第2話 告白
ソウルは自由に見ることができる5分間以外にも、強い刺激を受けることで『見える』状態に移行できる。
刺激というのは主に物理的な刺激と、精神的な刺激の2つに分けられ、どちらも一定以上の刺激が必要になる。
前者は指で腕や足を思いっきりつねったくらいの痛みで見えるようになる。この方法を使うのは自由に見れる5分を使い切った後くらいだし、割とマジで痛いから自発的にやるやつはあんまりいない。多くは怪我をした時とかに経験する。
後者は前者の感情バージョンで、十中八九突発的に起こる。感情をコントロールなんて出来ないし、そんな状況で人のソウルをみようとは思わない。
……なぜ俺はこんなことを考えているのか。
それは……そうでもしないと精神がもたないからだ。
なんとか平常心を保ったまま、到着した学校へと入る。いつも通り靴を内履きに替え、いつも通り自分の教室に向かう。
この学校は1学年にそれぞれ4つのクラスがあり、1クラス30人ほどの生徒がいる。
だから全校生徒数は約360人。ずっと同じ街に住んでるからこれが普通だと思ってたけど、全国的に見たら少ないっぽい。
ただド田舎というにはちょっと多いし、田舎なのは間違い無いけどなんとも……と言った感じの中途半端な街だ。
俺のクラスはA、B、C、Dとある中でAクラス。
幼馴染とは言ったが、クラスに関しては中学に入ってから茜と一度も同じになったことはない。家が近く付き合いが長くても、クラスが違うだけで意外と学校での接点は少ないものだった。実際、中学校時代の記憶には学校で茜と何かをしたというものはあまり無い。
クラスに着いた俺は早々に自分の席へつき、バッグから本を取り出し読み始める。いつもはこのまま授業開始までの時間をつぶす……はずだが、今日は集中できない。
なぜか。それは当然、今朝のことだ。
気を紛らわすにも限界なので、仕方なく現実と向き合うことにする。
冷静に考えてみよう。
俺が茜に告白される可能性を。
情報を整理しろ……茜はここ1、2年ほど、好きな人がいるようなそぶりは一切見せていなかった。匂わせるような話すらひとつもない。みんな友達、みんな大好き、そんな感じだった。
呼び出された場所は教室。
今朝の雑談で、茜は告白するなら教室が良いと言っていた。
だがそれは俺が訂正、というより相手に合わせた方がいいという案を出した。
それに対する茜の反応は……微妙。
これじゃ判断できない。
本をバッグにしまい腕を組みながら茜の件について考えていると、それを確認したのか1人のクラスメイトが俺の方へ近づいてきた。
「おっす、
「あー、事情が事情で」
俺は話したことがない人間の名前は覚えていない。
それはつまり、クラスメイトの名前をほとんど知らないということ。
ただ……この男は知っている。なぜか俺によく話しかけてくるからだ。
「今話せる?」
「まぁ……いいよ」
こいつは
同じ中学だったらしいがクラスが違ったので存在を知らなかった。ここ何週間かクラス内での月島の行動を観察してみたが、いわゆる陽キャということが判明。
高身長イケメンで人当たりも良し。完全にクラスの人気者、というより1年生の人気者と言っても良いくらいこいつは人から好かれている。主に男子から。
「そうか! やったぜ!」
放課後まで時間もあるし、気分転換に月島と話すのも悪くない気がしたので話すことにした。
「昨日の『セイクリ』みたか? 神回だったぜマジで! 日常系のアニメで、めちゃくちゃ面白いんだよなぁ〜。登場するヒロインが全員可愛いんだよ〜。これからがすげぇ楽しみだぜ! 俺の推しは主人公の先輩の『真衣』さんだ! 可愛いしカッコいいで二刀流! 最強だ〜!」
だがひとつだけ欠点がある。こいつはとんでもなく『オタク』なのだ。俺もオタクを自称してるが、こいつの前では足元にも及ばない。熱が違う。
「俺、アニメはそんなに見てないからわかんねぇよ。見るなら原作だな。原作は漫画? ライトノベル?」
「なんとアニメオリジナルだ。これを気にお前もオタクにならないか? 幸せな世界が待ってるぞ……!」
タチの悪い宗教勧誘みたいな言い方。
「多分俺も世間的にはオタクだけどな。まぁ、天下の月島がそこまでいうなら見てみるよ」
「いいね! それならネタバレはやめた方がいいな。てことで次のアニメ語っても良いか? 今期は面白いのがいっぱいあるんだよ……!」
「え? ま、まあいいけど」
「言ったな?」
こうして全ての休み時間を月島に潰された。
――
〜放課後〜
やべぇ何も考えてない。
あいつ話長すぎだろ。
落ち着け俺。冷静にならないと思考は始まらない。
そもそも何を考えるんだ。告白の返事か? 返事自体は決まっている。
茜は客観的に見たらかなり顔が整っている方だと思う。
鮮やかなピンク色の髪。
ボブヘアで、赤色のカチューシャが特徴的なぱっちりつり目の15歳。
付き合いが長すぎて感覚が鈍ってるかもしれないけど、それでも学校で5本の指くらいには入ると思っている。
だが返事はNOだ。
茜は今ではたくさんの友達がいる人気者だけど、昔はもっとずっと暗かった。どこへいっても本ばかり読んでたし、他人とのコミュニケーションもほとんど取らない。
俺が付いていないとまともに生活出来ないんじゃないかと思わせてくるくらい、昔の茜は危なっかしかった。
だからこそ、中学に入ってクラスが別れた時は誰よりも心配した。
だからこそ、茜が明るくなって友達ができた時は誰よりも感動した。
正直茜は、俺の中でもう妹みたいな感じになっている。
それが茜を恋愛対象として見れない理由だ。
結局、1番の問題は茜が本当に俺を好きかどうかだ。何でもない話だったらクソ恥ずかしい。
それが分かれば、今こんなに悩む必要もないのに。あの時に茜のソウルを見ておけばよかった。ソウルの色さえ見ておけば色々と心の余裕が生まれたのに。
……いや、違うな。
茜はこんなクソみたいな世界で唯一いる友達なんだ。
もし茜が本当に俺を好きなら、友達でいられなくなるかもしれないが……それでも、俺は真剣に答えてあげなければいけない。
茜の気持ちを先に知っておくなんてことは公平じゃない。
ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。告白されたら正直に答えよう。
やっとの思いで決意を固めると、ゆっくりと教室のドアが開く音が聞こえる。慌てて音の方へとふり向いたが、そこには普段とは明らかに様子の違う茜が立っていた。
「ごめん。待った……?」
ほのかに顔を赤らめながら、不自然に目を逸らしこちらを見てこない。
これって好きな人に目を合わせられないアレじゃ……!?
「ま、待ってないよ……?」
苦笑いとともに額から汗が流れ落ちる。今俺はかつてないほどに緊張している。
放課後。帰宅か部活か、A組には俺たち以外誰もいない。
いてくれよ……普段はもう少しいるだろ。
「あのね……あたし……」
若干の躊躇いを見せながらも、茜は何とか口を開こうとしている。
そうか。きっと茜も緊張してるんだ。
俺なんかよりずっと。
もしもこれが告白ならば。
「あたしは……連人のことが好きなの!!」
なにぃーーーーーーー!?!?!?!?!?
……え?
「違うんかい! 紛らわしいわボケ!」
「違うってなにが?」
キョトンとした顔を見せつける茜。天然とはよくいい意味として使われているが、これほどまでにこの
「告白じゃねーのかよ。朝の態度ヤバすぎだろ。誤解しか生まんぞアレ」
「はぁー!? ずっと家族みたいに過ごしてきた一希なんか男として好きになるわけないでしょ! 弟みたいな感じよ!」
腕と首をブンブンと振り全力で否定する茜。
そんなに嫌なのか……まあいいけど。
ていうか俺弟枠かよ。逆だろナメてんのか。
「わかったわかった。俺も大体同じ事思ってたよ」
今日習ったことはほとんど覚えていない。
今回考えたことは全て杞憂に終わった。
今後面倒なことが起こりそうだ。
でも、とりあえず告白じゃなくてよかった。これからのことはその時の俺に丸投げしよう。
とにかく、茜との関係が壊れなかったことに感謝だ。
今はそれだけでいい。
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