第12話 質問

「それってどういうこと?」


 聞き返さずにはいられなかった。まさか碓氷くんの口からそれが出るなんて。


「す、すまん。悪気はなかったんだ」


 碓氷くん流れるように体を屈ませ、手のひらを地面につけ始めた。


「ちょ、ちょっと何やってるの!?」

「誠意の土下座を」

「別に怒ってなんかないよ……ちょっとびっくりしちゃっただけで」

「すまん、もうちょっと詳しく話すよ」


 碓氷くんは元通りになった。


「この世界はさ。ソウルで人の感情や、嘘ついてるかどうかがわかるだろ?」

「……うん」

「だから裏表が多いやつって、結構苦労すると思うんだよ。悪意はなくても、それが相手に伝わることはないし。顔と感情が一致しない、変なやつって印象になるはずだ」

「そう、だね」

「それで訊くけど……成瀬は裏表あるよな?」


 心臓がドキリと音を鳴らす。


「う……うん、ある」

「やっぱ、そうだよな。それなのに、なんで成瀬は人気があるんだ? 茜からもよく聞くけど、仲良いやつ多いらしいじゃん」

「……碓氷くんは、この世界をどこまで理解してるの? ソウルが見える世界を」

「ソウルは簡単に見ることができるから嘘と建前が通じない。その結果、裏表がなくて性格のいい奴が周囲から好かれる傾向にある。こんくらいだな。友達いないから客観的なことはあんまり知らない」


 友達……どうしていないんだろ。すっごく優しいのに。


「大体合ってるけど、ちょっと付け加えがあるんだよね」

「そうなのか?」

「簡単にソウルが見れるからって、みんなが見てるわけじゃないんだよ」

「まあ、確かに茜とかは見てないけど、そんなの0に近いだろ?」

「ううん。ソウルを見ることができる人の中で、ざっと4割くらいの人は見てないよ」

「はぁ? マジかよ……」


 珍しく碓氷くんが動揺してる。よっぽど衝撃的だったのかな。


「でもなんでだ?」

「もう一つの方と関係してるの」

「……もう一つの方って、周囲から好かれるやつの話か?」

「うん。確かに裏表がなくて、性格がいい人はみんなから好かれるよ。九条さんとか連人くんがいい例だね。でも碓氷くんは裏表がないその本人にしか注目してないでしょ」

「まあそうだな」

「例えば、知ってる? 九条さんの周りにはたくさんの友達がいるけど、その友達同士も仲がいいってこと」

「……マジ?」

「うん。少なからず裏表がある人同士でも、仲良くやってるの。なんでだと思う?」

「……なんでだろうな」

「その人たちは、『ソウルを見てない』の。わざとね」

「えぇ……なんでだ?」

「『良い子の友達もきっと良い子』とか『人間誰しも裏表くらいある』とか、そういった心理が働いてるから見ないんだよ。直接聞いたらそんな感じの返事ばかりだったから」

「なるほど。ソウルの世界から逃避したのか」

「それが賢い選択かどうかは……私はわからない」

「同感だな」


 正確にはわかりたくないが正しいけど。


「私に友達が多いのは…もう想像つかない?」

「……人気者と仲良くなれば、ついでにその周囲とも仲良くなれるってことか。たとえ裏表があったとしても、そのことに周囲の人間は気づかない、ソウルを見ないわけだからな」

「……そういうことだね」

「まさか、そのために茜や月島と仲良くなったのか?」

「それは違うよ! これは断言できる」

 

 連人くんはあんなに人気になる前から仲が良かったし、九条さんは……また別の不純な理由で。

 でも碓氷くんの質問に嘘はついてない。


「ソウルを見れば信じてくれると思う」

「……そうだな」


 碓氷くんは私の顔の右側をまじまじと見つめてる。


「私は、圧倒的人気のある2人が齎した副産物みたいな存在なんだよ」

「そういうことか……なんとなく腑に落ちたよ。成瀬の存在というか、生態について」


 ……聞くなら今かな。

 ううん、今聞かないとダメ。ちゃんと自分のことを話した今じゃないと。


「碓氷くんは、さ。どう思った? 今の私のこと」

「どうって……何がだよ」

「昔よりは良くなれたかな? 変われたかな?」


 今日碓氷くんに聞きたかったのは、この事。

 私は今の自分が正しいとは思ってないけど、昔と比べたら随分とマシになったと思ってる。

 でもそれは主観的で、断言できるものじゃない。

 私を変えてくれた碓氷くんの言葉が……全てなの。


「昔っていつだよ。中3の時か?」

「……えっ?」

「え?」

「覚えて……ないの?」

「いや、まあ、うん?」


 ……え〜。


「確かに思い返せば、全く覚えてないような口ぶりだったね」

「頼む教えてくれ。すげー気になる」


 私にとっては人生における大事な瞬間だったのに、碓氷くんにとっては何でもない日常の一コマだったの……?


「いじめ、助けてくれたじゃん。小学6年の時」

「…いじめ? ……あー、そう言えばあったか……えっ!? あれ成瀬だったの!?」


 ……もしかして、覚えてないんじゃなくて、昔と今の私が結びついてない?


「私はちゃんと覚えてるよ。碓氷くんは気づいてなかったってことは、あの時助けた子が成瀬花だってわからないくらい、変われたってことなのかな、私」

「……少なくとも容姿に関しては別人だな。なんというか、まあ……良くなったんじゃないか?」

「ほんと……!?」


 ……嬉しい。すごく嬉しい。けど、まだ聞かなきゃいけないことが残ってる。


「じゃあ、性格というか、人間性についてはどう思う?」

「人間性て……俺は評論家じゃないし、評価できるほど自分自身の人間性に自信はないぞ…」

「それでも、聞きたいの。碓氷くんがどう思うかが知りたいの」


 碓氷くんは目線を下にして、少しの間口を閉じた。

 ……真剣に考えてくれてるんだ。

 やっぱり碓氷くんは……あの時から変わってない、優しいままだ。

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感情がわかる世界でラブコメ Kちゃん @Kchan1005

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