第4話  人妻、普通に捕まる

 1



「今回の勇者様も無事に召喚できましたね」


 クララは窓辺に立つタイザンに話しかけた。一仕事終えてほっとした顔つきである。


「それにしてもあんな巨大なフレミア、初めて見ましたね。弱っていたとはいえ、まさか一撃で古竜を燃やし尽くすなんて。今回の勇者様も大当たりです」


「……」


「それはそれとして、前回から三か月ほど経ちますが、やすお様はダメだったのでしょうか。先日、魔王軍に捕まったと報告がありましたが、おそらくやすお様はここで召喚した中では歴代最強クラスの――」


「……クララ」


「は、はい」


 タイザンは強い口調で圧をかけるように言う。


「我々の役目はただ勇者様を異世界から召喚し、送り出す。そこから先のことはだ。立場を考えろ」


「はい、申し訳ありません」


「今のペースだと、三か月に一度の召喚が限界だ。もう少し魔力が欲しいな」


 タイザンは冷たい目を虚空に向けた。



 2



「むぐぐー」


 口に布をかまされ、目隠しをされ、両手両足を縛られたとしえは男たちに抱えられていた。


「暴れんじゃねぇ」


「むぐー」


(どうして?)


 困惑するとしえ。


 昨日の竜といい、今日の魔物たちといい、その全てを圧倒的火力で焼き尽くしたはずのとしえの魔法だが、どういうわけか男たちには一切通用しなかった。


 通用しなかった、という表現は言い過ぎか。


 男たちに対して発動した魔法『フレミア』は、魔物たちに向けて使った時と威力と規模が桁違いにのである。


 同じ魔法のはずなのに、いったいどうして……?


 人に向けて撃ったことで、無意識のうちにセーブがかかっていたのだろうか。しかし、異世界に来て二日目のとしえがまだそこまで魔法を上手くコントロールできるとも思えない。


「よーし、ついたぜ」


「どうします? この女」


「んー、ちょっと年がいってるからなぁ」


「俺、おばさんもイケますよ」


「でも若い方がいいだろ?」


「……それはそうですね」


「とりあえず牢にぶち込んどけ」


「へい」


 目隠しとさるぐつわ、そして足の縄だけ外され、としえは地下の牢屋の中に放り込まれた。


「痛いっ」


「おとなしくしてろよな」


「くっ」


 男たちが階段を上がっていく。やがて、階上で扉を閉める音が鈍く響いた。


 薄暗いが、壁に燭台があるため完全な闇ではない。だんだん目が慣れてくるといくつもの牢屋がこの地下にあることが分かった。そして、としえが放り込まれた牢屋の中にも、一人の女性が捕まっている。


「あなたも捕まってしまったのですか?」


 こちらから声をかける前に元から捕まっていた女が声をかけてきた。声色は幼く体格も小柄だ。暗いのではっきりしたことは言えないけれど、中学生ぐらいの年齢の少女のようだ。


「ここはいったいどこ? あの男たちは誰?」


「ここは男たちのアジト。連れてこられる時に目隠しをされていたから、場所はよく分かりません。たぶん、ネンドル王国の近くだとは思うけど……」


「あの男たちは?」


「あの人たちはこの辺りを縄張りにしている盗賊です。人をさらって奴隷商に売り飛ばしたり、村を襲ったり、ひどいことばかりする悪い人たち」


「盗賊、奴隷……」


 どちらも平成、令和と現代日本で生きてきたとしえには関係のない言葉だった。やすおが好んで見ていたファンタジーアニメには盗賊や奴隷といったものが登場していたが、あれはあくまでフィクション、作り物の世界のものだ。


 としえのいた世界では廃止されているが、この異世界では奴隷というものが普通に存在しているのだろうか。とんでもない世界に来てしまった、と改めて認識したとしえだった。


(魔王が支配しているせいで、治安が悪くなってしまっているのかしら)


「あの、じゃあ私たちも奴隷にされてしまうの?」


「ここに捕まってる女の人たちはみんな売り飛ばされてしまうと思います」


「そんな……」


「週に一回のペースで奴隷商人の一団が来るんです。前回来たのが四日前なので、おそらくあと三日か四日ほどで」


 つまり、遅くとも四日のうちにここから逃げ出さなくてはいけないのか。奴隷になるなんてまっぴらごめんのとしえだった。


 しかし、杖も荷物も全て盗賊たちに取り上げられ、腕も拘束されているこの現状、どうやって逃げたものか。


「あら、あなた、耳が」


 少女が燭台の近くの壁に寄りかかる。炎の明かりが、不鮮明だった少女の姿を露わにする。


 淡い緑色の長い髪に、雪のように白い肌。顔立ちは整っているがやはり幼く、十代前半といったところか。ぼろきれのような衣服を身にまとい、としえと同じように手首を縄で拘束されている。


 いろいろと特徴的な部分はあるけれど、まず目についたのは耳の形状だった。


 先端が異様に長く伸びている。


 それが少女の漂わせている薄幸な空気と相まってどこか幻想的な感じがした。


「あなた、エルフを見るのは初めてですか?」


「エルフ?」


 聞いたことはある。やすおがよく読んでいたえっちな本――本人は隠しているつもりだった――やファンタジーRPGに登場する架空の種族。


 なるほど、ここが異世界であるのならば、エルフという種族がいてもおかしくはない。


「おば……お姉さん、ネンドル王国の人ですか?」


「今おばさんって言いかけた?」


「いえ?」


「そう?」


「あっ、お名前を伺っても?」


「としえよ。あなたは?」


「私はネルフィといいます。それで、としえさんはネンドル王国から?」


 としえが元々目指していた、塔から一番近い国がそのネンドル王国なのだろうか。地名だけではよく分からない。


 としえがいた世界はこの世界の住人にとっての異世界。この世界における普遍的な知識はなく、分かっているのはこの世界を支配する魔王を倒すために、勇者として異世界から呼び出された、ということぐらいだ。しかも、それがとしえの知る全てである。


 勇者として呼び出された自分が一日で盗賊にさらわれてしまったなんて、タイザンたちが知ったらどう思うだろうか。


「私、実は――」


 ことのいきさつを説明しようとしたところで、階段を下りる足音が響いた。


「へっへ」


 二人組の男が地下に下りてきた。一人は先ほどとしえをさらった五人組の中にいたが、もう一人は知らない顔だ。としえをさらった男たち以外にも、このアジトには盗賊がいるようだ。


「おい、そっちとそっちの檻は奴隷商が買い取る分だから手ェ出すなよ」


「分かってるって。たしか今日新しいの捕まえてきたんだろ?」


「ああ、こっちの檻だ」


 男たちはとしえの檻の方へ近づいてくる。やがて檻の扉が開かれ、どすどすと無遠慮に男たちが入ってきた。


「おい、おまこれ、ババアじゃねぇか!」


「いやいや、これぐらいの方がちょうどいいんだって。乳もケツもでかいし、言うほど年イってるわけじゃないだろ?」


「いやいやいや、四十近いんじゃねぇか? 母ちゃんと同じぐらいはきついぜ」


「そうか?」


「これならこっちのエルフの方が――」


「おいバカやめろ、まだ魔力制御の首輪つけてないから死んじまうぞ」


「おっとっと、そうだったな。それと、そっちのババアってたしか魔女だったって聞いたぞ。魔法で年齢ごまかしてギリあの見た目ってこともあり得る」


「あー、それは考えてなかったわ」


「普通に若い女にすっか」


「だな」


 男たちはとしえたちの檻から出ていき、別の檻へ踏み入った。悲鳴と下衆な笑い声が地下に反響し、ややあって一人の若い女を担いだ男たちが牢から出てきた。


「いやぁ、お願いします。許してくださいぃ」


 悲痛な声が響くが、誰も彼女を助けるすべなど持っていない。


「安心しろ。立派な商品になれるように仕込んでやるからよ」


「へっへっへ」


「嫌ぁ!」


 あの女の子が何をされるのか、考えただけでとしえは不快な気持ちになる。男たちが階上に戻ると地下には陰鬱な静けさだけが残った。


「あの、あなた、魔女なんですか?」


 ネルフィが顔を寄せてささやく。真剣な表情だ。


「え、えぇ。盗賊たちには勝てなかったけど」


「でしたら、魔法でこの縄を切ってくれませんか? 炎魔法か斬撃魔法、使えませんか?」

 

「炎なら、フレミアが使えるけど」


「あっ、それはさすがに規模が大きすぎるんで、『フレア』を軽めにお願いしたいです」


「フレア?」


 としえが教わった魔法は、『フレミア』のみである。


「え? 使えないんですか?」


「私、フレミアしかできない」


 ネルフィは一瞬時が止まったかのように真顔のまま硬直したが、すぐに口を動かす。


「で、ではフレミアでいいのでお願いします。軽く、横から縄をかすめる程度で」


 ネルフィは腕を伸ばし、手首の縄を見せた。


 大丈夫だろうか。


 盗賊たちに向けて撃った時は小さな炎しか出なかったが、もしまた竜や魔物を焼き尽くした時のような巨大な火球が出てしまい、それをまともにぶつけてしまったら、この美少女エルフが焼け死んでしまうだろう。


 しかし、ここから脱出するためには拘束を解くほかなく、それはとしえにしかできないことだ。


 としえはネルフィの隣に移動し、彼女が伸ばした腕に対して斜めになるように立った。


「お願いします。エルフなので、一応魔法には耐性がありますから、多少のダメージは覚悟します」


「分かったわ」


 としえは深く息を吐き、集中する。そして小さな声で言った。


「フレミア!」


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