第6話 五穀豊穣の九尾の力〜畑でわいわい、楽しい春の収穫〜

 畑でわいわい、楽しい春の収穫です。


 なんだか実った作物が私たちに、今か今かとわくわくしながら収穫されたがってるみたい。


 陽太さんたちは九尾という狐妖怪の流れも汲む鬼狐神族なので、五穀豊穣に必要な力も持っていらっしゃるみたいなんです。


 畑には春夏秋冬たくさんの作物が成って、いつでも大豊作なんだそうですよ。

 なんて素晴らしい妖力なんでしょうか。

 陽太さんが『この妖力だけはありがたいなと思っています。誰も飢えずにすむから嬉しい』とおっしゃいました。

 なんて、なんてお優しいのでしょうか。

 そんなかたが私の旦那さまだなんて誇らしいですし、すごく尊敬してしまいますぅ。


 収穫のたびにお野菜や果物はたくさん採れたら村里のみんなで公平に分け合うんですって。

 それから収穫した作物でお料理を作って、みんなで豊饒祭を行ったりするらしいのです。

 すべての村民が参加するようにと、陽太さんはあぶれちゃう者や孤独な者が出ないよう、気を配ってらっしゃるそう。

 

 うふふ、あー、もう素敵ですね、陽太さん……。わ、私の旦那さまは……。


  ♡♡♡


 太陽のまばゆい光を受け大自然の恩恵の元、妖怪の里の陽太さんの家に住むみんなで畑仕事にいそしみます。

 集まった妖怪さんたち、どの顔も張り切った顔つきで。


 春乃ちゃんや風葉くんも小さい体で一生懸命お手伝いをしています。

 私や陽太さんにちょこちょこついてくる二人や、小さな妖怪さんたちの可愛らしいこと。

 私や陽太さんは、自然と笑顔がこぼれ。

 温かい気持ちです。……ほっこりとしますね。


 

 お野菜や果物のお世話は、畑を耕す土作りから潤す水を運んだり、肥料などの栄養をあげて雑草を刈って……たくさんお仕事がありますよ。


「日差しがとっても暖かいですね、陽太さん」

「ええ。気持ちが良いですね」


 陽太さんたちが耕してお世話してきた大きな畑には春を待ちに待っただろうお野菜たちがたーくさん。

 私も微力ながらお手伝いをさせていただくことに。


 畑での土いじりは大好きです。

 母と二人、収穫が待ち遠しかった。

 不思議とやせた土地ながら、豊作になることも多く。手塩にかけただけ、実りとして努力がかえってくるのがとても嬉しかったです。

 茶屋を続けることが出来たのは、お客様にお出しするお菓子やお料理に使うための畑の野菜たちがたくさん採れたおかげでもありました。


「うん、今年の春も野菜の出来栄えは上々だな。……良かった。山からの豊富な栄養を含んだ雪解け水と、なにより皆の努力の賜物たまものだ」

「大事に丁寧に収穫しなくちゃなりませんね」

「ええ。採れたて野菜を柚結さんにたくさん食べてもらいたいな」

「嬉しいです。ありがとうございます、陽太さん」


 たけのこ、小松菜に野苺に浅葱あさつき春菊……などなど。

 畑のそばの小川沿いには土筆つくしふきとうやたらの芽……、しゃきっと伸びた黄色い花の菜の花と寄り添うように生えていて、まるで背くらべをしているみたい。


「畑仕事、ちんちくりんは張り切りすぎて倒れんなよ」

「こら、駿太郎。柚結さんを『ちんちくりん』とか呼ぶな。柚結さんとか柚結ちゃんと名前で呼びなさいって言っただろ?」

「あのっ、大丈夫です、私。ちんちくりんでも……。皆さん、好きなように私の名前を呼んでください」

「だ・め・でーす。素敵な名前はそれだけで清浄な加護を生むものです。真名まなはあなたを守る言霊ことだまでもあるんですよ」

「そうなんですね」


 私は母と父がつけてくれた自分の名前が大好きです。

 それから、陽太さんや妖怪の里の皆さんがにっこりと微笑みながら呼んでくださるので、もっと好きになりました。


「……分かったよ、分かった。……えっと。……柚結」

「えっ、ああ、はいっ、駿太郎さん」

「……駿太郎。敬称を略したな」

「良いだろ? 名前で呼ぶんだからさ」

「ふーっ。まあ、一歩前進というところかな。駿太郎、はいよく出来ました」


 陽太さんが駿太郎さんの頭をポンポンとして撫でると、駿太郎さんは顔をカアッと赤らめました。

 ふふっ、照れてる。


「もうっ、兄ちゃん! 俺はそんなに子供じゃない〜!」

「照れちゃって。可愛いなあ、駿太郎。うんうん、俺の兄妹はみんな可愛いぞ」


 陽太さんと駿太郎さん。仲良しなんですね、本当に。

 お二人を見ている私まで、とってもほわわ〜っと幸せな気持ちになります。


「陽太兄ー! 荷車一緒に運んでよ〜」


 荷車に採れたお野菜をたくさん積み上げた山が出来上がっています。

 そこにいた猫またちゃんたちと座敷童ちゃんたちが、陽太さんを呼んでいます。


「ちょっと行ってきますね? 柚結さん。駿太郎、柚結さんに意地悪するなよ」

「するかって」

「柚結さんをからかうなよ」

「しねえよ」

「柚結さんに失礼なこと言って泣かすなよ」

「あー、もうっ! 柚結のことは見ててやるから。兄ちゃんは心配しすぎなんだよ。あんまりにも過保護で溺愛がすぎるとせっかく来てくれた可愛い花嫁の柚結にウザったがられるからな。あーっ、もう兄ちゃんは行った行った」


 駿太郎さんがなかば強引気味に陽太さんの背中を押す。

 後ろを振り返りながら、陽太さんは捨てられた子犬みたいな顔で、私を見つめています。


「ええーっ、柚結さんが俺をうざがるだなんてあり得ませんよね?」

「は、はい。……そんな恐れ多いです。素敵な旦那さまの陽太さんを私、うざったがるとか煙たく思うとかだなんてあり得ませんっ」

「もう良いからっ! まったく。兄ちゃんあのさあ、いちゃつくのは畑の今日の収穫ぶんを採り終えてからにしてくれ」

「ああ、仕方ない。柚結さん、駿太郎と無理して気をつかっておしゃべりとかしなくっていいですからね」

「うふふっ。……はーい」


 ふと視線に気づいて、横を見上げると、駿太郎さんが照れたような朱に染まった顔でこちらを見ていました。


「見てるこっちが恥ずかしい。……あんな女にデレデレの兄ちゃん、初めて見た」

「えっ? そうなんですか? 陽太さんって皆さんにお優しいのに……」

「柚結だけみてえだぞ。あんな締まりの無い顔、女に向かってしてんのなんて。……あーあ、兄ちゃんってば鬼狐神族の当主のくせに情けねえな、まったく……。威厳の欠片もねぇや。ただでさえ、千年生きたような妖怪爺さんたちには『赤子のような若当主』って下に見てくる輩もいるのに。あーあ、嫁に腑抜けになっちまったのは柚結のせいだ。お前、可愛いが過ぎるぞ。……兄ちゃん、あんな様子だと他の妖怪族になめられっぞ」

「……私にだけ」

「ああ、そこの嬉しそうな柚結。お前もデレデレすんな。幸せそうな顔しやがって。……ったくよぉ。……俺の気も知らないで」

「えっ? なんかおっしゃいましたか? 駿太郎さん?」

「なんも。はいはい、俺は畑の雑草やら砂利やらとるんで。あー、忙しい忙しい」


 駿太郎さんはしゃがんで小さい鎌で雑草を取り始めました。

 私もならって、雑草取りに専念いたします。


「……なあ? 柚結。……それよかあんたさ、一応兄ちゃんのことが好きなんだな」

「ええっ! 当たり前じゃないですか。好きでもないかたにそんな……。嫌いなかたのお嫁さんにはなりません。……陽太さんって太陽みたいに暖かくって。それに優しくってどこか凛としてらっしゃる。……私ね。素敵な陽太さんのことが私は大好きです」

「はあー、もう婚姻早々に惚気のろけかよ。柚結さ、……でもよ、外の世界。人間世界は無理矢理な命令の契りや自分の娘を政略や政治の駒扱いにする、金のために身売り同然にって、……そういう婚姻も多いんだろう?」


 硬く凝り固まった土壌にあたったのかクワに持ちかえ、駿太郎さんは雑草ごと土を耕し始めます。


「そうですね。意にそぐわぬ結婚も多いんでしょう。……だからこそ人は、とくに父親や家長とかから言われたらその命令に逆らえない娘たちは、夢を見るのだと思います」

「夢――か。……そうだな」

「いつか、女子でも自分で自分の人生を選び取れる世界に。好きな人と障害なしで娘の身でも結婚が望める世になるといいですねえ」

「柚結、あんたには兄ちゃんがいる」

「はいっ。私は幸せものですよ。……駿太郎さんにも素敵な花嫁さまが来られるといいですね」

「俺だって好きになれるやつがいい。……いや、好きになった女がいい。そばに置くなら……」


 じいっと私を見ています。クワで耕す手を止めた駿太郎さんが、真剣な顔つきです。


「……? いらっしゃるんですか? 駿太郎さんの胸を焦がす。そんなかたが」

「ああ。今、俺の目の前に――」


 えっ?

 あの……?

 駿太郎さんの目の前にって?

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