第3話 恋愛マスター

「それで、本題は? 打ち明けたんだから何かあるだろ?」

「さすが一希かずき! 話が早くて助かるよー!」


 一応は聞いてみるが嫌な予感しかしない。

 

「お願いがあるの!」

「なんだ?」

「あたしが連人れんとと付き合えるように、手助けをしてください!」


 ……まあそんなところだろうとは。

 

「めんどくさいからやだ」


 友達を大切にするとは言ったが、言いなりになるつもりは全くない。嫌なものは嫌だと言うし、よくないことはよくないと言う。

 それでも距離が離れないのが親友ってもんだろ……!

 というのは半分建前で、恋愛経験がなさすぎて助けてあげられなそうなのが本音。

 

「お願い! ホントに一生のお願いだから!」

「8回目の転生だな」


 大きな瞳を潤せ、掠れる声であかねは喋る。

 

「……1人じゃどうしようもないの。クラスも違うし、接点もそんなにないし……頼めないの」

「……仕方ねーな」

「ありがとーーー! 一希大好き!」


 様子が急変し、勢いよく飛びかかってきた茜を慌てて受け止め……られるわけもなく。俺を下敷きに両者が倒れ込んだ。


「痛え……」


 下も上も痛い。下は硬い床。上は硬い胸。


「まあ茜にあっても困るか……」

「何が?」

「いや」


 どうしよう、この先が思いやられる。

 何せ相手はあの月島つきしまだ。絶対一筋縄じゃいかない戦いになる。

 漫画andゲーム三昧の幸せな日常が、終わってしまう。


「はぁ……腹括るか……」


 ――

〜翌日〜

 

「それじゃあ、始めよっか!」


 茜らしい元気の良い掛け声を皮切りに、何かが始まったらしい。

 放課後のB組。全ての生徒が帰宅または部活動に励み、日中の賑やかな雰囲気はもはやどこにもない。


「まずこの状況を説明してくれよ」


 この状況に困惑している人間が2人いる。1人は俺と、もう1人は……。

 

「えっと、私も参加させてもらうことになったんだよね」


 気まずそうに彼女は言った。


はなちゃんだよ! 花ちゃんも手伝ってくれることになったの!」


 はなちゃん。頭をフル回転させて必死に記憶から『はな』がつく人物を検索していく。検索結果は、一件。


成瀬なるせはな?」

「そうそう。碓氷うすい君、覚えててくれたんだ」


 成瀬 花。

 記憶にあるのは中学3年生のころ。ジャンケンで負けて所属させられた委員会に成瀬も居た。クラスは違うのに、委員会の集まりがある時よく話しかけられたから印象に残っている。それだけ。


「一体今から何するんだ?」

「あんまり言わせないでよ……恥ずかしいんだから。あたしが連人と付き合える方法をみんなで考えるの! 昨日やってくれるって言ったじゃん!」


 まあ、それはそうなのだけど。


「成瀬も参加するとは聞いてなかったからさ」

「えっと……それは……」


 痛いところを突かれたように茜は口篭った。


「ば、バレちゃった……んだよね」

「えぇ」


 ドン引きだわ。どうやったらこの早さでバレるんだ。

 

「ごめんなさい……本当はこんなに深入りするつもりじゃなかったんだけど」


 成瀬は両手を合わせて申し訳なさそうにした。

 

「いや、バレる茜が100悪い」

「何も言えません……」


 バレるのが少し早すぎる気もするけど、茜のことなら納得できてしまうな。


「でもどうして、成瀬が手伝ってくれるんだ?」

九条くじょうさんから色々事情を聞いたんだけどね。私、連人君とは結構仲がいいから友達として手伝えないかなって」

「ホントにありがと、花ちゃん……!」


 今度は成瀬に抱きつく茜。同じ地域で生まれ育ったはずなのに、コミュニケーションの文化がまるで違う。

 昔はこんな感じじゃなかったのに遺伝子は陽キャだったのか。


「方法を考えるって言っても、まず何から始めるかすらさっぱりだけど」


 茜と月島を付き合わせる。いけるのか?

 今の2人の関係は……やや友達ってところだろうか。

 昼休みに俺と月島がトークをしていると、たまに茜がやってくることがある。今まで俺に会いに来たんだとずっと思ってたけど、多分俺を出しにして月島と話をしに来ていたのだろう。中学の頃は来ていなかったのが1番の証拠だ。

 複雑な気持ちだが、ともかく俺が知っている2人の接点はそのくらい。


「連人くんとの関係はどんな感じなの? 九条さん」


 成瀬は俺が考えていたことをストレートに聞いた。確かに本人に聞くのが1番早い。


「あたし……友達だと思ってるよ」


 ……かなり含んだ言い方だな。


「でも、連人がどう思ってるかは分かんない。一緒に話すこともあるけど、もしかしたら本当はあたしなんてどうでも良いのかも……」


 珍しくネガティブな一面を見せてきた。好きな人が出来たらそうなってしまうものなのだろうか。

 フォローしてやらないと。


「俺も月島とはよく話すけど、そんな奴には見えないな。大丈夫だと思うぞ」

「そうだねー、私も連人くんは裏表が少ない印象。気になるんだったら、連人くんのソウルを見ちゃうのが1番手っ取り早いけどね」

「えっ、ソウル……?」


 驚いたような表情で固まる茜。

 ソウルを見るのは嫌だと言ってたから、その方法は却下か。


「どうしよう……一希の気持ち少しわかったかも。連人のソウル、すっごく気になる」

「ん?」


 こいつ、気が変わったのか……。


「勝手に人の心を覗くみたいで嫌なんじゃなかったのかよ」

「だって……好きな人の気持ちは誰でも知りたいもん! ね、花ちゃん!」

「う、うん……まあそうだね」


 言い分を通すために同調を求めるムーブが実に浅ましくて、茜らしい。


「じゃあどうする? 茜が自分で確認するのか?」

「それもちょっとこわい」

「えぇ……どうすんだよ」

 

 一度ソウルを見てしまうと、俺みたいに見るのを止められなくなる可能性がある。そうなった場合人格はかなり歪むだろう。それを茜にやらせるくらいなら……。

 

「……なら俺が見てやるよ。月島のソウル」

「ホント!? ありがとーー!!!」


 流石に机越しには抱きついてこなかった。


「じゃあ確認はまた今度するとして、とりあえず九条さんと連人くんは友達ってことで話を進めよっか」

「そうだな」


 結局わからん。付き合うにはまず何したら良いんだ?


「友達って言っても、九条さんはそこまで連人くんと話すわけではないよね?」

「うん……花ちゃんとか一希よりかは全然」

「だったらまずは、抽象的だけど連人くんとの距離をもっと縮めるところから入った方が良いと思うんだよね。たまに2人で遊ぶこともある、くらいの距離感になれるとベストかな」

「なるほど……」

「確かにな……」

 

 成瀬の的確そうな意見に残りの2人は首を縦に振りただ感心するしかなかった。


「今くらいの距離感なら、とにかく2人が一緒にいる時間を増やすのが効果的だと思うの」

「そんなの、できる気がしないよ」

「毎日のように他クラスの教室へ来るのも違和感あるしな」

「そう。だから、現状を打開する新たな一手が欲しいの!」


 成瀬は1人で盛り上がっていく。最初はよく知らない奴に秘密バラしてて大丈夫かよって思ってたけど、これだけ貢献してたら何も言えん。

 むしろ俺に秘密を打ち明けた意味が現状まだ無い。


「もしかして、花ちゃん何かあるの……!?」


 茜はすでに自分で思考するのをやめ、目を輝かせながら成瀬の話を清聴している。


「ふふ……ズバリ、私が考える最善の一手は、部活動!」

「んん!? ……どういうこと?」

「自分たちで部を作れってことか」

「その通り!」


 作った部活に月島を入れる。そうすれば放課後月島と会う回数を増やせるし、部の連絡を装えば昼間でも不自然なく会いに行ける。俺たち以外部員はいないから、今後部を主軸にした作戦も立てやすい。


「これしかないって感じだな。ただ問題があるとすれば……」

「そもそもの部を作るまでだね。どんな部にするかとか、設立の条件をクリアできる内容にしないと。そこまではまだ考えてないけど」


 全部1人で言うじゃんこいつ。

 俺にも少しくらい言わせてくれよ。

 

「何だかよく分かんないけど、部活を作れば良いんだね! じゃあ今日はここまでにして、家で部活のこと色々考えてみる!」

「そうだな……」

「2人とも、ありがとね!」

「いいよいいよ。私がやりたくてやってることだしね」

「礼なんていらない」


 俺、貢献度ゼロだったし。


 ――

 

 夕暮れ時、俺たちは解散しそれぞれの家へと向かった。と言っても茜とは帰る方向が同じだから、実質別れたのは成瀬だけなんだが。

 

「花ちゃんすごかったね〜!」

「恋愛マスターみたいな感じだったな」

「あたし、高校生になるまで花ちゃんのこと知らなかったんだよね……小学校も中学校も一緒だったはずなのに」

「田舎でさらに同じ中学、とかでも意外と知らないやつって偶にいるんだよな」


 そう、何度も言うがここは田舎。ただ田舎といっても『ド』はつかない、取り柄のない中途半端な街。

 街には中学が4つ、高校が2つしか無いこともあり、この高校は3割ほどが俺と同じ中学の生徒だ。だが俺が高校で知っている人間は1割に満たない。

 

 まあ、そういうことだ……。


「成瀬、一体何者なんだ? 強者感やばかったけど」

「花ちゃんはすごいんだよ! すっごい人気者で、すっごく頭がいいの! それでいてすっごく可愛くて、一年生で知らない人はいないくらいなの!」

「マジか」


 ヤバいのと知り合ったな。茜が誇張してるだけかもしれないけど。ちょっと疑問に残る点があるし。

 まあ、今は疑っても仕方がない。それよりも月島の件を優先しないと。


「話変わるけど、明日A組に来てくれないか?」

「あたし? 別にいいけど、なんで?」

「教室で言った通り、月島のソウルを確認する。『茜のことをどう思っているか』だから、月島と茜が話してる時に確認しないと意味がない」

「そういうことなら任せて! 昼休みに急いで向かうよ!」


 茜が気になってる以上ちゃんと確認はするけど、茜が心配するような結果にはならないだろう。そんな裏があるようなやつではない。

 以前観察したとき、一度としてソウルが黒く濁ることはなかったから。

 月島と茜は似ている。少なくとも、正直者という点においては。

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