第6話 エルフの禁術
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今の騒動は幸いにも上の連中には気づかれなかったらしい。
第二陣が来ないことに安堵したネルフィは、今しがた殺めた男の上着をはぎ取ってコートのように身にまとった。
「人には、それぞれ魔力の容量があります。勇者や賢者、大魔女と呼ばれるような大きな器を持つ方たちはたくさんの魔力を溜め込んでおけるのですが」
ネルフィは地面に伏した男に目をやって、
「凡人はわずかな魔力しか溜め込むことができません。自身のキャパを超える魔力を一気に注がれた人間は、その魔力に体が耐え切れずに死んでしまうのです」
急性アルコール中毒みたいなものかしら、ととしえは元いた世界の常識に無理やり当てはめて納得する。
男はピクリとも動かず、呼吸もしていない。本当に死んでしまったようだ。
(でもまあ、悪い人なんだからしょうがないわよね)
人に危害を加えるような人間は同じ目に遭っても文句は言えない。先に仕掛けてきたのは向こうなのだから。
としえは自分にドライなところがあるという自覚はあったが、人が本当に死ぬ様を見てもそう思える己に少しだけ恐怖を感じた。人の死に直面してとしえが驚いたことは、まさにその点だった。
奴隷や人さらいが当たり前にいる世界。
人の命の価値は、自分がいた世界よりもずっと、ずっと小さいのだろう。元の世界では表に出ることのなかったとしえの気質がこの世界に来て露わになってしまったのか、それともこの世界に順応し、いろいろと感覚が麻痺してしまったのか。
「これが、魔力譲渡が禁術とされている理由です。私たちエルフは過剰に魔力を与えることで相手を死に至らしめることができてしまう……」
その時、ネルフィの顔に暗い影が落ちたような気がした。
「見張り役がいなくなっていることに盗賊たちが気づくのは時間の問題ですから、今すぐにでもここから逃げてしまいたいところです。が……」
ネルフィは檻の外に出て、周囲を見回す。
「彼女たち全員を連れて逃げ出すには、ちょっと人数が多すぎます」
捕まっている女たちは、この地下牢だけでも十人は超えている。もしここ以外にも女たちを閉じ込めてある牢屋があるのなら、そちらも助けなくてはいけない。
「私が魔法でやっつければいいのね?」
「はい。頼りになります」
としえとネルフィは階段を上がる。その先には古びたドアがあり、そこを抜けると四畳ほどの狭い空間に出た。木製の机と椅子がぽつんと佇んでいるだけで、おそらく先ほどの見張り役はここにいたのだろう。
正面にも扉があり、その先は道が左右に分かれていた。
洞窟というだけあって壁は岩がむき出しでところどころ凹んでいたり、逆にせり出していたりと、道幅は一定ではなかった。そのせいで数メートル先の様子も分からない。しかし、それはこの状況においては悪いことではなかった。
「どっちに行けばいいかしら」
「ここで二手に分かれましょう」
「え?」
「私のこの禁術はたいていの相手は触れるだけで殺すことができますが、あくまで不意をついて相手の体に密着しなくてはいけません」
「武器を持っている相手には真正面から勝てませんし、相手の魔力の器が大きければ、時間もかかってしまいます。なので」
「なので?」
「まずはとしえさんに大暴れしてもらいたいです。私の記憶が正しければ、右の方の道は盗賊たちの住処のスペースに繋がっています」
「そ、それって盗賊がたくさんいる方ってこと?」
「はい」
「一人で行くのは怖いわよ。一緒に来てくれない?」
「さっきも言ったように、私は真正面から戦う能力はありません。いても邪魔なだけです。でもあの特大のフレアを使えるとしえさんなら、盗賊たちに負けることはないはずです」
「そうかしら」
「ほとんどの盗賊はそれでとしえさんの方へ集中すると思うので、フレアでガンガン倒しちゃってください」
「ネルフィちゃんはどうするの?」
「私はその隙に左側の道を調べます。もしかすると他の牢屋があるかもしれません」
「もしそっちに敵がいて、見つかっちゃったらどうするの?」
「この道は岩がせり出していたりひっこんでいたり、身を隠せるスペースが十分にあるので、もし敵がいたらそこに隠れて、不意を突いて魔力譲渡で倒します」
「だったら、私も一緒に左の道を行って、そっちを探索し終えてから右の道を一緒に行けば……」
とにかく一人になりたくないとしえだった。
「としえさん、さっき女の人が連れていかれたのを見ましたよね?」
「えぇ」
「まだあの人が連れていかれてからそう時間は経っていません。ことが始まる前に騒ぎを起こせば、あの人も助けられます」
「……たしかに」
男たちが女を連れていってから、体感だがまだ十分ほどしか経っていない。としえが脱走したことを知れば、盗賊たちもとしえの捕獲を優先するだろう。
「分かった。私、行くわ」
今のとしえは盗賊たちに捕まってしまった時とは違い、魔力も十分にある。
負けるわけがない!
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