第5話 義妹の秘密を、知ってしまう
翌日の月曜日。恵美さんと週末に出かけた海遊館とベイエリアの高層ビルで色々あったことがまだ脳裏を過ぎる中、俺は恵美さんの少し後に登校した。
今日は中間テストの結果発表日。成績上位者五〇名は学年掲示板に掲示される。今まで俺なんかはこの掲示板には無縁だった。恵美さんは毎回上位三位を常にキープしている。恵美さんは一学期の中間、期末は前者が三位と後者が首席。恵美さんが妹になった事で益々この掲示板を見るのが辛い。
午後八時前。学年掲示板にはある程度の人だかりが出来ている。教師が大きな紙を持って来た。一学年が大体二百人程度だから上位二十五パーセントまでが貼出される。
俺には無縁だろうと思った。だって一学期の順位もパッとはしなかった。流石にここは進学校。中学の時の学年トップ層の上澄みが進学してくる。今回も恵美さんがトップクラスなのは間違いない。
教師は横長の紙を貼出す。右から左に丸まった紙を貼りだしていく。
その瞬間、生徒達はざわめいた。俺なんかどうせ無縁な数字。意味ない。五〇番、四〇番、そして三〇番。俺の番号なんかあるわけない。多少手応えがあった程度だ。でも自分の立ち位置は向き合わなくてはならない。これ以上見るのは辛い。周りは益々ざわめいている。すると、
『二十一位 桜宮和人』
の名前が貼出してあった。
俺は一瞬、目を疑った。何で俺の順位がこんなに上だろうと。そんなに勉強したつもりはない。こんな順位など嘘だろうと。更に貼出される順位上位になっていく。
一〇番、そして七番、すると、
『六番 都島恵美』
貼出された紙にはその数字が書き出されていた。恵美さんは終に五位以下にまで落ちてしまった。俺は複雑な気持ちだ。
首席は俺のクラスの本庄夢子。恵美さんのクラスの友達で何時も一緒に行動する人。俺のクラス少なくとも俺含めて一〇人程度は上位二十五パーセントだぞ。マジで複雑な気持ちになる。
その俺の目線の右には恵美さんがいた。何か不安な表情。首席合格のプライドが崩れると言うのは恐ろしいだろう。俺には分からない。
「恵美、惜しかったね。ドンマイドンマイ」
横で赤川さんの励まし声が聞こえた。
「別に私、何でもないわ」
恵美さんが誤魔化し笑いで表情を覆い隠す。
「私なんて絶対百番以下。こんな順位見せたら私なんて家入れてもらえないかも」
「別に、私気にしてないし」
「まさか、あの人に追いついたのかも?」
俺の名前を出さずに遠回しに笑い声で言う。何処まで嫌みなのか。
「いいや、私多分数学でミスったかもしれない。それより、夢子が終に首席か。私の友達が首席なんて私凄い誇りに思うよ」
「恵美は何処までもやせ我慢過ぎるよ。そこまでいい人だなんて、仏様みたい」
俺でも恵美さんが何か悔しくて、抑えられない気持ちを抑えながら友達の首席を心から喜んであげている。普通の精神ではなかなか出来ない。
「夢子、首席だね。私終にその座を受け渡すことになった。凄いよ!」
「恵美。落ち込んでいるのは分かるよ。でも気にしないで、恵美も凄いから」
「そんな事言ったら私なんかどうなる。恵美に夢子と、皆優等生ばっかりの凄い友達に囲まれたよ」
恵美さんの周りには複数の友達の輪が出来ている。こういう時でも恵美さんには多くの友達に囲まれ益々クラスの輪に溶け込む。そして自分自身の悔しさを押し殺し、自分よりも友達。あの表情だけは俺は複雑で本人の何か得体の知れない闇があるかも知れないと確信した。
「おお、桜宮。お前凄いな!」
蒲生が後ろから俺に声をかける。
「お前、どんな気勉強したらあんな順位取れるのだよ。絶対何かあるって」
「何もないよ。蒲生は五十番以内陥落か」
「そうだよ。今回俺陥落。一学期は四〇から五〇位に入っていたのに。お前に抜かされてしまったわ」
「とにかく今回は俺のカンが当たっただけ。全然気にしてないから」
「何か怪しいな。お前全然勉強しているように見えないし。もしかして、今回も首席クラスの本庄さんとか都島さんを意識したとか」
ニヤける蒲生。本当は図星だがこの場ではそんなことは言えない。
「俺は、あのグループの女子など興味無い。俺とは場違いのリア充の中のリア充、俺みたいな日陰男子など相手にもしてもらえない。それよりも早く教室に行こう」
腑に落ちないまま、俺たちは何時ものように教室に向かった。
早くも放課後。今日は複数の教科の答案が返却された。国語や英語こそ成績は伸びていたがそれでも平均点よりやや上程度。それを補うかのように数学が満点近かった。今回の数学の範囲は三角比と三角関数の一部。高校数学の代表格。俺は恵美さんに張り切って教えた。逆に恵美さんは国語や英語が出来たはず。そんなテストの得意不得意を思い浮かべながら何時ものように帰宅した。
家に帰宅すると、恵美さんが今日も春子さんと一緒に夕食の準備をしていた。今日も恵美さんは野菜に包丁を入れ、不器用ながらに野菜を纏める。
「あら、和人君、お帰り」
「今日も練習だね。何か張り切っているな」
「ううん、そりゃあ和人君ばかりに頼り切ったらダメだと思って」
恵美さんの笑顔で物を言う。この笑顔が不気味に感じる。これまで家で見せなかった表情。家に明るさは戻ったが、今日の恵美さんの表情は何かおかしい物を感じる。あまりにもいい子ちゃんに見える。絶対今日のテストの結果は悔しいはず。なのに、学校でも家でも誰にでも気遣う表情。
「そう言えば和人君、昨日恵美と色々楽しんで来たらしいね。初めての兄妹の二人のお出かけ、結構刺激的だったでしょう」
春子さんも何か気合い入っている。
「お母さん、そういうこと言わない。私、和人君に親切にしてもらっているし、昨日だって色々私が見られなかった、行きたかった物をいっぱい見て楽しんだ。ね、和人君」
「ま、まあね」
「それに、和人君には私の知らないところへ色々連れてって欲しいと考えているから。来週も少ししたお出かけをしてみたい」
唐突だ。あれだけ俺と行動するのをためらっていたのに。本当に今日の恵美さん、何か嫌なことでもあったのか?
「まあ、良いけど。今度は何処に行きたい?」
「じゃあ、ここから近い生駒山とかどう?」
生駒山。俺はあの山に登りたくない。お母さんのことを思い出す。それに今はもう義母と義妹に囲まれている。過去に戻るトラウマを思い浮かばせる。
俺は一瞬、ためらった。
「実は、俺、生駒山はちょっと、慣れてない。ゴメン。別の所でも、良いかな・・・・・・」
俺の声は徐々に小さくなる。自信ない。あそこは恵美さんを悲しませてしまう。
「私、行ってみたい。あの風景からみた生駒山は絶景だった。それにいつかは登ってみたいし、ここから至近距離の所とかだから益々興味が湧く」
「どうしても、ゴメン・・・・・・恵美をあそこに連れて行くことは出来ない」
俺は、逃げるように、恵美さんに突き放した弱い声を発する。
「どうしても?」
「ダメだ」
何か生駒山にこだわる。何でそんなに行きたがるのか?
「何か嫌なことでもあったの?」
理由なんか話せるわけがない。本心言ってしまったら恵美も春子さんも悲しませることになる。折角歯車が動き出した、だからこそ悲しませてはダメだ。
「だから、生駒山は近すぎて行く気がしない。どうしても山に行きたいなら自己紹介の時に言っていた箕面山とかどう? 六甲山とかもでもいいぞ。関西には近傍で山多いから他にした方が良いと思う」
恵美さんはまだそれでも腑に落ちない。その時だった。
「こら恵美、和人君にしつこくワガママ言っちゃダメでしょ。和人君にも事情はあるから。ここは和人君の言うとおりにしておきなさい」
春子さんが取り持ってくれる。何とか助かった。
でも、春子さんが阻止に入ると言うことは、もしかして事情を知っている可能性が。父さんと知り合って数ヶ月交際している。それだけ時間が経てばいずれそのことを知らないはずがない。
「分かった和人君。他の所にするわ。他に私の行きたい所を考えてみるからそれでね」
何とか助かった。あのトラウマは避けられる。
「それに、和人君」
「まだ何かあるのか?」
「学年の成績、二十一位おめでとう! 和人君凄く頑張っていたね!」
恵美さんは、さっき校内で優等生の本庄さんと同じように俺に対してもねぎらう。
「和人君、二十一位って、結構凄いね。感心するわ。もしかして、恵美に追いつきそうかも知れないね、負けられないね」
それに続き春子さんも後押し。
「まあ、恵美さんと勉強していたから、何とか出来ただけです。数学と理科が良かっただけで後はパッとしないです」
「数学、結構皆出来てないそうだったよ。三角関数とかで皆つまずいたみたいだから。私の友達はほとんど全滅。和人君ぐらいだよ。私数学なら和人君に絶対負けている」
「恵美さんこそ毎回順位一桁だし」
「私は六位。数学でつまずいたから順位が悪くなったわ。でも気にしない気にしない」
「恵美も気持ち楽になれたのね。あの父さんはそんな成績なら逆鱗に触れていたけど、もうあんな環境じゃないからそんなに無理して上位なんて狙わなくて良いのよ。それよりも何か好きなこと見つけた方が良いと思うわ」
優しいな。春子さんは。そんなに前の家庭はスパルタだったのだろう。
「手が止まってしまった。お母さん、夕食の準備の続きしましょう。私も負けてられない」
媚びを売るほど俺のことを持ち上げる恵美さん。俺は二階に上がり二人の夕食の準備の邪魔をしないように静かに自分の部屋に戻った。
今日の夕食。恵美さんの味噌の入れ方も野菜の切り方も少しは良くなったみたい。形も悪くない。炒め物の味も少しはマシになった。春子さんの前で努力しているのが見て取れるような味だった。それでも恵美さんは中間テストの話しばかり。俺の数学の点数とか、高校になって勉強が難しくなったとかそんな話が多い。
「和人、お前の成績が上がったのは良い事だ。少しは恵美ちゃんの成績を見習ってお前も勉強する気になったようだな。やっぱりお前にも同い年の妹は必要だったと言う事がよくわかった」
「和人君、先日恵美と一緒に出掛けてまた来週も出掛けたいと言ってくれた。益々二人は仲良くやってくれてそうで私達も安心したわ」
「そうだな、俺たちもそれが一番安心だ」
何とか両親は安心させることが出来た。今日の俺と恵美さんは目標を成し遂げることが出来たと思っている。
掲示板の前で複雑な表情をして、同級生や俺に対し笑顔を振りまき、家の用事も自分から進めようとする。この気味の悪さが分からない。産みの親の春子さんが見ても異質だ。
俺は夕食後、風呂に入りそのことばかりを考えていた。
どうして恵美さんは異常なほど素直なのか。今日の俺への態度なんてまるで別人みたいだったし、何が彼女を変えたのか。
風呂から上がった。とりあえず俺は二つのカゴのうち自分と父さんの使用済みの服が入っているカゴから洗濯機に入れてドラムを回す。ここまではいつも通りだ。もう男女で洗濯物は律儀に分けている。女性二人と暮らすと言うことはそういうことだ。で、変な妄想を抱かないように見なかったことにする。
着替えて、俺は風呂を出ると、春子さんが廊下に立っていた。
「お疲れ和人君。ちょっと相談事があって、出来ればそこの居間で話したいけど・・・・・・」
何やら心配そうな表情で俺に相談を持ちかける。このような相談は生活して初めてだった。恐らく今日の恵美さんの態度のことだろう。それぐらいは分かる。
「良いですよ。春子さんの心配事があるなら俺も聞いておかないと・・・・・・」
「ありがとう、和人君」
俺と春子さんは一階の畳の敷いている居間に向かった。
和室の居間には、亡くなった実のお母さん——『桜宮由美子』の仏壇が置いてある。
その仏壇の横にはお母さんの写真。
恵美さんと春子さんが家族になった日、真っ先に二人が正座し、手を合わせていたのをよく覚えている。俺は父さんと真剣な眼差しで二人を見つめていた。そんな粛々とした砂漠のような部屋。ほとんどこの部屋で何かをした覚えがない。家族もこの部屋だけは暗黙のうちに使用していない。
そのような厳かな雰囲気のする部屋に俺を呼ぶと言うことは、相当重たい話しになりそうだ。
春子さんは座布団を敷いて正座座りをする。俺も引き締まって正座をする。
「和人君、さっき恵美が生駒山に行きたいなんて言ってしまって・・・・・・ゴメンね」
春子さんの表情が悲しくなり、更に引き締まってしまう。俺は何も言えない。
「生駒山が和人君にとって、もの凄く辛い場所というのは泰くんから聞いているので、一番触れたくないことを理解している・・・・・・」
どうやら父さんは俺のこの経緯を春子さんに伝えたようだ。俺の一番触れられたくない過去、それを春子さんは理解している。
「確かに、母さんは元から体が弱かったです。激しい運動すると心臓が悪くなる母さんでした。それなのに、俺は生駒山に登りたい、なんて言ってしまって母さんは無理して家族で出掛けてくれたのです。あんな無理を俺のせいでさせてしまって・・・・・・」
俺は心をギリギリ振り絞り、母さんのことを春子さんに話す。
「私も恵美にこのことをしっかり言っておけば良かったと後悔している・・・・・・」
「恵美さんは悪くないです。それよりも、恵美さんは昨日行った海遊館や高層ビルでももの凄い目を輝かせて楽しんでいたので。それで十分なのです・・・・・・」
「和人くんは優しいのね」
穏やかな顔つきになる春子さん。この母親としての顔つき、俺は何か懐かしい物を感じた。あの死別の日から九年以上の月日が経ち、お母さんが帰ってきたような空気。でも実の母とは違う人。仏壇と写真が置かれている以上はもう実母はこの世に存在しない。どんなに会いたくても会うことが出来ない。
「それよりも、恵美が大丈夫なのか、私凄く心配なの・・・・・・和人君にしか相談が出来ないことも多いし、この際話しておきたいと思って・・・・・・」
やはり夕方のことだろう。俺も何かおかしいと思った。
「さっき、色々何処かに行きたいと言ったことなのだけど、恵美は離婚するまで色々やりたいことをやらせてあげられなかった・・・・・・聞いていると思うけど、色々何処にも連れて行ってあげられなかった・・・・・・本当に小中学生の時は私共々離婚した父親に振り回され、凄いエリート意識の人だったから恵美の自由が許されず、ずっと勉強漬け。過去に漫画のイラストを書けば破り捨てられ、友達と遊んで長引けば門限とか外出禁止。そう言う父親だったの・・・・・・」
考えられない。それだけ凄く窮屈な家庭だとは。例え両親が揃っていても家族を感じられない。俺とは対称的だ。
「母さんが優しかったです。色々不憫な俺を気遣ってくれて、無理してまで俺のわがままに付き合ってくれて。それで死別して、俺はもの凄く自分を責めていました」
その時、恵美さんは俺にすり寄り、唐突に抱きしめた。
「和人君、辛かったでしょう。今まで。もう私は義理でも貴方の母親なの。だから由美子さんだと思って欲しい・・・・・・」
春子さんの膝に俺の顔が埋まり、更に春子さんは俺の背中までをすりつける。もうこれは幼児が母親に甘える態度そのものだ。
「和人君は、母親の温もりを知らずに空白で育ってきた。でも、自分を持っている。凄く頼もしい。私を本当に母親と思って欲しい」
母の温もり。死んだ母さんが返ってきたような温かさを感じている。でも春子さんの実母は恵美さん。恵美さんにも父さんの温もりと温かさが必要と言う事を嫌ほど、そして苦しいほど感じ取る。
「恵美さん、本当に大丈夫ですか?」
「恵美、離婚して本当に良い子ちゃん過ぎて怖くなっている・・・・・・家でも学校でも。それよりも何か隠し事している。確信あるわ。私のやることなすこと全てやりたがるし、クラスでも何かありませんか?」
「恵美さんは誰が見ても凄く良い子なのです。本当に明るいし友達も多いし勉強も頑張っているし、それに赤川さんにも凄く太鼓判押されていますし」
確かに。今日の学校の態度といい仏様のような態度。そして何かを抑えている、それは俺でも見抜ける。
「優子ちゃんにまでそんな思われている・・・・・・もう頑張らなくて良いのに・・・・・・それよりも、良い子ちゃん過ぎて無理している恵美を・・・・・・助けてあげて」
そう言いながら春子さんはそっと手を離した。
「恵美さんは、言いたいことが言えないと思います。何かあるはずです、分かります」
「和人君。ありがとう。もうこれは和人君にしか出来ない、恵美に何かがある、これ以上無理したらあの子潰れる・・・・・・」
恵美さんと暮らして分かったことは、上辺でしか物を言えない性格。その裏には何かが隠れている。『私を幸せにして欲しい』の一言。あの引っ越しの時の見せたくない段ボール。朝早く登校する癖。これらには何か共通点がありそう。絶対見抜いてみせる。俺の新しい課題だ。
◇
その翌日、中間テストの答案も概ね返却が終わり、更に授業の内容は深化していく。複雑な構文からなる長文英語、三角関数の余弦定理と更に高校の勉強の手応えを感じ取る。今日はそんな難しい内容にも関わらず勉強が身に入らない。どうしても上の空になってしまう。昨日の恵美さんの良い子ちゃん振りや春子さんの真剣な眼差し。その恵美さんも相変わらずクラスの中では拍子抜けに明るい。そして優等生としての存在感を見せつけられる。一緒に生活している立場から言うと相当箔をつけている。家でも俺に箔をつける。あの変わり身の態度は一体何だがあったのか。
上の空のまま、今日の授業が終わった。今日は五時間まで。午後二時前に今日の授業が終了。教員らの定例会議の日であるため午後は時間が空く。今日も父さんのお手伝いでもしようか。でも俺は集中出来る環境にない。どうしたら良いのか。
恵美さんは何時ものように友達数人と楽しそうに教室を出ていった。俺は僅かに残されたクラスメイトの横でボーッと立ち尽くしていた。
「桜宮、今日は何か凄く難しそうな顔しているな」
蒲生が後ろから話しかける。もう蒲生含めてクラスには数人しか残っていない。
「いいや、色々考え事していた。ちょっと・・・・・・」
「お前考え事だらけだな、何かここ三週間ほど様子おかしいな。何かあるのか?」
もう見抜かれているのか。俺の状況を。
「妹と上手くやれている状況はどういう時かなと思って」
「またその話かよ。最近妹の話題が続いているな。妹がそんなに欲しいのかよ」
「別に、妹のいる家庭がどんなのかと思って」
益々怪しまれる。そのうちバレかと思うほど。やはりクラスの親友には正直に言うべきかどうかについても最悩んでいた。もう恵美さんは複数名には話しているだろうな。益々クラスでの立場が悪くなっている。
「そんなに妹に飢えているなら、今日暇なら、俺と一緒につき合わないか?」
「え、何処だよ?」
「行ってのお楽しみ」
何だろう。
「少なくともお前の大好きな妹絡み。お前も最近妹系のラノベばっかり読んでいるのが丸わかりだしな。どうだ、少しは妹好きのお前にも良い環境の所教えてやろうか」
何か想像が付くな。こいつの行きたい所は。
「まあ、俺は帰り道だからな、まあ暇なら今日ぐらいついてこいよ。お前も一人で難しい顔ばっかりしているのは体にも良くないし。異世界体験も必要だと言う事」
そう言われるままに俺は真昼の校舎を蒲生と後にした。
蒲生について行くまま学校の最寄りの地下鉄に乗って向かったのは日本橋電気街と言われる東京の秋葉原と並ぶオタクの聖地として有名な場所だった。地下鉄駅を出た堺筋沿道には電化製品の店がずらっと並んでいる。その西側の路地に入れば、アニメ・ゲーム・フィギュア・鉄道模型・電子パーツ等々オタクやマニアを刺激する小さな店が並んでいる。
「ここにお前を連れてきたかった。どうだろ。大阪市内に住んでいてここぐらいは来たことがあるだろうよ」
俺は周りの人に見とれてしまう。周りは男ばかり。リュックサックを背負って青のジャージで黒髪の若者が多い事に気付く。この平日の昼間から買い物をする若者などサブカルチャーを楽しむ人で賑わっている。
「ここって、オタクが来るところでしょ。俺はラノベぐらいしかそう言う世界知らないから、何か初めてでよく分らない・・・・・・」
「だから良いのだよ。妹系が好きならここを満喫するのが良いだろう」
「俺は別に妹萌えとか興味無いって」
「嘘つけ、最近お前妹物ばっかりのラノベ読んでいるくせに」
沢山のアニメの看板やポスターがあちこちに並んでいる。ほとんどが美少女のポスターで高校生ぐらいの可愛い女の子のイラストであった。
「あ、あれ。お前が今読んでいる『進学校の劣等生の兄』のフィギュアだぞ。ああ言う妹が欲しいのだろ」
俺は蒲生とフィギュアショップに入った。表にはその『進学校の劣等生の兄』のヒロインの模型が飾られている。
「このヒロインの美幸のフィギュア、凄いレアだぞ。こんな所でしか見つからない超レアな物だからな。数年前のクレーンゲームの景品」
ラノベで読んでいるヒロインにこんな需要があるのかとビックリする。表のガラスの棚に並べられレア品として扱われている。その値札を見ると、一、十、百、千、万・・・・・・。俺はこの数字の迫力に驚いた。俺は確かに父さんのお手伝いで毎月万に届くかどうかのお金を得ている。数ヶ月働かないととても買える代物ではない。俺は度肝を抜いた。
「これ、俺も欲しいけど、高校生の経済力では無理だな。見ているだけって物。まあ中に入れば四桁前半のフィギュアとかあるから、そう言うのは何とか手に入りそう。でもなかなか普段読んでいるラノベのマニアックなフィギュアとか、新鮮だろ」
蒲生は得意げに喋る。蒲生は店の中に入っていく。さらに入れば、他の美少女のフィギュアとか、箱に入っている物とか並んでいる。
「おお、こっちは『やはり俺の青春恋愛はまちがいだらけ』の有希乃のフィギュア。これなら結構クレーンゲームで出回った奴だからお前でも買えそうだぞ。こんな美少女でも一応妹だからな。お前がツンデレ派かにもよるけどな」
「一応、そこまでマニアでもないし・・・・・・」
「妹好きならどういう妹をフィギュアで置いておくかが重要だ。今言ったこの美少女は声優が同じだから雰囲気は似ているぞ。あの声優は黒髪ロングの優等生が多いからな」
「ゴメン、何のこと言っているかさっぱり分からない」
こんな感じでフィギュア販売店に入るとそのキャラクターとかその魅力とか声優がどうとかツンデレとかそんな話題ばっかり。流石にここまで言われると本当に俺は何が良いかも分からない。
「悪いな。お前でも見なさそうなアニメばっかりだしね。ここは一応大学生以上が多いから桜宮のようなオタク初心者には難しいかもね、次の店に行こうか」
そう言いながら俺らはその店を後にした。
そして路地を更に進んでいく、そこには看板からして美少女の看板とかアニメを臭わすような貼り紙などがあちこちに貼っている。
「なあ、アニメックスかユーザーズかねこのあな、どのアニメショップ行きたい?」
蒲生は俺に分からない店の名前を言う。俺が知っているのはせいぜいアニメックスぐらいで後者二つは名前すら聞いたことがない。
「アニメックスか知らないけど・・・・・・」
「そうか、有名だからな。アニメショップ最大手だからな。ユーザーズは萌え系オタクに特化した書籍やグッズだし、ねこのあなはそもそもがあっち系の同人誌だからな」
同人誌という物ぐらいは俺でも知っている。東京・有明で盆と正月に年二回行われる世界最大の同人誌即売会。よくテレビで出ている。そこで売られている物の事だろう。
「まあ同人誌はお前にはまだ刺激が強いし、それならアニメックスだな」
同人誌。東京・有明。恵美さんとか行ったことあるのだろうか。まあ恵美さんみたいな優等生が行くわけなどないからな。同人誌って噂によればヤバイ物も多いとかだから。そんな物まで見たら俺は卒倒しそう。今のラノベですら結構刺激が強いから。
俺は蒲生と一緒にそのアニメックスに向かった。アニメックスに入るとそこには一般の書店と同じく俺でも知っている週刊少年誌のコミックとか、その少年漫画や少女漫画のコミックとか平積みされている。
「ここは、書店と変わらないな」
「そうだろ。初心者はアニマックスがお勧め。ここならマニアック過ぎないし、中高生とかでも入りやすい」
確かにさっきの深いオタク系の店より中高生、それも女子とかもそれなりにいるので雰囲気としては軽い。
「アニマックスは、どっちかというと女子向けが多いからな。腐女子とか言う奴」
「ふ・・・・・・じょし・・・・・・何のこと?」
俺は初めて聞く単語だった。
「腐女子というのは——」
蒲生の口から聞かされた。あの雰囲気が好きな女子っているのだな。でも今の世の中ジェンダーフリーだからそういうこと言ったら差別になる。学校でもそう言う授業はあったから。
俺はとりあえず蒲生とアニマックスの中を回った。色々と有名作品の限定版、コミックコーナーなど色々見て回った。そこには普段読んでいるラノベとかもあったし、そのラノベも書店とは桁違いの品揃え。迫力が違いすぎる。
俺の度肝を抜いた。引き籠もりすぎて、自分の世界しか見えてなかったからこう言う店が新鮮そのものに見えた。そしてアニマックスには画材とかも売っているとか。
「ここは画材も売っているからな。早い子は小学校高学年からこう言うのを揃えて絵を描いているし、デジタル塗りが進んでもこう言うマーカーとかペンで描いている人も未だにいるからね。日本一有名な海賊漫画の人なんてデジタルどころかスクリーントーンも使わないみたいだからね」
とりあえずアニマックスは一通り見た。
「さあ、次の店行こうか」
そう言いながら俺を先頭に蒲生と店を出ようとした。
その時だった。
「うわ、優子。この本見てみて。ターニャ凄く可愛いよ」
「そうね恵美、本当貴方ターニャ好きだね」
「私もターニャいっぱい描いているけど、これは必見。この限定品買おうっと」
聞き覚えのある声が俺の前に聞こえた。
そして、その瞬間、俺はその二人と目が合ってしまった。
「「「あ」」」
俺とその二人の声が重なった。目が合ったのはこのタイミングで一番合ってはいけない人物とその親友であった。
「え、恵美さん・・・・・・どうして・・・・・・」
「和人、君・・・・・・見てしまった・・・・・まさか・・・・・・・」
恵美さんは顔を真っ青にして俺を見つめる。三週間前の顔合わせどころではないような固まり方をしている。
「恵美さん? 桜宮。どういうことだ・・・・・・」
蒲生から一番質問されたくない言葉が俺に飛んできた。蒲生が俺の頭を銃で射撃してその弾が俺の頭を直撃したかのような感覚だった。
「仕方ない。バレてしまったようだね。桜宮君、蒲生君。まさかこんな所を見られたらもう白状するしかなくなった。恵美、大丈夫?」
優子は罰悪そうな表情をした。恵美さんはまだ固まっている。
「蒲生・・・・・・ゴメン。これまで黙っていた。もうこの瞬間隠せなくなった。理由はこの機会に話す、ちょっと四人で話そう。冷静に」
俺たちは何が何だか分からないまま大混乱状態だった。
「恵美、大丈夫? 心配しないでね。私は絶対恵美の味方だから。貴方お兄さんだから何処までも恵美の味方をしなさい。そしてこの件についても話すから絶対恵美の好きなことを全力でサポートしなさい。そうしないと絶対許さないから・・・・・・」
「桜宮がお兄さんって、お前もしかして本当は妹だったとか・・・・・・」
謎が交錯する中、俺らは無言でアニマックスを出た。そして冷静さを皆保ちながら堺筋沿道にあるファーストフード店に向かった。
四人席で俺と蒲生、そして恵美さんと赤川さんを対面にして座る。
俺は冷静に蒲生にこれまでの恵美さんにまつわる経過を話した。
「何かお前が最近妹の話題ばっかりするからおかしいと思ったけど、そういうことだったのか。了解。桜宮兄妹のことは黙っておくから大丈夫」
「分かった? 二人とも。恵美の境遇。貴方達は口が裂けてもこれ以上は恵美のことは学校では黙りなさいね」
そして恵美さんもアニメのことを話した。実は恵美さんも赤川さんもかなりの隠れオタクであったこと、何よりもアニメイラストを描くことが大好きであったこと、学校では優等生でも前の厳しい家庭環境から漫画はあまり見せて貰えないどころか漫画を描くことも許されなかったことなどを正直に話した。その恵美さんの漫画アニメ好きは、赤川さんは唯一の理解者で家でも学校でもろくに話せない。だからこういう時だけクラスメイトの目を盗んで二人でアニメオタクを満喫していることも。
「恵美さんって、そう言うようには見えなかったのに、案外だね」
「オタクがバレるって、凄く恥ずかしい・・・・・・」
世間一般ではそうだろう。でも恵美さんがバレるのは重荷が全然違う。俺みたいな日陰がオタクなのとクラスの優等生では違いすぎる。
「オタクと言っても、皆がよく知っているメジャーなアニメとか全年齢の物とかで、せいぜい私立中学とか高校にある漫画同好会とかそんなレベルのオタクだから」
「恵美さん、さっき何か描くとか言っていたけど、もしかしてイラスト描ける?」
また恵美さんが恥ずかしそうな表情をした。
「まあ、ここでは恥ずかしくて描けない・・・・・・」
「こんな街中で描かなくて良いわよ。これは私とのシークレットな話しだから。私のクラスの女子誰にも見せてないから。まあ、お兄さんは恵美のために知っておかなければ鳴らないけどね。蒲生君は絶対見せてはいけないから。もちろんこの話も絶対にクラス内には話さないようにね」
相変わらず赤川さんの態度は本当にウザい。
「おいおい、そう言う言い方はないだろ。俺は今日桜宮を慰めるためにここ連れてきただけなのに。それなのに二人の秘密を知ってしまい、俺が一番振り回されているのをわきまえてもう少し俺を労えよ」
「でも、見てしまった事に変わりはないからもう少しわきまえてよね」
強気の赤川さん。一歩も譲らない。
「それよりも、今後はどうやって関わっていくの。お兄さん」
「そう言うお兄さんとかわざと嫌みったらしい言い方やめてくれよな」
「はいはい。じゃあ桜宮君」
わざと言っている。どんなにウザいのか。
「とにかく恵美さんは家で色々謎が多かった。一緒に暮らして色々ぎこちないこととか隠し事が多かったように見えた。まさか、その隠しごとはそのことで間違いない?」
「和人君、その通り。オタク関係の物を隠してバレないようにした。いずれはバレるけど、その対処方法に寝られないときが続いていた」
「だからお兄さんの本領発揮でしょう」
まだ言っている。もういい加減にそのウザい呼び名やめろって。
「とにかく今日帰ったら恵美の話を聞いて全てを分かってあげること。それと恵美が伸び伸びと楽しく絵を描くことと、漫画やアニメを一緒に楽しんであげるのも桜宮君の使命だから。それが分かるまではやっぱりお兄さんと呼ぶしかないわね」
「もういいから。和人君が理解してくれればそれで良いから。もう優子、そこまでウザ絡みしなくても私本当に大丈夫だから・・・・・・」
恵美さんは手を振りながら赤川さんを引き留める。あまりのウザさにさすがの恵美さんもどうにもならなくなったのか。それとも自分のことをあれこれバレたことで罪の意識を感じているか。
「じゃあ桜宮君。流石に『スパイチーム』ぐらいは知っているよね? 漫画で読んだことはあるでしょう。あれだけ大ヒットしたから」
俺は話に詰ってしまった。自分は興味のある事には色々一目散に知識蓄えるが流行に疎い。世の中で流行っている物に対して目を背け続けた。漫画ですら。
「じゃあ、好きなキャラとかいる? 恵美、さっき買った本の表紙見せてあげて」
俺はつまった。読んだことすらない漫画のキャラクターすら答えられない。さっき恵美さんが買った何らかのファンの本の表紙を見せつけられる。真ん中に小さい桃色の髪の毛をした元気そうな女の子。いわゆる世の中で出回っているキャラクターだから外見は分かるが名前まで走らない。
「これすら答えられないのね。本当に世間知らずだね。もう今日帰ったら直ぐに恵美から『スパイチーム』全巻読んで勉強することから始めること。いいね。じゃあ蒲生君、このキャラの声優は?」
「何で俺? まるで高校生クイズ大会みたい。棚咲温海、ついでに言うとインスパイアソング持っているし、ターニャの名言で俺の好きなセリフは『大丈夫です。怖くないから』だからな。あれで牛が言うことを聞くのは名言だからな」
「まあ、蒲生君も人並みには一般アニメの知識はあるみたいだね。クラスで怪しそうな文庫本とか、女の子のイラストとかの本を堂々と読んでいてちょっと引いたけど、そうでもなかったわね」
「俺をバカにしているのか? 本当にウザいわ赤川」
女子には優しいが男子には厳しいのは誰に対してでも相変わらず。
「じゃあ、『秘滅の剣』に出てくる鼠子の必殺技は?」
「爆血、人間を食べられないからだろ。それ位超基礎知識」
流石の蒲生も少年アニメの知識もそれなりにあったのか。この後も蒲生と赤川さんの少年アニメを巡ってのクイズバトル染みた白熱の戦いが続く。本当に高校生クイズ大会に出場した方が良いのではないかと思うほど。俺と恵美さんはその迫力に呆れ果てるだけだった。でも赤川さんがここまでアニメオタク級の知識や嗜好があるとは思わなかった。普段の学校生活の外見だけでは本当にその人の趣味とかそう言うのは分からない物だな。
「赤川って、本当に腐女子だったとは。ここまで俺の話についてくるとは」
「あんたみたいな妹趣味が似合うような萌えオタに言われたくないね」
「何だと? 俺は妹はいるけど妹はリア充。間違っても妹萌えとか言う言葉を使うな。現実と妄想の世界の区別ぐらいつけろよ」
「そっくりそのままお返しします。それは貴方のコミュニケーション不足。私も弟いるけど問題無くやれているわよ」
もうどうしょうもない。この二人を止める方法はないのか。
「あの、お客様。もう少し静かにお願いします・・・・・・」
従業員に注意されてしまった。俺らのバトルに周りは少し引いていた。
「とにかく、二人とも落ち着こう。落ち着かないなら店出よう」
気がつけば周りも俺らを注目していた。俺と恵美さんは恥ずかしい二人のやり取りに対し顔を赤くしていた。
「いやー、本当に今日は意外すぎる一日だった。まさか最大のシークレットがこんな形でバレるとは思いもしなかった。桜宮君がアニメの知識が疎すぎたのもよく分った。この三人の中で一番漫画アニメの知識ないから恵美を守れるほどのオタクになることね」
「もう分かったから優子。和人君、話しについていけてないし」
日も傾き、徐々に日の暮れが早くなる九月後半、もうすっかり外は真っ赤な夕焼け。俺たち四人は日本橋電気街を堺筋沿いに南へ歩いて行った。赤川さんだけが満足げに先頭を歩き先導している。
「本当にビックリしたのは俺だわ。桜宮にまさか義妹がいたなんて。しかも同級生だったことも。ラノベよりラノベらしいリアル、お前と都島さんの生活はラノベ何冊分になるだろうな、俺、お前らを題材にラノベ書いて投稿しようか?」
「蒲生やめろ。マジでお前最低」
「まあ桜宮は勉強も上位だし義妹にも恵まれたし、後はオタクになることだよな。俺のラノベや深夜アニメの録画ブルーレイも貸してやるから」
オタクなのは蒲生だけだと思った。今日帰ったら恵美さんのオタクの視点での話しが炸裂するだろうな。義妹がいるだけでもお腹いっぱいなのにこれ以上俺を困惑させないで欲しい。もう俺は頭が滅茶苦茶だ。
ある程度の距離を歩くと、そこは大阪を代表する観光地である新世界、例の日本一高いビルや通天閣を見上げる一大地域である。最近は外国人もこ増えている。
「じゃあ、ここで解散しようか。恵美と桜宮君は環状線で帰れるでしょ」
「うん、優子。色々誘導ありがとうね。私、大阪の観光地とかろくに知らなかったし、実物見るのは初めて。大阪でも本当に色々なところがあるのね」
「うん、恵美さん、東京ですらろくに外出したことがないぐらいだと言っていたから」
「もうそれ言わない和人君。私は色々お出かけしたいの」
恵美さんもこの雰囲気には何とか馴染んでいた。でもクラス内ではあってはいけない関係。もはや学校からだいぶ離れていて安心した。
「じゃあ俺は南へ行く地下鉄乗るわ。俺の家は堺の浜寺だから」
「げ、あんたも私と同じ地下鉄? 私はその路線で北上した吹田と豊中の境の駅が最寄りなの。何処まで蒲生君と同じルートなの? 通学で使う地下鉄まで一緒だなんて考えるのも嫌になるわ」
「おい赤川。おまえ乗る地下鉄路線は同じでもお前と方向が真逆だろ」
「ゴメンね蒲生君。本当に優子、男子には誰にでもこんなのだから。中学からの癖だから気にしないでね。じゃあお願い蒲生君」
二人の不仲を持ち直そうとする恵美さん。誰にでも本当に優しい、こう言う気を使ったときの恵美さんの態度は本当に誰もが好感を持てる。流石だ。
「恵美は優しいからね。蒲生君、分かった。恵美は凄く好感持てる良い人だから。こんな女神みたいな人が同級生で同じオタクという境遇なのに感謝しなさいね」
「もう分かった赤川。いい加減ウザい。今日の事は黙るから安心しろ」
蒲生がキレた。ここまで乱暴な姿を見たことがない。赤川さんって男子に対して本当に敵対心抱きすぎだ。
「じゃあ優子、明日ね。蒲生君頼むね、これからのことは」
「バイバイ恵美。桜宮君は今日からオタクの勉強をする事ね、恵美。頼むね。後は」
もうここまで言われればもう最低でも恵美さんの好きな漫画は共有してあげなくてはならない、ほぼ強制的に。俺と恵美さんは環状線ホームに辿り着く。あの二人は方向が違えど乗る地下鉄も同じだから、途中までまだウザ絡みが続いているのか。そう思うと蒲生が気の毒に思えた。
そうしている間に環状線内回り電車が到着した。夕方のラッシュ前の時間になり車内は学生や早い帰宅を迎える人で賑わっている。車内は西日がまぶしい。
「もうバレたね、和人君。まさかあんなタイミングで、アニマックスで偶然にも遭遇するなんて思ってもなかった」
残念そうな表情でもなく、何か恵美さんの表情に力強さがあり、何か覚悟を決めたような眼差しで車内を見回している。この覚悟と決意。こんな恵美さんを見たことがない。バレて清々したのかも知れない。
俺は何らかの覚悟が必要なのかも知れない。そう思いつつ帰りの混雑した電車の中で俺も恵美さんも無言のまま帰宅をした。
陽が落ちかけてすっかり外が暗くなった時間に俺と恵美さんは家に帰り着いた。
「お帰り。今日は二人で帰宅なの? 何処か寄り道したの?」
春子さんが俺たちを温かく迎える。ちょうど夕食の準備をしているところだった。
「ちょっとね。今日は学校も五限までで昼過ぎに時間が空いたから、ちょっと行きたかったところがあったから」
「あれ? そういうのって優子ちゃんの役割じゃなかったの?」
「今日優子は別の用事があったの。方向音痴の私は一人では無理だからどうしても和人君にお願いしたくて——」
恵美さんは嘘ついているのが分かる、どうしても春子さんにオタクを隠している。その空気だけは俺でも容易く想像が出来る。でも恵美さんの事情は知ってしまった以上は守らなくてはならない。
「和人君も益々お兄さんらしくなったね。上手く学校でかくまって外で恵美のために動いてくれる。私本当にうれしいわ。上手くやれているみたいだしね。恵美も和人君も部屋で落ち着いていて良いわよ」
俺らは春子さんの言葉に甘え、それぞれの部屋に向かう。階段を上って部屋に入る際に恵美さんが小声で俺を呼びかけた。
「和人君、今日は本当にありがとう。お母さんの前では嘘付いてしまったけど、いずれバレる事かも知れない。夕食後、私の部屋でちゃんと説明する・・・・・・」
「分かった。事情を聞くから安心して。夕食の時もまた父さんも五月蠅いし気にするし、今日は放課後に中央大通の大型書店に行って少し市内をブラブラしたことにしよう。父さんには上手く説明するから」
「ありがとう、和人君。本当に優しいのね・・・・・・」
下を向きつつ安心感を持つ恵美さん。俺はそう言う表情に顔を赤くする。そして恵美さんの目線を反らす。
「どう致しまして。安心してね。今日の電気街のこととオタクのことは黙るから」
俺はそう言いつつ、静かに自分の部屋に戻った。
夕食を終え、風呂に入り、リビングから自分の飲み物を持参し部屋に戻る。恵美さんの話を聞く心の準備をする。夕食は今日の恵美さんとの事について父さんに色々聞かれたが、上手くやっているならそれで良いと言われ、高校生の二人の時間には人に迷惑をかける、事件を起こさずにやれてればそれで良いと言われそれ以上は何も言われなかった。助かった。いずれは話せるだろう。
俺は覚悟を持って恵美さんのドアをノックする。
「入って良いよ」
ドアの外から聞こえる声を受けて俺は恐る恐る恵美さんの部屋に入る。
そこには決意を持って覚悟を決めた表情をする恵美さん。さっきと同じく真剣な眼差しをして俺を見ている。
「今日は、私の事がバレたからね。そうなの、改めて私実は隠れオタクなの」
「オタクって、そういう風には全然見えなかった。単なる『スパイチーム』のファンだけだと思っていた。
確かに恵美さんの本棚には少年漫画が何十冊も並んでいる。年頃の女性にしては漫画が結構多い部類に入る。もう少しでオタクの部類と言えそう。
漫画だって、少年漫画の他にも少しマニアックそうな漫画も揃っている。そしてその横にはそれらのファン本が並ぶ。
すると、恵美さんがベッド下にある小さな段ボールを取り出してきた。この段ボールは見覚えがある。引っ越しの時に絶対見ないで欲しいと強く言われたこの段ボール。まさかこの中にその恵美さんの全てが隠されている。もう間違いないだろう。
「和人君にバレた以上は、これも説明しないといけないしね。まだ両親には言わないで欲しい、和人君にはちゃんと分かって欲しい・・・・・・」
「分かったよ。それだけ言うなら俺は隠すよ」
恵美さんは安堵の表情を浮かべ、慎重に段ボールを開けようとする。
すると、その中には入っていたのは複数のスケッチブックだった。
「さっきの店では見せられなかったけど、その中を見てほしい」
俺はそのスケッチブックを開けた。
すると、そこには『スパイチーム』のキャラクターが全ての紙に描かれていた。どれもこれも素人の絵ではない。今日蒲生と見てきた同人誌顔負けの上手さと言い切れる。手足の動きやキャラの輪郭に目などもう漫画家を目指すようなレベルと言える。
春子さんの言っていた「絵を破り捨てられた」とはこのことだったのか。
「恵美さんって、こんなにコミックイラストが上手かったのか、意外だ・・・・・・」
俺は黙り込むしかなかった。何処でコミックイラストの腕を上げているのかが気になっていた。離婚前はどうしていたのか。
「絵の練習、何処でしていたのかもの凄く気になる。こんなの一朝一夕では出来ない」
「私、中学の時にそう言う漫画にハマってしまった。でも前の父さんはそう言う趣味を許してくれなかった。私が絵を描くとそのスケブとか捨てられてしまった。そう言う世間体を気にする人だったからね」
そりゃあ離婚の原因になるはず。好きな物を捨てられる、俺には信じられない。
更に、他のスケッチブックを見る。
「これは、オリジナルキャラ。漫画とかのキャラクターで腕を上げたら自分で描きたくなってしまったの。これは中三の時に描いた物。家の中で上手く隠し通した、あの家庭でも、これらは守ることが出来た」
前のキャラと違って、今度は女子高生の一枚絵に始まり、フリフリのドレスを着た美少女、着物を着た和風少女、水着ではしゃぐ可愛い幼い女の子、更にはRPGをイメージしたような戦士から魔法使いまで揃ったパーティーイラスト等々とにかく恵美さんの豊かな感性を剥き出しにする妄想を一冊のスケブに形になっている。
「よく去年から練習して、こんな上手いイラストが描けるようになったのだな」
「優子のお陰なの。優子も中学の時からしょっちゅうノートに絵を描いていたから。東京に住んでいたときから陰でオタク趣味はあったけどほとんど隠していた。優子とは本当にオタク趣味で意気投合した初めての友達。優子の家でもイラストを描きまくって優子の家にほとんど隠してもらっていた」
俺は唖然とした。そこまでして恵美さんは漫画趣味を貫き通すのか。
「恵美さんさ、どうしてそんなに隠してまでこの趣味をやっていた? 俺ならこんなに隠してまでは出来ないな」
「あのね、私、ずっと勉強で押し殺されていたの。中学校も私立の進学校。周りはオタクな子も多かったの。私はそのグループとも仲良くなって色々漫画やイラストに惹かれたけど転校。そして優子と出会って優子もオタク趣味で気が合った。優子はどうしても私と一緒の学校に行きたい。一緒に通いたい。好きな物は好きでいようと言ってくれた。だから私も趣味を貫き通したい、その思いが強かった・・・・・・」
何だか恵美さんが可哀想だ。好きな物を理解されないまま、勉強や出世で押し殺すような家庭環境。離婚するのは当然だろう。
「やっぱり、家族に趣味を理解されないことは、辛いか?」
「うん、こうして和人君が理解してもらえることは嬉しいし、心の支えになる。私も理解されない趣味を家族に隠して来たし、これ以上お母さんも困らせさせたくない。だから家族に隠れて優子と一緒にアニメや漫画を楽しんで来た・・・・・・」
表情が寂しくなる。恵美さんが我慢しているのが痛いほど分かる。趣味を理解されない、それを陰で楽しんで後ろめたい気持ち。それが一つの段ボールに詰っている。その段ボールの数々のイラストが恵美さんの心の叫びのようにも思えた。
「どうしたら両親は理解して貰えるか、考えたいね。俺も協力したいし・・・・・・」
確か春子さんは「恵美を助けて欲し」と俺に言った。春子さんまでもが恵美さんが陰で何かをやっていることに気付いている。その答えがこれだ。
「春子さんも、恵美さんの事をもの凄く心配している。もう無理して良い子ちゃん演じなくて良いと。もしかして、この趣味を隠すため?」
「そうなの。もう見抜かれてしまったけど、私は離婚してくれたお母さんに迷惑をかけたくない。私が優子と仲良くなってそのために離婚してくれた。だから私の趣味のためなんてとても言えない・・・・・・だから私は辛かった・・・・・・学校でも家でも」
「もしかして、学校の中で恵美さんは凄く明るいし、あんな自己紹介の時のリア充振りの話し方とかも、そうだったのか」
これで分かった。恵美さんは春子さんを心配かけたくないから表向きは良い子を演じながら陰でオタク趣味をして、その言動は却って春子さんを不安にする。だから恵美を助けて欲しい。
「俺がついている前で、春子さんに打ち明けてみるか?」
「冗談言わないで。お母さんは私の趣味が原因となって、優子と一緒の高校に行きたいと言って離婚に繋がった。私にとってそれを言うのは苦痛。貴方が生駒山の方を見ることが苦痛と思うのと同じ次元だから。お母さんから聞いたわ。家族関係に触れることは誰にとっても辛い事」
春子さんはあの後、恵美さんに丁寧に恵美さんに事情を話してくれたのか。
何となく恵美さんの事が分かってきた。恵美さんはどうしてもお母さんを不安にさせたくない。その趣味が原因で離婚に繋がる。だから春子さんに言うことが苦痛。でも俺は何とかしたい。恵美さんと春子さんの噛み合わない状況に向き合いたい。恵美さんが堂々と好きなことをして欲しい。そして、恵美さんの真の喜ぶ姿を見てみたい。いつかは打ち明けさせたい。
しばらく、沈黙が続いた。そして俺の方から、恵美さんに話しかける。
「それでさ、恵美さんは何かやってみたいこととか、行ってみたいこととか、そう言うのって何かある? あれば俺はつき合うよ。兄として」
気持ちを振り絞る恵美さん、まだ態度に一抹の不安がありそうな気がする。
「じゃあ、私が本当にやりたいと思うこと、見てみたいと思うところに今週末またつき合ってくれる? もちろん両親には二人で親睦深めるためと言っておくけど・・・・・・」
「それは、何なの?」
「まだ言いたくない。私が本当にやりたいと思うこと。優子にも一緒に来て欲しいと思うけど優子にも迷惑かけたくない。だから家族であるお兄さんにしか言えない・・・・・・」
お兄さん。俺は頼りにされているのか。義理とは言えども兄妹。今日、この趣味を知ってここまで一気に恵美さんの話に同調することになる。
「やっぱり、趣味関係のことか?」
「そうだけど、これはまだ優子にも言わないで。もちろん蒲生君にも。両親なんて言語道断。私と和人君の秘密だから。本当に私生活で頼れるのは和人君しかいないと本当に思っている・・・・・・本当だから・・・・・・」
強い言い口になる恵美さん。俺は何か体が熱くなった。恵美さんを助けたい。恵美さんをもっと理解したい。恵美さんと一緒に溶け込みたい。これは俺の中になる何かの変化だろうか・・・・・・
「分かった。じゃあ今週末土曜日、一緒に行こう。恵美さんの行きたいところ。話もちゃんと聞くから」
「う、うん、ありがとう。本当に信頼している・・・・・・」
信頼。この言葉を言われたのは生まれて初めて。
「それより、ペンタブとかイラストソフトとか欲しいと思ったことあるか?」
「私も本当に欲しいけど、そんな高価な物私には買えない。お母さんにもお強請りなんて出来ない、まだ私は成人になるまではこうして絵を描いたりするのが好きというレベル止まりかも・・・・・・」
本当はもっとイラストを描いたり、色々見せたりしたいはずだ。恵美さんはもっともっと好きなことがしたい、俺なんか本当に恵まれている。父さんの工場で一人前に仕事させてもらえる立場。それが出来ない恵美さんは見てられない。何とかしたい。
「俺、何とか考えるよ・・・・・・」
「ありがとう。本当に信頼している、来週楽しみにしているからね」
「う、ううん。色々言いにくいこと言ってくれてありがとう。安心して部屋戻る」
「ありがとう和人君、おやすみ」
「こちらこそおやすみ」
俺は恵美さんの部屋を出た。赤川さんの言うとおり例の漫画を借りつつ。これからはその漫画を読破するという課題に向き合い、恵美さんを理解しなくては。
◇
翌日以降は、本当に自分の立場が複雑になった。恵美さんを守る。好きなことを理解する。何か俺の中で得体の知れない物が芽生えていた。
今日も恵美さんは誰とでも仲良し。赤川さんとも良好な公認コンビに相応しい言動。あれの何処がオタクなのかを完全に疑う。女子グループにもほとんど言えないのだろう。赤川さんもあの手この手で周りには黙る。それでも二人は周りにも言えない秘密。これ以上我慢せず言いたいこと言えればこんな作られた笑顔などないのに。
俺も恵美さんに色々言ってしまった。春子さんの前ではほとんど言いたいことが言えない。そして離婚の原因となったオタク趣味。恵美さんは何かを怖がっている。何か大きい物を抱えている。それが心の闇であることは間違いない。春子さんにも見透かされているけど何も言えない。このまま親子の隙間がある関係が続いていくのか。
そして今日も夕食後、恵美さんの部屋に入り、恵美さんと話しを共有していく。例の『スパイチーム』の感想を話していく。
「俺は、このヒルと言う女の殺し屋の天然さが気に入った」
「そうでしょ、あの家族間溢れる天然感と殺し屋の二面性。凄く個性的」
「あのキャラクターって、調べてみたら今読んでいる『進学校の劣等生の兄』の美幸とか、『やはり俺の青春恋愛はまちがいだらけ』の由紀乃の人と声が同じだからね、今蒲生からそのアニメの録画を借りて見ているけど声が独特で上品。だからヒルの声とか聞いてみたいけど、録画持っている?」
「持っているわ! 早速ヒルのファンなのね」
恵美さんは、得意なキャラクターになるととてもはしゃぐ。そしてその目は今まで見た誰よりもキラキラしている。
「三巻まで読んだなら、ターニャのあのセリフをアニメで見たら驚くかもね!」
「それよりも俺はヒル派。ターニャよりも美人」
「男の子はそっちの方が好きなのね。私は女だからターニャのあの可愛さこそキュンと来るの」
もの凄く必死だ。恵美さん。言動が可愛い。
「それよりも、一度恵美さんの描くところを見てみたい」
俺がそう言うと、恵美さんは紙とボールペンを取り出した。
そして恵美さんの手にかかると輪郭、鼻、そして瞳、髪の毛とドンドンターニャの姿が描かれていく。そして手足と服もドンドン描かれていく。ここまでかかった時間は僅か三分もかかってない。
俺は感心した。恵美さんにこんなに画力があるなんて。
「ヒルの方は、描けるか?」
すると恵美さんは黙々ともう一人の美少女を描き始めた。大人っぽい表情、背の高いすらっとした体格、瞳はさっきと違って大人らしい控えめな姿。これこそヒル・ヨージャー。
「描くのは速いし、もしかして本気で漫画家とか目指しているのか?」
そう言うと恵美さんは呼びを立てて口に当てた。
「シー。声がでかい。もう少しヒソヒソ話して」
そう言うことは、本当に漫画家目指しているのだろう。あれだけの優等生が勉強より本気で漫画家を目指す。俺は混乱している。
「と言うか、何処でそんなに画力つけているのか謎だ」
恵美さんはその時横にノートを差し出した。
「これに練習しているの。もう何十冊も束になっているわ。でもそう言うのは家に置けないから、必要ない物から捨てるなど色々工夫した」
「まだ鉛筆とかシャーペンで絵を描くぐらいしか出来てないでしょ。やはりデジタルイラストとかやってきたらと思うけど・・・・・・」
「昨日も言ったけど、お強請りなんか到底出来ない。私もお小遣いを貯めるしかないけど、なかなか高価で買えない。大学まで我慢するか」
恵美さんは本当に残念そうな表情。昨日と同じように恵美さんの才能を伸ばしたい。マジでこの絵柄は昨日日本橋界隈を歩いたときに見かけた同人誌とほぼ同じぐらい上手い。
「それと、土曜日行きたい所って、やはりそれに関係する所なの? もしかしてオタク関連とか?」
「ともかく、そう言う系。でも大阪市内ではないわ。大阪の郊外にそう言う所があるから、どうしても黙って見て欲しいの。そこに来たら分かるわ」
まだ秘密だろう。一体何処に行くのか。でも郊外なら俺も助かる、あまり都会のゴミゴミした雰囲気は好きではないし。
「それと、和人君」
「まだ何か言いたいことあるのか?」
「和人君が借りているそのラノベって、面白い? 私、ラノベとか読んでみたいの」
恵美さんがラノベに興味を持つのは意外だ。
「え、どの作品も基本男性目線で書かれているぞ。それに、恵美さんは少年漫画じゃなかったのか?」
「和人君の趣味を見て興味を持った。私の目指す物はラノベとかも大事。蒲生君から借りているそれらのアニメ少し見せて。ヒルと同じ声優ならもの凄く気になる」
同じ声優。これだけでも俺と恵美さんの共通点が出来た。
俺は部屋に戻って、それらのアニメ録画を見せるべく蒲生から借りてきた録画のブルーレイを持ってきた。そして、恵美さんのパソコンに入れて視聴する。
「これが、ヒルと同じ声優の美幸。もの凄い優等生。恵美さんと似ている」
『進学校の劣等生の兄』の境遇は俺と恵美さんと同じ。こんなに生々しく恵美さんに俺らの生き写しを見るとは本当に俺としても拷問を感じる。美幸の口癖とか出てきそう。その言葉を発するシーンが近づき、首が絞まるような思いだ。
そして例の言葉『お兄様』が出てきた。俺はゾッとした。
「和人君、何ビクビクしているの?」
「そりゃあするだろ、俺らの生き写しの作品で『お兄様』言われたら俺でも凄く複雑、これは男の劣等感をくすぐる作品、劣等生の兄が優等生の美少女に尊敬される、現実ではありえないような設定だぞ」
「そう思わない。和人君は別に劣等生じゃないよ。それにこの作品はどう考えても妹の妄想が凄い。私和人君の事をそこまで思ってないから作品として見られるわ」
恵美さんはにこやかに続きを見ていく。
「でも、ヒルとは全然雰囲気違うよね、本当に同じ声優で印象全然違う」
無我夢中でそのアニメにハマる恵美さん。第一話が終わった。
「同じ声優なら、『やはり俺の青春恋愛はまちがいだらけ』も見てみたい」
なんてことを言うのか。もうここまですれば男オタの世界だぞ。
「良いのか、こっちはもっと惹くぞ」
「ヒルと同じ声優での違いを見たい」
そう言いながら、『やはり俺の青春恋愛はまちがいだらけ』のブルーレイをセットした。
「マジでこの主人公受ける! 引き籠もりでぼっちを楽しむ捻くれた性格丸出し!」
この主人公、本当に頭は良いがぼっち、オタク、引き籠もり。俺の悪い所を全て集めている。俺の生き写しを見るようでこれもヒヤヒヤしている。
そして出てきた例の声優と同じヒロイン。
「この由紀乃って、さっきの美幸と違ってクールで落ち着いているわ。マルとは全然方向が違うわね。後、もう一人の『やっはろ』の口癖のピンク髪の子も可愛いね。ターニャみたい。この作品、ラノベで読んでみたくなった」
どうやら恵美さんはこっちの作品も気に入ってしまったようだ。
「後、この引きこもりの主人公、もしかして『スパイチーム』のゾイドと同じ声でしょ。雰囲気で分かるわ」
「ああ、そう言えばそうだな。全然見てないから知らなかった」
「私ね、これらのアニメ、凄く勉強になった。今度行くところもそう言う絡みの物とかに関係ありそうだし、私も幅広くアニメとかの世界は知っておきたいね。特に『やはり俺の青春恋愛はまちがいだらけ』は声優コンビも『スパイチーム』と同じだから色々勉強になるわ!」
恵美さんのオタク道を刺激してしまった。
「そう言えば、『秘滅の剣』の久留美しのこにもよく似ているね。同じ人でしょ」
あれだけ社会的に大ヒットしたアニメなのに、俺は知らなかった。流石の俺、世間知らずにも程があった。
「本当に面白かった和人君、私と優子だけでは知らない世界を知れた。これからはラノベの方向も研究しないとね」
「俺も世間知らずすぎた、とにかく恵美さんの持っている少年漫画だけは読破する」
「益々、話が共有できるね。これで私と和人君の関係も深まり、両親を安心させることが出来るかもね」
ニコニコの表情をする恵美さん。ようやくこの家にも灯が点灯し始めたようだった。
「とにかく、絵のことだけは黙っていてね。私、ちゃんと出かけたときに話すから」
俺は何かの責務を感じた。恵美さんの秘密を守ること、オタク趣味を共有すること。でも恵美さんは誰にも理解されずに、これまで苦しんできた。もうそんな思いはさせない。何時かは恵美さんが隠さずに、堂々と絵を描くことを楽しめるように。
「じゃあ、このブルーレイは借りていくね。蒲生君のだけど。彼にもありがとうと言っておいて。でもこの話は内緒にしてね。恥ずかしいから。じゃあおやすみ」
「こちらこそおやすみ。土曜日は楽しみにするよ」
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