を使い試し切りをすると綺麗に二つに切れた。
切れ味も申し分なし。
鎌を小さく戻しホルスターに入れる。
次に銃を手に取り、数メートル先の的の少し左側に打った。
能力を使い軌道を右にズラす。右に打って左ズラす。
何度か繰り返したがどれも的のほぼ真ん中に当たっている。
銃も弾も問題なさそうだ。
後は俺がどれだけ操れるようになるかだろう。
弾丸に自身の血を含ませていることで、”血操”の能力を使い軌道をずらすことが出来る。
どれくらい動かせるかは弾に使用した血液量と自分次第。
血液量に関しては限界まで入れているため、あとは技量次第だろう。
今はまだ軌道修正程度しか動かせないが、いずれは自在に操れるようにしたい。
「どうだい?」
「問題ない。ありがとう。追加で申し訳ないが、銃弾の補充も頼めるか?」
「もちろん。」
横でクロノスが笑みを浮かべる。
俺は銃もホルスターにしまってから作業部屋へ戻った。
「今回はどれくらい作る?」
クロノスにナイフを借り腕を切る。
ビーカーにある程度の血を入れ手渡す。
「これで作れるだけ作ってくれ。」
「はい、りょーかい。」
血を受け取った彼は部屋の奥へと消えた。
俺は二つ目の能力、”変化”を使い人間の姿になり、山を降りて街へ向かう。
獣人は本来、獣の姿か耳や尾が生えた獣人の姿にしかなることができない。
しかし、俺はこの能力のおかげで、獣の耳や尾を隠して完全な人間の姿になることができる。
施設で得た能力を使うのは癪だが...使えるものは使う。
街では情報収集をしつつ、大量の調味料などを買い込んだ。
人間に紛れ買い物をしている時、ある会話が耳に入り足を止めた。
「おい、聞いたか?」
「ん?」
「エイビスがまた新薬開発したんだってよ!」
エイビス。
表向きは製薬会社だが、裏では公表できないような残酷な実験を繰り返している。
俺たちが捕らわれていた場所だ。
今度はどんな実験をし、どんな薬を生み出したのか.....。
「ほー...今度はどんな?」
「なんでも細胞に働きかけて再生を促す薬で、飲めばたちまち傷が治るんだと!」
「まじか、スゲーな!それがあれば怖いものなしだな!」
再生、回復...。またどこかの一族の能力だろうか。
未だに捕らわれ実験材料にされている者たちがいる。
できるだけ早く施設を壊滅させ、同族を救い出したい。
逸る気持ちを落ち着かせる為に嘆息する。
焦ってはいけない。確実に目的を達する為に、まずは情報を集めなくては。
近いうちにまた施設関係者を捕らえて情報を吐かせよう。
時間が経ち、少し収まっていた真っ黒な渦が膨れ上がるのを感じながら、その場を後にした。
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