第14話 久しぶりの対面
雨脚が徐々に強くなってきたのか、窓に打ちつけるような音が邸の中に響きだした。少し冷えだしたため、暖炉に火が入れられる。ぱちぱちと薪の燃える音が客間に響く。オダン公爵夫妻がサラを真ん中にして横並びに座り、その対面にレオン、エミリア、エドモンが座った。
ぴりっと張り詰めた空気の中だが、公爵邸の使用人は少しも動揺することなく、六人にお茶を出す。ウォールド王国一行が連れて来た騎士や召使いらは別の部屋で待機をしている。
「久しぶりだな、サラ。元気にしていたか?」
ふふんと鼻で笑いながら、レオンが言葉を発した。
「お久しぶりです、レオン様。お父様もお元気そうでなによりです」
「いつもお前のことを想っていたよ。元気そうでよかった」
エドモンは本当に会いたかったとでも言いたげな瞳でサラを見つめた。それはまるで、娘を勘当したことさえ忘れているようだ。曲がりなりにも血の繋がった父親である。サラは落胆した。父に期待するそれとは違ったからだ。
(ああ。やはり、私はお父様にとって権力を掌握する駒でしかないのね。ウォールド王国に戻ったとしても幸せになることはできないわ)
「それで今日はどうされたのですか?隣国の王太子が直々にこちらへと来られるなど、よほどのことでありましょう」
話を振ったのはブリスであった。
「サラを迎えに来たのだ」
「ほう。サラ嬢は国外追放の刑をお受けになられている身であるはずですが」
「それを国王陛下が許したのだ。だからもう、サラがシルク王国に居る理由はない。一緒にウォールド王国へ帰ろう」
満面の笑みを浮かべるレオンの右腕には、エミリアが蛇のように絡みついている。くねくねと腰を動かしながら、今にも噛みつきそうな勢いでサラを睨みつけている。
(はあ。よくも同行してこられたわね。こういうのを面の皮が厚いというのかしら。まったくレオン様はこんな女のどこがいいのかしら)
「国王陛下もレオン殿下もサラのことをお許しになったのだ。寛大な方々だ。さあ、サラ。私たちと一緒に帰ろう」
「そうだ。サラを私の妻として迎えよう。国王陛下も賛成してくださっている。サラが王太子妃になるのだ」
「まあ。サラが王太子妃に!?」
アメリーが大袈裟に驚いてみせた。レオンの顔には「なんだこの夫人は」という文字が分かりやすく書いてあった。しかし他国の公爵夫人を無碍にすることはできないらしく「そうだ。良い話だろ」と同調を促した。
「それじゃあ王太子殿下の腕にまとわりつかれているそちらの御方は一体何者で?」
アメリーの質問は至極当然である。サラのことを物凄い形相で睨みつける女がレオンの右腕に絡みついているというのに、求婚をするのは甚だ滑稽である。
「こちらはエミリア伯爵令嬢だ。私の愛する者である。サラと結婚した後に、彼女を側妃として迎えることになっている。元々、サラは彼女への悪行で国外追放となったのだ。その彼女がサラを許すと申し出てくれた。だから国王陛下も私もサラを許すことにしたのだ」
「本当にエミリア嬢は懐の広い御方だ」
エドモンが同調する。
(エミリア嬢に手を焼いているの間違いでしょ)
笑顔の仮面を貼り付けて、ただサラは話を聞いていた。自国の恥を晒し続ける三人に頭が痛かったが、ブリスとアメリーの前で繕う必要もないだろうとも思っていた。
「残念ながら、サラをウォールド王国へと帰すことはできません」
混沌とした対面の中、きっぱりと言い切ったのはブリスであった。彼の発言にウォールド王国一行は少しの動揺をみせる。まさか断られるなど微塵も思っていなかったらしい。
「なぜだ?罪が許されるのだぞ。サラが帰ってこないと我が国は王太子妃不在となるのだ」
「そうだ。王妃になる未来も約束されているんだぞ」
「貴女に帰ってきてもらわなきゃ私が側妃になれないじゃない」
三人は口々にそれぞれの思惑を発した。それにブリスは呆れかえる。
(誰もサラの幸せを願う者がおらんとは。ウォールド王国はどうなっているのだ)
「サラはこちらの国で公爵令嬢となる手続きを踏んでいるところです」
「公爵令嬢!?」
エドモンが声を弾ませた。
「ええ。私の養女になっていただきたく申し出たところ、快く受け入れていただきました。なので、サラをウォールド王国に帰すわけにはいきません」
ブリスはゆっくりとサラに視線を向けた。ぱちんとウインクを受ける。それにサラはほっとした。メアリーもサラの膝の上にある手を握った。それはまるで「私たちがついているから大丈夫」と言ってくれているようだった。
「手続きを踏んでいるということは、まだその手続きは終了していないということだな?」
ところがレオンは痛いところを突いてきた。ジャックが帰ってきていない今、養女になることはまだ確定していない。
「終了はしておりませんが、もう今にも許可が降りるところです」
「しかし、まだサラはそなたの養女ではないのだな?」
「だからといって。はいどうぞと帰しません」
じりじりとブリスとレオンが睨み合う。それをよそにエドモンは皮算用をしていた。自国に連れ戻すことと、シルク王国で公爵令嬢にすることはどちらが自身の得になるか天秤にかけているのだ。
「そんなこと言われても困るわ。サラ嬢に戻ってきてもらわないと、私たちが結婚できないじゃない。ねえ、レオン様」
「えっ。あ、ああ。そうだな」
「私が戻らないと結婚できないとは……?」
「いや、その。国王陛下からの条件でな」
サラは大きく溜息をついた。
(私を王太子妃に据えることで、エミリア嬢を側妃に迎えることを許されたのね。きっと)
エミリアを一瞥する。軽蔑の眼で見つめると彼女はそれに気が付いたのか、かっと目を見開いた。よく整った顔が鬼のような形相を貼り付けている。美人なだけあってその迫力は凄まじい。
「なによ!貴女がこちらに戻ってくればすべて丸く収まるじゃないの!ああ、もう私たちがわざわざ迎えに来てやっているというのに、本当に嫌な女ね!ねえ、レオン様。この女、ひどく性格が悪いと思わない?」
アメリーのこめかみに青筋が立った。それに気づいたサラは、アメリーの手を握り返す。そしてアメリーを見つめると、ゆっくりと首を横に振った。
(サラがこんなに不憫な思いをしていたなんて……。やっぱりウォールド王国へと帰すわけにはいかないわね。ああ、ジャックが早く帰ってきてくれたらいいのに)
アメリーが窓の外へと視線を移すと、すっかり日は暮れており雨が降りしきっている。こんな中で馬を飛ばして帰って来られるはずがない。薄い望みにがっくりと肩を落とした。
「まあ、いい。今日はもう帰るのは難しいからな。公爵、私たちの部屋を用意してもらえるか?」
「……そうですね。とりあえず今夜はお休みください」
ブリスに指示されて、使用人が三人を案内する。客間にはサラとブリス、アメリーが残された。
「サラ……」
アメリーがサラを抱きしめる。サラもアメリーを抱きかかえた。
「絶対にサラを帰すことなんてしないわ。あんなやつらの元になんて」
「アメリー様……」
「あら」
「え?」
「アメリー様なんてやめてよ。これまで通りでいいわ。ねえ、あなた?」
「ああ。今まで通りにしてくれ」
「でも……」
(二人が公爵夫妻だと分かった今、そんな失礼なことできないわ)
眉毛をハの字に下げるサラにアメリーは言った。
「大丈夫。これまで通りでも問題ないようになるから。だから気にしなくていいのよ」
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