第7話 駿太郎さんの思い……隠された気持ち

「目の前のって……。あちらの雪女さんでしょうか?」

「違う」

「では猫又さんですか?」

「違うって」


 ドキリッ……。

 駿太郎さんは私の鼻に人差し指をつんっと弾くように触れました。


「柚結。……お前だよ。俺の好きな相手はお前だ」

「ふふっ、駿太郎さんったら。私のあたふた焦る姿が面白いからって。また冗談を言っていらっしゃるんですよね?」

「……」

「もぉー、その手にはのりませんからね。いつ何時なんどき、いつでも私が駿太郎さんのどきっとするような冗談には騙されません」

「どうして冗談だと思うんだ? 柚結、俺が真剣だったらどうすんの?」

「ええっと……あの……」


 あのっ! 駿太郎さんってば、また、私をからかってらっしゃるんですよね……?


「柚結、俺のほんとの気持ちをなんで信じない? こんな真っ昼間の畑で口説いているから? 妖怪の、鬼狐の花嫁になりたいなら俺でもいいじゃねえか」


 皆さんが畑で収穫する楽しそうな声や、五穀豊穣を祝う歌声がしています。


「俺はたしかに兄ちゃんにはかなわねえこといっぱいあるけど。……柚結。お前に兄ちゃんは片角かたつのをやった」

「はい、いただきました」

「どうせ兄ちゃんのことだ。角と妖力を分け与えるのには痛くねえとか言ったんだろ? あのなあ、めちゃくちゃ痛えからな。ささくれだって剥けたらあんなちょっとで痛えだろ。生え変わりの時期以外、俺たちはつのをぶつけたり欠けたりしたら普通に痛えし、不慮の事故で取れたら大激痛がはしるんだ」

「……そ……そんな。陽太さんはそんな痛い思いをしてまで私に……角と妖力を……」

「あと、お前んとこの家のやせた畑! あんな養分枯ようぶんかれっれの荒れた土地でどうして作物が育つってんだ! あのなあ、あれ、誰のお陰で豊作になったと思ってる? この際だから、も〜言っちまおう。柚結、兄ちゃんだかんな。兄ちゃんがやったの! お節介だって里のやつが反対したのに、ここの畑の強い作物を持って行って柚結んとこの畑に植えたりしたし。兄ちゃん、自分の妖気で土地を元気にしてやってたんだ」


 私はびっくりしてしまいました。

 駿太郎さんに教えていただいた真実の衝撃は大きくて……。

 驚きと自分が何も知らなかった無知さと、それから陽太さんの気遣いに涙が溢れてきてしまいました。


「な、泣くなよっ、ごめん。責めたわけじゃない。泣かしてえわけじゃねえんだ。ただ、兄ちゃんが陰ながらお前たち親子のこと手助けしてたってのを知って欲しかった」

「……陽太さんは。陽太さんはずっと私たち親子を気にかけてくれてたんですね」


 駿太郎さんは陽太さんがしてくれるみたいに、頭をなでなでしてくれました。


「泣かしてわるい。柚結、お前を泣かすつもりじゃなかったんだ。だけど何も知らずに呑気に笑ってる柚結を見てると、健気な兄ちゃんがどんだけお前たち親子のためを思ってさ、時間も妖力も注いだか知らせたくなっただけ」

「お母さんが言ったことは間違いじゃなかったんだ……。祠の神さまは……、陽太さんは私たち親子を助けてくれてた」

「そうだな。うちの畑のもん食ったらちったあ寿命も伸びるんだろうよ。人間界のとは桁外れに生命力が違う。お前もそんな痩せてねえでもっとたくさん食って元気になれ。ちんちくりんなんて言って悪かった。育ち盛りの時期に引き取られた家でろくに食わせてもらえてなかったんじゃしょうがねえよな。けどな、柚結。俺はお前を見てると無性にイライラすんだ。……俺が、――俺がお前を幸せにしてやりたくなる」


 えっ――?

 あのっ、それってどういうことでしょう?

 私は駿太郎さんのお兄さんの陽太さんの花嫁です。

 駿太郎さんは、私にとって義理の弟というものになっているわけなのですが。


「からかってらっしゃる……のですか? 駿太郎さん」

「ちげえ。あのさ、俺だって……。柚結が可愛いと思う。とくにさ、春乃や風葉やちっけえあやかしの子供をあやしてる姿なんて見てると、こうたまらく愛しいと言うか……」


 私はぽーっとなってしまいました。

 だってですね、いつもつんつんむすっと不機嫌にしているように見えていた駿太郎さんからそんな風に言っていただけるだなんて。


「ありがとうございますっ! 駿太郎さんも私にとって愛しい義弟おとうとです」

「ああっ!? 俺の言ってんのはそういう意味じゃなくってだなあ……」


 そこでぐいっと駿太郎さんの首に巻き付くようにたくましい腕が後ろから絡んで。駿太郎さんは後ろにのけぞるように、体勢を崩してしまいます。

 どなたでしょう……?


「はいっ、やめやめっ! 駿太郎〜! まったく俺の花嫁を口説くなんてどういう神経をしているのかなあ? お前、いい根性してるねぇ」


 そこには苦笑いしながら、ちょっと軽く怒った感じの顔の陽太さんがいらっしゃいました。


「に、兄ちゃんっ。戻るの早えな」

「陽太さん」

「柚結さんも駿太郎の告白には応じないでくださいね。それに角のことや畑のこと。柚結さんによけいなことを言わないでほしかったな。勝手に俺がやったことだから。……俺は俺のしたことで柚結さんに負担に思われたくないんだ」


 私は衝動的に駆け寄って駿太郎さんごと陽太さんを抱きしめてしまいました。


「あっ、柚結さん!?」

「ちょっ、ちょっと柚結! お、お前抱きしめるなっ! やめろ、恥ずかしいって」


 陽太さんは嬉しそうで駿太郎さんは恥ずかしげに叫ぶなか、私はかまわずぎゅっとさらに抱きしめました。


「お二人とも大好きですっ!」

「柚結さんっ」

「……柚結」


 抱きしめたかった。

 すごく嬉しかったのです。

 胸があったかくてあったかくて。


「ああーっ! 柚結ちゃまとお兄ちゃまたちがおしくらまんじゅうしてますう!」

「ずるいです。ずるいです。ボクも入れて〜!」


 春乃ちゃんと風葉くんが駆け寄って来て、私たちにぎゅっとつかまるようにしてきました。

 それからなちっちゃなあやかしたちもぞくぞくと集まってきて、いつの間にかおしくらまんじゅうをすることになりました。

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