第9話  人妻、交渉する

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 夫がこの世界にいるのなら、夫が魔王に捕まっているのなら、としえは愛する夫を助けに行かなくてはいけない。


 もしこのままこの盗賊たちのもとで捕まり続けてれば、いずれとしえも奴隷として出荷されてしまうだろう。


 この世界における奴隷がどのような扱いを受けるのかは分からないが、奴隷というものが存在し、それを調達するための人さらいまでいる世界だ。待っている待遇がいいものであるはずがない。


 奴隷の身分から抜け出すのにどれほどの時間がかかるかも分からないし、悠長にしていたら、捕まっている夫が処刑されてしまうことだって考えられる。


 ただ、武力をもって逃げ出すことはできない。


 としえはその点についてはあきらめていた。


 どういう理屈かは分からないが、少なくともここにいる男たちにとしえの魔法は通じなかった。だが、巨大な竜や魔物たちを一撃で倒してきたのもまた事実。


 異世界とはいえ、この世界にはこの世界のルールがあり、道理があるはずなのだ。だから、としえの魔法が彼らには通じなかった理由さえ判明すれば、対策ができるはず。そうなれば、彼らを倒してここから堂々と帰還することもできる。


 が、今の状況でそんなことができるはずもなく、としえはほかの道を探るしかない。


 どうすれば……


「ラジャ姐さん、魔杖や魔導書は上等なものを持ってましたが、このババア本体はたいした額では売れなさそうっすね」


 盗賊の一人がそう言うと、盗賊頭の女――ラジャは鼻で嗤って、


「女は三十を超えるとがくんと値下がりするからな」


(失礼な)


 女としての魅力はまだまだあると自負しているとしえだった。


「うちで飼うか?」


「いや、ババアはいらねぇよ」


「俺はこういうのもいいと思うけど」


(……そうだわ!)


 としえの脳裏にひらめきが降りてきた。


「あの」とラジャに声を投げる。


「なんだ?」


「私をここから逃がしてください」


「諦めな。あたしらに捕まった時点であんたの運命は決まった。ま、奴隷ってのもそう悪いもんじゃないぜ。主によるがな」


 脇にいた男たちは笑いながら言う。


「うちで飼われるよりよっぽどいいぜ」


「なんせうちの男は二十人いるからなぁ」


「すぐに壊れちまう」


「ぎゃっはっは」


 下品な男たちの言葉は無視して、としえは語り掛ける。


「そうした方があなたたちには得だと思います」


 としえがそう言うと、ラジャは眉をひそめる。


「どういう意味だい?」


「私は、魔王を倒しに行きます」


 その瞬間、場は水を打ったようになる。としえが何を言っているのか、その意味を理解した者から笑い声を上げ始める。


「何言ってんだこいつ」


「笑わせてくれるぜ」


「フレアすら満足に出せない雑魚魔導士がよ」


 そのあまりに荒唐無稽な内容に、横で一緒に縛られていたネルフィも呆れた顔をした。


「ちょっと、としえさん、何を言ってるんですか?」


「私が魔王を倒すのよ」


「魔王を倒すなんて、そんなことできるわけありませんよ」


「でも……」


「エルフの嬢ちゃんの言う通りだ」


 ラジャがとしえの言葉を遮る。


「魔王を倒すために、何人もの勇者や冒険者が旅立ったが、結局誰も倒すことはできなかった。歴代最強の勇者様が魔王討伐に向かったが、魔王には敵わずに捕まったと聞いたぜ」


「だから私が倒しに行くんです」


「逃げたいがために、あんまり変なことを言わないようにな。頭がおかしいと思われたら、自分の奴隷としての価値が下がるぞ」


「ふん、どうせ私を売ってものでしょう? だったら、私のに賭けるべきです」


「将来性?」


「私が魔王を倒して世界を救った英雄になれば、私のもとにはたくさんの財宝やお金がいろんな国から贈られてくるでしょう。その富をあなたたちに分けてあげます」


「はぁ?」


「このまま私を奴隷として売り払えば、得られるお金はわずかなものですが、もし私を逃がし、私が魔王を倒せば、莫大な財産が手に入るということです」


「おばさん、お前マジで頭イっちまってんのか……」


「私は真剣です。そのためにこの世界に来たんですから」


「あぁ?」


 ラジャの顔が強張る。最初は小馬鹿にした態度を取っていた盗賊たちだが、魔王を倒すという絵空事を真剣に語るとしえに対し、恐怖めいたものを感じ始めたようだ。


「こんなんじゃあ、まともな買い手はつかねぇぞ」


「私はこの近くにある変な塔で、この世界とは違う世界から召喚されたんです。そこで私は魔王を倒す力を秘めた勇者だって言われて」


「塔だと?」


 その時、ラジャは何かに気づいたように目を細めた。


「姐さん、このババアやばいっすよ」


「きっとどこかの娼館で薬漬けにされて頭がおかしくなっちまって捨てられたんすよ」


 盗賊たちはとしえを異常者だと恐れ始めた。が、ラジャの方は何かに納得したように唸る。


「あぁ、なるほど。か」


「私が魔王を倒してたくさんお金を貰ってきますから。だからあなたたちもこんなことはやめなさい。みんなを解放しなさい」


「ざけんなババア」


「んなことするわけねぇだろ」


 盗賊たちが声を荒げる中、ラジャは一人押し黙っていた。



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人妻としえ、異世界をイく 館西夕木 @yuki5140

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