第5話 人妻は魔力を回復する
1
「フレミア!」
「……」
「……」
「……」
「あら?」
何も出ない。
「フ、フレミア、フレミア、フレミアアアアアア」
最後の方はつい叫んでしまっていたが、魔法は発動せず、重たい静寂だけがその場に広がった。
盗賊たち相手には小さいながらも炎の球が出ていたのに、ついに出すことすらできなくなってしまっていたのか。
「あのぅ、詠唱をしないと発動しないのでは?」
「詠唱?」
新しい概念の登場に、としえは眉をひそめる。
「何かしら、それ」
エルフィは青ざめた顔で、
「いつもどうやって魔法を使ってるんですか?」
「杖を敵に向けて、フレミアって叫んでるだけだけど」
「ああ、魔杖を使ってたんですね」
「詠唱ってなぁに?」
「魔法を使うための呪文を唱えることです」
「でも私、そんなのしたことないわ」
「魔杖を使っていたからでしょう。魔法を使う際はそれに応じた呪文の詠唱が必要なのですが、呪文は長くて暗記する手間がありますし、だいたいの魔法使いの方は魔導書を見ながら詠唱します」
「へぇ」
「もちろん詠唱する時間もかかります。その点、魔杖は詠唱を必要とせずに魔法の名前を唱えるだけ発動できる便利なものなのです」
「へぇ」
車のオートマとマニュアルみたいなものか、ととしえは勝手に納得した。
「詠唱を短縮できる一方、魔杖に宿っている魔法しか使えないというデメリットがあるので、普通、魔法使いはよく使う魔法を宿した魔杖と魔導書の二つを携帯しているはずなのですが」
「魔導書……あっ、鞄の中にあるわ」
「盗賊たちに奪われてしまったのですね」
「どうしましょう」
「大丈夫です。フレアの呪文は私、覚えてますから。私の後に続いて詠唱してください」
「分かったわ」
「『天に輝く太陽の神よ。その
「て、天に輝く太陽の神よ。その現身を我に貸せ』」
「『フレア』」
「『フレア』」
眩い光と炎の熱を感じたかと思うと、直径一メートルほどの火球がとしえから放たれた。
「え? ちょっ、これフレミア――ぎゃああああ」
ネルフィの手首をかすめるはずだった火球はその大きさもあって、彼女に直撃した。
「あちゃちゃちゃちゃ」
地面を転がりまわるネルフィ。幸い黒焦げにはならなかったが、けっこうなダメージが入ったようだ。身に着けていたぼろきれも焼き消えてしまった。
「だ、大丈夫……?」
「え、えぇ。おかげで縄も焼き切れてくれました。ありがとうございます」
自由になった両腕を見せるネルフィ。
「としえさんの縄も解きますね」
としえの手首の縄を解きながら、ネルフィは感心したように言う。
「それにしても、あんな大きいフレア初めて見ました。ほぼフレミアでしたもん。としえさんってすごい魔女だったんですね」
「そう? 私にはよく分からないけれど」
話を聞いているうちに、フレミアはフレアという魔法と同系統で上位の魔法なのだな、というのはなんとなく分かった。
が、盗賊相手にはフレミアがたいした威力にならなかったのに、今はフレアが威力マシマシで発動したり、と分からないことの方が多い。
「はい、できました」
としえの自由を奪っていた縄が解けた。
「ありがとう」
「盗賊と戦った時は魔力が切れていたのかもしれませんね。ちょっとお手を拝借します」
ネルフィはとしえの手を取る。すると、彼女の手から何かが伝わってくるような感覚があった。疲れた体に甘いものが染み渡るように、としえの中で何かが満たされていく。
不思議な感覚だ。
「としえさん、けっこう容量ありますね。さすがです」
「これ、何をしているの?」
「私の魔力をとしえさんに移しているんです。気分は悪くないですか?」
「問題ないけど、そんなことができるの?」
「魔力譲渡というエルフの秘術で、自分の魔力をほかの人に分け与えることができるのですが、本当は他種族には使ってはいけない禁術なのです。オーバーすると危険なので、このくらいにしておきましょう」
ネルフィは手を放した。
「これで当分は自由に魔法が使えるくらいには回復したはずです」
「私の魔法で檻を破壊して脱出すればいいのね」
「いや、さすがにそれだと上の男たちにばれてしまうと思うので――」
ネルフィがそう言ったのとほぼ同時に、危惧していたことが起きてしまった。
「おい、なんだ今の音は!」
階段の上から見張りの男が駆け下りてくる。
「変な音が聞こえたぞ」
男はそれぞれの檻の中に順番に入り、中にいた女性たちに向けて脅すように血錆のついた剣を見せる。
「いいか、生きてこの地下から出たければ、逃げようなんて考えるんじゃねぇぞ」
女性たちは怯え切った声を漏らしながら、命の懇願をする。その様を見て、男はにやにやと醜悪な笑みを浮かべた。それは生殺与奪の権利を握っているがゆえの優越感か、それとも弱者の立場に対する嗜虐性か……
最後に男はとしえたちの檻の前にやってきた。同じように中まで踏み入り、手に持った剣を見せつける。
「いいか、死にたくなかったら逃げようなんてことは考えるなよって、エルフのお嬢ちゃん、服はどうした……ん? お前ら、縄を――」
男が目を見開く。
そこから先のことは、一瞬のうちに起きた。
ネルフィは男の体に飛びつくと素早く背中に回り込み、右手を男の顎に、そして左手を男の左胸に当てた。
「は、離せ。糞エルフが、あ、あああ、あぅ」
何が起きているのか、としえには分からなかった。ネルフィに組み付かれた男はだんだんと様子がおかしくなっていく。苦しそうに荒い呼吸を繰り返したかと思うと、急に意識を失ってうつぶせに倒れてしまったのだ。
男の背中から離れ、ネルフィは立ち上がる。
「ふう」
しん、と耳が痛くなるような静けさと緊張がとしえを襲う。
「し、死んじゃったの?」
としえが聞くと、ネルフィは無言で頷いた。
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