第3話 「はい、あーん」「あーん」甘々な二人
ここは妖怪の里。
鬼狐神族の陽太さんが家長の館です。
私を花嫁にと陽太さんに迎えていただいて、えーっとですね〜、一ヵ月ほど経ちましたでしょうか。
私はすっかり妖怪の里の皆さんとも打ち解けてまいりました。
私がこちらに身を寄せてから、夜は寝所にお布団をみっつ並べて、休ませていただいております。
えぇっと……。よ、陽太さんとは
陽太さんの幼い兄弟で、妹の春乃ちゃんと末弟の風葉くんと私は寝ております。
甘えん坊なお二人はとても可愛らしくって。
春乃ちゃんと風葉くんとは仲良しになりました。とても嬉しいです。
私の寝てるお布団に二人が潜り込んでらっしゃって、きゅうっと抱きついてきたり。
もぉー、愛らしくって愛らしくって。
可愛さにキュンキュンして、たまりませ〜ん。
身悶えしてしまいます。
気づけば一組のお布団に三人で寝てます。
今日は朝から暖かい春の日差しが柔らかく、とても気持ちの良い陽気でございます。
わたしは陽太さんと、みんなで食べるおやつを準備していまーす。
さくさくの甘いお菓子の作り方を陽太さんに教わって、変わった竈門で焼いてみました。
どうやら南蛮渡来のお菓子みたいなのです。わたしは見たことも聞いたこともないものでした。
コロコロとした小さな焼き菓子です。
手の上に乗るちっちゃなサイズで、形も雪だるまやきつねや花の形など、すごく可愛いらしいですよ。
「柚結さん、この菓子はね、昔迷い込んだ渡来人に里の者が教わったんだー。
「そうなんですね。とっても美味しそうな香ばしい香りがしてます。初めて見ました」
「ふふふっ。お菓子って人を笑顔にさせるね? 柚結さん、今とっても可愛らしい笑顔だよ。いつも素敵だけど」
「ふえっ……」
きゃーっ、陽太さんってば。
甘い、甘い言葉……。
焼き菓子が焼ける香ばしく甘い香りより、……甘いです。
とっ、とっても嬉しいのですが。
陽太さんはさらっと褒めたり甘い言葉を囁いてくるので、わたしはぼっと顔が熱くなります。
「食べてみる? ねっ? 柚結さん、ほら味見だよ」
無邪気に笑いながら、陽太さんはひとつ
私は、両手で受け取ろうとしたのですが……。
「はい、唯結さん。あーん」
「陽太さんっ!? えっと……、あーん?」
陽太さんは自然な仕草で私の口元に持ってくるので、ああ、きっと、春乃ちゃんや風葉くんにふだんからやって差し上げてるから、なにも深く意味など考えてらっしゃらないのだなと思いました。
意味深にとらえたわたし、かえって恥ずかしいですっ!
「ほら。口、あけて。あーん」
「はっ、……はい。あーん」
陽太さんは私の口に、ぽいっと焼き菓子を入れてくださいました。
かすかに唇に、陽太さんの指先が当たってしまい、私はどきっとしてしまいました。
でも陽太さんはとくに気にした様子もなくって。
私だけ、陽太さんに無駄にどきどきさせられてしまいます。
ぱくりっと陽太さんも口にまるぼうろを放り込みました。
二人で同時に咀嚼すると、さくさくっと音が台所に響きました。
「美味しい! さくさくっとしていて、甘くって。陽太さん、まるぼうろってとっても美味しいです!」
ふふっと、陽太さんは瞳を細めて優しげに微笑んで。
……私の頭をぽんぽんと撫でてくれました。
「陽太さん」
「ああーっ、ごめんなさい。つい、春乃や風葉にするみたいにしてしまったあっ」
「……嬉しかったです。母を思い出しました」
「そうですか……。柚結さんが喜んでくれるならいくらでも。いつでも言ってくれたら撫でますよ?」
「えっと……。自分からおねだりするのはちょっと恥ずかしいのです。旦那さまのほうがしてくれたら……嫁としても甘えやすいです」
「うはあっ! ちょっと柚結さん、可愛すぎでしょう! 破壊力がすごすぎて……」
私はすっぽり陽太さんの腕の中におさまっていました。
「どこまでなら許されますか? 俺が抱きしめてもイヤじゃない?」
「ちっとも嫌じゃありません。陽太さんがしてくれると、……素直に嬉しいです。まるで母に抱かれてるみたいに……あったかい」
「ふふっ……、そうですか。それは俺も嬉しいです。俺は柚結さんの伴侶なので。……まあ、仮り初めですが、いくらでも甘えてくださいね。遠慮はなしですよ?」
「仮り初め……そうですよね。……私、……ここにずっといたい」
「いてください。いつまでも。……あなたがいたいだけ、ここにいるといい。俺のそばにいて?」
私は陽太さんの胸にしばらく抱かれていました。
このまま、ずっと。
陽太さんに抱かれて、抱きしめあったままでいたいのです。
不安も、これまでの辛い日々や、母を失った悲しみも、陽太さんのあたたかさに溶けて失くなっていくようでした。
陽太さんは優しい声音で、私を抱きしめてくださったまま、お話をしてくださいます。
離れなくていいかと思うと、私はこのまま眠ってしまいそうなぐらい、心地よさに身を委ねてしまいます。
「この焼き菓子、今回ははちみつとそば粉を使ってみましたけど。もち米を乾燥させた白玉粉なるものと黒砂糖でやっても良いかもね。うちの母上は小麦粉でも良いとか言ってたかな」
「陽太さんはお菓子作りをお母上さまに教わったんですね」
「ええ、母上は新しい料理を作るのが楽しかったみたいですよ。誰も見たことがないお菓子を作っては俺たちや里の者を驚かせていました」
「素敵ですね、陽太さんのお母上さまって。……きっとお茶目なかたなんですね」
「ええ。俺の前に長だった父上が厳格だったからよけい、母上はみんなに優しかったです」
「そうだ! 陽太さん、上新粉でも作れますか? 私、求肥とかは作ったことがあるのですが。……同じ材料でも作り方次第で食感が変わったり、見た目のまったく違うお菓子が出来あがるのですね」
「上新粉でも作れると思います。そうですね、同じ材料でも料理次第で変わりますね。作り手が違ったら出来栄えも変わるし。……ふふっ。俺、柚結さんとこんなに菓子作りで話が盛り上がって嬉しいです。……好きなんだ」
「えっ? ……陽太さん?」
抱きしめてくれてた陽太さんはわたしをすっと離して、微笑んでじっと見つめてきてます。
どきどきどき……。
「陽太さん『好きなんだ』って……?」
「好きなんだ」
はわわわっ。好きって……?
陽太さんの瞳、揺れている。
「柚結さんはお好きなんですね。……お菓子作りが」
「あっ? ええっ、好きです。料理やお菓子作りをしていると、教えてくれた母を思い出してあったかい気持ちになります。それに……私の作ったご飯を食べて喜んでくれる皆さまに、もっと美味しいものをこしらえて喜んでもらいたくって……」
びっくりしましたーっ!
だって「好きなんだ」なんて言われて、恥ずかしい早とちりを……。
陽太さんがてっきり愛の告白をしてくださっただなんて、誤解してしまいました。
なんて思い上がりでしょうか……。
「柚結さん。ふふっ、……どうして顔を隠してしまうんです?」
「いえ……、別に意味はありません」
「本当に? だったらその可愛い顔を隠すなんてせずに、俺に見せてください」
か、可愛い顔っ?
陽太さんはほんと、罪なお方です。
さらっと可愛いとか言ってくださいます。そして、私を翻弄してしまうのです。
「私、ちょっと恥ずかしい勘違いをしてしまいまして……」
「勘違いですか? ――ねえ、どんな?」
陽太さんの顔がぐっと近づいてきて、耳元に甘くいたずらな声がする。
わたしにはしっかりと見えています。陽太さんの尻尾がふりふりと楽しげに揺れている。
「からかってらっしゃいますか? もしかして、私のこと……!」
「俺、からかってなんかいませんよ。あれ? からかってるのかな? ごめんなさい。なんかすっごく柚結さんが可愛くって、つい」
すっと私の頬に陽太さんの手が伸びてきて、……触れて。
「こうしてやっと俺はあなたに触れることが出来て。ああ、夢みたいだ」
「ゆめ、ですか? ……それに『やっと』っておっしゃいましたか?」
「はい、言いました。この際だから白状します。俺、柚結さんとはずっと昔に会っているんだ」
えっ!?
はい?
それって、陽太さん。
ど、ど、どうゆうことでしょう!?
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