感情がわかる世界でラブコメ

Kちゃん

第1話 友達

5年前の俺へ。

 この世界は、人の感情や嘘がわかるようになった。

 心理学者とかメンタリストとかそう言う類ではなく、物理的に『見える』。

 顔の隣に1人ひとつ、水晶玉のような球体が浮かんでいるんだ。その球体は感情によって色が変化して、嘘をつくと黒く濁る。決して、触ったり壊したりはできない。

 球体は普段人間の目には映らず、『見たいと思った』時にその当人だけが見られるようになる。見られる、見られないのオンオフはいつでも自由にできるが、1日に見ていられる時間は合わせて大体5分まで。


 ややこしいけど、今はこれが当たり前の世界になっている。

 

 どうだろう、気に入ったかな?

 面白そうだと思ったかな?


 ……結論から言うが、この世はクソだ。


 さっき言ったことをまとめると、嘘と建前が通じない世界ってことになる。


 ヤバいだろ。

 コミュニケーションも何もない。


 未来の俺からアドバイスだ。

 出来た友達は大切にしろよ。


 高校に入っても、新しい友達は誰1人として出来ないからな。

 大切にしろよ、マジで。


 あぁ……昔に戻りたい。


 ――

 

 俺こと碓氷うすい一希かずきがもつただ1人の友人、九条くじょうあかねはそう言った。


「何で友達作らないの?」


 俺は効いた。


「うるせー! ちゃんとワケがあるんだよ」


 俺たちが向かう先は、入学して2ヶ月も経たない公立高等学校。まだ新品同然の制服を着て歩みを進める。


「友達、たくさんいると楽しいよ! あたし、もうクラスで何人もできちゃった!」

「ふっ、馬鹿め。友達は少ない方がいいに決まってる」

「なんでよ……」


 茜の蔑むような視線が痛い。

 だが後戻りはできないし、するつもりもない。

 論破してやる。


「だったら茜は、友達を信頼してるか?」

「もちろん! 友達だし!」

「『ソウル』を見ても……本当にそう言えるのか?」


 感情がわかるあの球体は、一応『ソウル』という名がつけられている。一応というのは、国が定めた正式名称とかではないから。

 

 さあ……どう出るか茜!


「そうるって、何?」

「……あれ?」


 まさか茜、知らないのか?

 惚けてるかどうかは……ソウルを見ればわかる。

 

 俺はソウルを『見たいと思った』。

 

 その瞬間、俺や茜を含んだ視覚できる人間全員の顔の隣に綺麗な水晶玉が発生する。

 茜のソウルは濁りのない橙色だ。

 ソウルの色は当人の感情を表しているが、今回はどうでもいい。問題なのは嘘をついているかどうかだ。

 嘘をついた時、ソウルは水に墨が落ちた様に黒く濁る。

 現在茜のソウルに濁りはない……つまり、ソウルの存在は本当に知らないってことだ。


「えっと……茜は顔の隣に水晶玉みたいなのが見えたことはないか?」


 仕方なく、ソウルの説明から入ることにする。

 

「あっ、なんか見たことあるかも。水晶玉っぽくはなかった気もするけど。すぐ見えなくなるから気のせいかと思ってた」

「それ、見ようと思えば自由に見れるぞ」

「ホント? ……あっ、ホントだ! 一希の隣になんかある! 黄色の丸いの!」

「それだな」


 茜の視線は、俺の顔から少し左にずれている。多分ソウルを眺めているのだろう。

 俺自身は、もう『見たいと思ってない』からソウルは何も見えない。


「じゃあ5年前、地球に隕石が降ったのは知ってるか?」

「結構騒ぎになった奴だよね。知ってるよ」

「あの後急にその水晶玉が見えるようになった、というか出現したらしい」


 ソウルは全人類に発生した。東京のスクランブル交差点とかで見たいと思ったら、多分エグいことになる。

 ただ、ソウルを『見ることができる』のは当時子供だった者だけらしく、そのせいで5年経った今でも原理は解明されていない。


「何それ……なんか怖いね」

「ウイルスか何かって言われてるけど、詳しい話は誰もわからん」


 ソウルを見られない大人の間では、この現象は都市伝説のような括りとして済まされている。

 当時子供だった人間が研究職に就き、この現象を解明するまではしばらくこんな扱いが続くだろう。

 

「それで、この水晶玉がどうかしたの?」

「その水晶玉の色が、人の感情とリンクしているらしい。だからそれは『ソウル』って言われてる。安直でわかりやすい」

「ソウルなんて普段聞いたことないけど」

「日常生活だとそこまで口にする単語じゃないからな。ネットの掲示板でそう言われ始めてから自然とこの呼び方が広まっていったらしい。今では起源を知らずに呼んでるやつが大多数だけど」

「……それでソウルが見えたら、何かまずいことになるの?」

「まずいもなにも……この世の終わりだろ」


 人は、そのほとんどが場の空気を読んでいる。

 空気を乱さないよう適度に嘘もつく。

 そこでの摩擦から複雑な人間関係は構築される。

 

 ソウルが見えるようになる前は、空気を読む、嘘をつくといってもたかが知れてると思っていた。基本的にはみんな好き勝手生きていて、思ったことは正直に言う……そんな世界だと思っていた。何せ当時は10歳だから仕方がない。


 だが結果は違った。


 中学の時、興味本位でソウルを確認してみて驚愕した。

 顔と感情が一致しない。想像を超えた数の嘘をつく。

 俺がソウルを見てきた人間は、99%そうだった。


 当時予想外だったその事実は俺の価値観を大きく変え……こうして今の俺が誕生した。


 沢山の友達なんて要らない、というか作れない。

 みんな嘘や建前ばかりで、微塵も信頼できないからな。

 

 それに、関係値が薄い人間ほど信頼性は低下していく。

 友達を100人作るとはよく言うが、100人目の友達なんて最早ただの知り合い、他人と言ってしまっても大差ないだろ?


「わかりやすい例えを出そうか」

「お願い!」


 茜はソウルを全く知らなかったことがさっきわかった。

 実際茜はさっき言った99%に属さない、類稀なる正直者だから知らなくても不思議はない。


「じゃあ、茜は数人の友達と雑談をしてるとする」

「うん」

「ある時、話が盛り上がって場に笑いが起きました」

「ふむふむ」

「さて、その笑いは本物か?」

「えっ?」

「真実はソウルを見ればわかる。感情と色の関係は、例を出すと『楽しい』時は『黄色』で、『悲しい』時は『青色』。『何も感じてない』時は『無色』とかだな」

「いっぱいあるんだね」


 色の種類は俺の知る限りだと無色を除いて8種類ある。

 人間の感情は複雑だからおそらくまだまだあるのだろうが、肉眼で判断するのは中々に難しかった。

 とにかく、現状俺が判別できるのは8色まで。

 

「今回の例では笑いが起こってる。普通みんなのソウルはどうなってるべきだと思う?」

「そりゃ『楽しい』から黄色じゃない?」

「その通り。でも、もし無色のやつがいたら?」

「……楽しくない?」

「そう。そいつは空気を読んで笑ってただけで、実際は何も感じてない、つまらないと思ってるってことだ」

「そ、そんな人……!」

「いる。絶対にな。というか茜はかなり少数派だぞ」


 いる、というか俺もそれに近いことをする時がある。

 素のままで話せるのは茜だけだ。


「気になるならソウルを見てみろよ。常に全員がそうというわけではないけど、茜ほど素直な人間なんて簡単には見つからないだろうな」

「……なんか、嫌だ。勝手に人の心を覗くみたいで」

「そうかもな。でも覗けてしまうこの世界の方が終わってるんだよ。真偽がわからない発言は信頼関係で判断するはずだったのに、そんなのなくてもちゃんと『正解』を確認できるんだからな。パッションで信頼する意味がない」

「……」


 少しの沈黙を経過した後、思わず自分も我に帰る。


 なんで俺は茜を論破しようとしてるんだ。馬鹿なのか。

 自分に友達がいない現状を正当化したいだけじゃねーか。

 良くも悪くも真っ直ぐなところが茜の個性なのに、それを捻じ曲げてどうするんだよ……。

 

「すまん、言いすぎた。俺がソウルのせいで人を信じられなくなって、友達ができないことを知ってほしかっただけなんだ……」


 素直に、情けない自分の本心を伝えた。

 そこに濁りは一切ない。

 

「ソウルなんて知ったの今日が初めてで、一希の気持ちはまだよくわかんない……でもね」


 ソウルを見なくても、それが本音であることはすぐにわかった。


「いるよ、友達! あたしが!」


 そういって微笑む茜の顔は、そんな俺に居場所をくれる、前向きに生きていこうと思わせてくれる……天使のような笑顔だった。

 

「……そうだな」


 その通りだ。俺には茜がいる。

 『友達は少ない方がいい』とは言ったけど、『いなくてもいい』とは言ってない。

 友達っていうのは必要な存在で、大切にしないといけないんだ。

 

 たくさん友達がいたら、一人一人に掛けてあげられる時間がその分減るだろ?

 だから俺は、1人いれば充分なんだ。

 九条茜という親友がいれば、それでいい。


「ほら! 落ち込んでないで、楽しい話しよっ?」


 茜に友達ができる理由を垣間見た気がした。到底真似できるものではないけど。

 

「わかったよ」


 会話は日常へと戻っていく。

 

「じゃあなんか話題だして!」

「話題は無い。完全に尽きてる」

「えー……」


 茜とは4歳からの幼馴染で家が近く、小、中、高とほとんどの登下校を共にしていた。

 その際に会話をするのは必然的で、10年目にもなればネタも尽きる。

 コミュ力が低いから話のネタが少ないとかそういうのでは断じてない。断じて。


「しょうがないなぁ。じゃああたしのとっておきを一つ! 一希はもし誰かに告白するとしたらどこがいいと思う? 学校の中で」

「……それ俺に聞く? 友達すら碌にいない俺に聞く?」

「いるよ、友達! あたしが!」


 あれ、おかしいな。さっきはこのセリフに心を動かされたのに、今はイラつきを感じる。

 

「煽ってるだろ」

「そんなことないって! いいから教えてよ!」


 考えたことねーな……適当に『定番』を言っておくか。

 

「屋上とか?」

「……閉まってるけど?」


 やべっ、漫画の見過ぎだ。オタクがバレる。いや茜にはバレてるんだけども。

 なんとなくだけど、人にオタクって思われたくないんだよな。茜なら特に軽蔑されるとかはないはずなのに、なぜか怖い。

 

「そ、そういう茜はどうなんだよ」


 慌てて話題を変えようとする。

 諸々の言動を客観的に見るとまあまあダサい。

 

「あたしは当然、教室一択だね!」

「なんで教室?」

「普段よく使ってる場所で告白すると、毎日が特別な日に思えてくる気がするの! もちろん成功したらだけど。いいと思わない?」

「失敗したら毎日が最悪な日じゃん」

「……失敗した時のことなんて考えたくもないよ」


 俺の一言で茜のテンションは一気に氷点下までずり落ちた。すまん、悪気はなかったんだ。


「俺から聞いてなんだけど、告白を成功させるためには自分より相手が良いと思ってる場所でした方がいいんじゃないか?」

「確かに。うーん……でも教室は捨て難いなあ」


 今日は一悶着あったけど、普段はこんな他愛もないやりとりをしている。

 大した意味のない、言ってしまえば暇つぶしの雑談だ。

 まあ楽しいから別にいいんだけど。


 ――


「……よし、決めた」

 

 校門前、唐突に茜が喋り出した。

 普段よく見る超が付くほどの笑顔ではない、真剣な表情の茜を見るのは久しぶりだ。

 

「どうした?」

「一希は今日の放課後って、時間ある?」

 

 普段よりも少し赤くなった顔で言ってくる。

 

「……あるけど」

 

 質問の意図がよくわからない。

 帰宅部エースの俺はとりあえず肯定の返事をした。

 

「じゃ、じゃあさ! 伝えたいことがあるから放課後、教室に残っててくれない!?」

「えっ」


 はぁ!?!?!?

 

 突然心臓を銃で撃たれたかのように胸に刺激を感じる。

 普段激しい運動をしない体には到底上がらないほどに心拍数が上昇する。

 

「……いっ、いいよっ……?」

 

 俺の了承を確認すると茜は少しはにかんだような表情で、何も言わずそそくさと校舎へ走っていった。

 

 まさかあいつ、俺のことを……!?


 もしこれが告白のフラグだとするならば。

 全くもって最悪な出来事だ。

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