第5話 陰キャ

「部活動設立に必要な条件は、2人以上の部員、顧問の先生、明確で正当な活動内容、の3つだね」


 昨日と同様に教室で作戦会議を続ける。進行はもはや成瀬なるせが主導権を握っている。


「じゃあ部員は揃ってるね! 顧問の先生は誰にお願いするといいんだろ」

「うーん……ほとんどの先生はもうどこかの顧問になっちゃってるしねー」

「ほとんどって、少しは顧問になってない先生がいるってこと? ならその先生に頼めばいいんじゃないの?」

「そうはいかないと思うよ」

「どうしてー?」


 俺も会話に……無理だ、隙が見当たらない。

 

「先生が顧問を受け持つかどうかって、任意なんだよね」

「えっ? それが当たり前なんじゃないの?」

「そうなんだけど、噂では顧問を拒否した先生は周りから嫌な顔をされるんだって。顧問って仕事自体が先生の善意で成り立ってるらしいから」

「へー……大変なんだね」

「だから今顧問になってない先生は、周りから嫌われてでも拒否する覚悟がある固い意志を持った人ってことなの」

「確かにその先生からオッケーもらうのは難しそう……」

「1番いけそうなのは文化部の顧問をしてる先生かな。運動部は特に顧問としての仕事が大変らしいから」

「じゃあ、担任の先生は? あたしたちの」

「あー、角屋かどや先生ね。確か囲碁将棋部の顧問してるんだっけ。雰囲気も優しそうというか、押しに弱そうだからもしかしたら行けるかも」

「じゃあ今度お願いしてみるね!」


 話に区切りがついてしまった……会話に入れない。

 俺帰ってもいんじゃね?

 役に立たねーし。

 

 ただ座っているだけの俺はスルーされ、2人の会話は続いて行く。盛り上がってるみたいだし別にいいけど、早く俺も何かしないと存在価値が……。


「なら……これであと残すは活動内容!」


 やべぇ! 急がねーと。何かいいアイデアを……。

 

「普通の部活作りと順序が逆だね……」

「気にしない気にしない! それでね、昨日考えたんだけど、あたし閃いちゃったかも!」


 あっ。

 

「ほんと? 聞かせて!」


 いや、どうせあかねのことだし大した案じゃ……。

 

「あのね、この学校に悩み相談所みたいなのあるでしょ? 学校生活とかで悩んでる生徒を、その道専門の人がサポートするとこ」

「あー、確かにあるね。行ったことないけど」

「そうなの。悩みなんて誰にでもあるけど、そこに行くほど深刻じゃなかったり、相手が大人で話しづらかったりで、あんまり人が行ってるイメージがないんだよね。だから、その相談所を生徒主導でもやるんだよ! 相談相手が同じ生徒だったら、大人よりは気軽に聞けちゃうと思うんだよね。だからこれ、立派な活動内容でしょ?」


 ……。

 

「すごい! それすごくいいよ、九条くじょうさん!」

「でしょ!?」

 

「どうなんだよ、それ。なんか漫画でしか聞いたことない活動内容だけど」


 一瞬、場に沈黙が流れる。

 

「あっ、一希かずきいたんだ。忘れてた」

「……悪かったな」

 

「ま、まあ大丈夫なんじゃないかな? この学校っていろんな部活あるし、学校側も結構寛容らしいよ」


 気まずそうに成瀬は話す。

 

「そ、そうか……」

 

「じゃあ決まりだね! この活動内容で明日、担任の先生に相談してみる! あ、そういえば活動場所は?」

「それは学校側が決めるみたい。場所がなかったら部活は作れないんだけど、校内には結構使ってなさそうな部屋があったから多分大丈夫だよ」

「そっか! わかった! う〜楽しみだなー!!」


 これからの学校生活を想像し、キラキラと目を輝かせる茜。


「……こ、これからどうする?」


 一瞬、場に沈黙が流れる。


 俺何もしてない……。

 ただここに居ただけ……。

  

「ど、どうしよっか、九条さん! 今出来そうなことは大体終わったけど……」

「うーん……帰ろっか!」


 あぁ……。


 ――

 

「今日一希何かしたっけ?」


 俺は効いた。

 

「おい。月島つきしまのソウル見たの忘れたのかよ。『今日』は一応仕事したぞ」

「あ、そっかそっか。ごめんね!」


 くっそ……! カスみたいな返ししかできねぇ。


「……なぁ、思ったんだけど俺いるか? 成瀬が有能すぎてあいつ1人で何とかなる気がするけど。てか何であいつあんなに知識あるんだよ」

「いるよ! 一希がいてくれないとあたし困る!」

「そ、そう?」


 ……嬉しいこと言ってくれるじゃん。


「だって、一希がいないと流石に連人れんとを部活に誘うのは不自然じゃない?」


 そこは嘘ついてくれよ……いややっぱつくな茜は正直でいてくれ。


「それに、幼馴染だしね!」

「……おう」

「先生に相談してオッケー貰えたら、連人には今度みんなでやるって決めた勉強会の時に話そうと思うの。いいよね?」

「あぁ、それはいつでもいいと思う」

「わかった! そうするね!」


 まっ、茜がいて欲しいっていうから仕方ないか!

 俺は必要な存在らしいし!


「あ、そーだ」

「どうした?」


 茜は徐に制服のポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「Rine! あたしまだ連人のRine持ってない! 欲しい! 一希どうにかして!」


 Rine。ユーザー間でメッセージのやり取りや通話を無料で行えるスマホアプリ。多くの学生は数十人程度のフレンドがいるらしいが、俺は1人しか存在しない。誰とはいうまでもないが、たった1人だ。

 

「猫型ロボットかよ俺は。俺も持ってねーから無理だって」

「え〜何で〜!? いつもよく話してるじゃん!」

「あっちから一方的にな。話題が嫌いじゃないから普通に俺も付き合うけど、Rineは交換してない」

「えっ……2人の仲ってその程度なの? じゃあやっぱり一希要らない?」


 茜の目が失望の色に変わる。

 だってアニメの話しかしてこないんだもん。

 

「じゃあ、一希も連人と仲良くなる! これが次の目標ね!」

「それ茜の目的とは関係ないだろ……」

「あるよ! ……えっとほら、2人も仲良くなった方が何かと計画立てやすいじゃん? さっき言ったけどRineも聞いてきて欲しいし」

「俺は仲良くなろうと思った奴としか仲良くならん。自分に嘘はつきたくない」


 憐れむような、可哀想なものを見つめているかのような目で茜に見られる。

 

「そんな感じでいつか友達できると思ってるの?」

「う、うるせぇ。要らないんだよ」

「中学2年生くらいまでの一希はもう少し明るかったっていうか、社交性があったような気がするんだけどなー」

「人は変わる生き物なんだよ」

「よくない変わり方してるんじゃ……」

「そう決めつけるのはまだ早いし、良くないかどうか決めるのは俺だ」

「うーん……なんだかなぁ……」


 言い返したい、言い返せるはず、なのに言い返せない。そんな悔しげな表情をしながら茜は口籠る。

 よし、勝ったな。

 口喧嘩じゃ負けねーぞオラ!


「じゃあ普通にRine聞いてきてよ……普通にで良いから。多分オッケーしてくれると思うよ、連人だし」

「それは茜が自分で聞けばよくないか? よく考えたら、俺が月島からRine貰ってもそれをすぐ茜にあげたら不自然じゃね?」

「……ホントだ」

「勉強会の時にでも聞いたらどうだ? 部活結成の報告ついでにRineで部のグループ作るって伝えれば違和感なく手に入ると思うけど」

「ホントだ! ありがと、一希! やっぱり頼りになるね!」

「そうか? じゃあやっぱり俺は必要な存…」


 ……いや、待て。

 よく考えたら、茜が作ろうとしてる部活の部員って……

 

 九条 茜

 クラスの中心人物でありながらおよそ校内トップクラスの美貌を併せ持ち、他クラスにも知れ渡るほどの知名度を誇る。

 天然バカ


 月島 連人

 同学年には知らない奴はいない圧倒的知名度で、他学年にすら名を轟かせているそうな。加えて学力、運動能力、コミュニケーション能力全てを手にしている完璧超人。

 イケメン


 成瀬 はな

 すっごい人気者で、すっごく頭が良くて、すっごく可愛くて、一年生で知らない人はいない(茜談)。

 恋愛マスター

 

 碓氷うすい 一希(俺)

 ……特になし。

 


 ダメだ。どう足掻いても必要性が感じられない。アイデンティティを確立せねば。


「なぁ茜。何か俺にしか手伝えないことってないか……? できる限り協力するぞ……?」

「さっきまでと大違いだね……あんなにしつこく言い訳してたのに。助けてくれるのはありがたいけど、そうだなー、何かあるかな」

「俺だけが出来ること……頼む」

「あっ、ある! やって欲しいこと!」

「なんだっ!?」

「恋バナしてきて!」

「……は?」


 冗談を言ってる感じじゃないな……え?


「な、なぜに?」

「連人の好きなタイプが知りたいの! でも異性からこの質問しちゃうと……ね?」

「……それだ。それで行こう」

「やってくれるの!? ありがとー!」


 俺要らないんじゃ、と頭に過ったことは何度もある。でも、折角茜が勇気を出して俺に伝えてくれたんだ。その気持ちに応えたい。

 俺にしかできないことを見つけていこう。

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