第3話 義妹と経験する、家族に溶け込む難しさ

翌日。

 俺は何時ものように少し早めに起床し、顔を洗い身支度をして制服に着替え、リビングに向かう。

 リビングに行くと、父さんも早起きして何か驚いた表情だった。

「和人、大変だ!」

 父さんが何か驚いた表情をしている。

「何か取り乱したことがあったの?」

「キッチン見てみろよ!」

 俺はキッチンの方を見る。すると! そこには朝食の準備をしている春子さんと、その横には何と! 恵美さんが一緒に手伝っている。

「恵美ちゃんが・・・・・・朝ご飯を春子さんと一緒に作っている」

「そんな驚かなくても良いじゃないか」

「何言っている和人! お前の妹だぞ。今まで家事をやったことがないような人が頑張っているのだぞ!」

 父さんは本当に何か感動している表情。これだけ感激的になる父さんは生きていて初めてだ。やはり義理の娘の手料理が食えることに感動しているのか。

「春子さんは良い娘を育てた。そんな良い人と再婚できて俺は本当に幸せだ」

「父さん、もう良いから」

「お前冷たすぎるぞ。恵美ちゃんもっと可愛がってあげろ。お前の生活態度見ているけど恵美ちゃんに冷たい。もっと親切な目で手を焼いてやれ。兄妹の幸福を噛みしめろ」

 俺は素直に恵美さんの方を見る。そこには何かフライパンで焼いている姿が見えた。ちょうど春子さんと一緒に取りかかっている姿を。

「あー、裏側少し焦げてしまった」

「表面が断然生。ひっくり返さないと難しいわ」

「それ、あー、黄身が潰れた!」

「あら、もうグチャグチャ。慣れしかないわね」

 何やら恵美さんは目玉焼きを焼いているみたい。それ一つに悪戦苦闘している。

「おはよう和人君」

「おはよう恵美さん、春子さん」

 恵美さんがエプロンをつけている。朝から妹の手料理。クラスの男子が聞いたらタダじゃすまされそうもない。義妹というイメージから大きく離れようとしている。

「和人君おはよう、上手く出来なくて・・・・・・」

「何で朝食を?」

「昨日言ったでしょ。作ってみたいって。昨日のカレーも興味あったの。私はやると決めたら直ぐにするの。下手かも知れないけど食べてみてほしい」

 律儀な態度を取る恵美さん。流石に春子さんの前で恵美さんが何も家事をやったことがない、勉強だけと言うこれまでの生活に俺が色々家の用事をしていたところを見て思うところがある。それしか考えられない。

 恵美さんは、目玉焼きとウィンナーを載せた皿を三つ運んできた。本当にこのあたりは律儀な恵美さん。目玉焼きに続いて出てきたのは味噌汁と白米。味噌汁にはあさりが入っている。できたてであさりの匂いが香ばしい。海苔も出てきた。

「恵美さん、良く準備したね。もしかして早起きして?」

「そうなの。私にも出来ることを探したの。良いから食べて欲しい」

 並べている間に、身支度を調えた父さんがリビングにやってきた。

「これ、恵美ちゃんが作ってくれたの? 父さん感動だ」

「大袈裟ですよ。お父さん」

「春子さんの育てが良いからだよ。恵美ちゃんの分は良いの?」

「私の分はまだです。自分の分はこれから作るので、食べてみてください」

 恵美さんが嫁のように見えてくる。あり得ないけど結婚したらこうなるだろう。

 父さんは形の悪そうな、スクランブルエッグに近いような両側焦がした目玉焼きをほおばる。そして味噌汁を啜る。

「恵美ちゃんの頑張ったという態度が出ているよ。まあ練習すれば上手くなるから。懐かしいなこの温もり」

 父さんは感動していた。久しぶりこの雰囲気。実母さんが亡くなる前の家族に近い、そんな懐かしい雰囲気だと俺も感じた。

「恵美、正直形は悪いし味噌も少し薄いけど貴方のやる気を評価するわ。こんなこと前の家庭ではやらして貰えなかったしね、それだけでも進歩だわ」

 春子さんも恵美さんを後押しする。俺はまだ手をつけてないが、気持ちが複雑。これまでの恵美さんのやるせなさにどうして良いかを考えるほど。

「和人君、どう?」

 俺はまだ手をつけてなかった。確かに目玉焼きとは言えない代物。ウィンナーも焼き方にムラがある。どう考えても美味しそうには見えない。

「まだ食べないの? 不味そうなの? そうだったらそう言って。私努力するから」

「そういうわけではない。俺も気持ちが複雑。昨日の夕食といい、そんなに俺が作ることに影響あったのかとかそう言うこと考えていた」

 俺は、本心は恐る恐るしながらも形の壊れた目玉焼きを箸でつまみ、慎重に口に入れていく。先ずは何もつけず。

「ま、まあ、初めてにしては頑張ったと言えるね」

 決して美味しいわけではないが、恵美さんに酷い事は言えない。味噌汁の方も飲んでみる。確かに味噌は薄い。あさりの味噌汁なので磯の味の方が染みている。でもそっちの方が味は勝っていて何とか素朴。

「俺は、あさりとかのような素材が生きるような味の方は、薄い方が良いかも」

 そして目玉焼きには醤油をかける。そして白米を頬張る。食べるペースを早めて一気に食べる。

「それ、少し塩をかけたけど、そんなに味薄い? 薄味の方が好きなはずだけど、味噌汁と言っていること違うけど・・・・・・」

 しまった。上手く誤魔化すことが出来なかった。恵美さんは少し、肩を落とす表情になってしまった。

「俺は目玉焼きには醤油をかける派だから。後目玉焼きは元から味がしない物だから」

「ごめん、和人君の好みを考えずに作ったから・・・・・・」

「大丈夫だよ。まだ生活して数日しか経たないから人の癖とかそう言うのが分からなくて当然だよ。味付けとかの好みも違うし」

「これからは皆の好みを考えて作るね」

「家族のことを知っていこうね」

 お互いにすりあわせて生活を平準化する。今はそれしか出来ないが素直。そういう所から始めるのも良いかも。

「和人君は優しいね。恵美の不出来にも優しく取りなしてくれる。信用出来るお兄さんという感じがする」

 春子さんがニコニコの表情になり、一先ず安心。俺らが食べ終わったと同時に恵美さんは自分の分の目玉焼きを作り、それを食べていった。父さんと春子さんも支度に追われて忙しいバタバタした朝になっていった。

 今日は俺の方が学校に行く準備が先に整った。恵美さんも素早く食事して台ふきなどに追われている。春子さんはもう職場に向かった。

「恵美さん。今日は俺の方が先に学校に行くね。追いつかないように早足で行くから安心してね。学校では他人だけど、家では家族。そう言うスタンスは守り通すから」

「ありがとう、和人君」

 恵美さんが少し安堵の表情を浮かべていた。

 先週まで赤の他人だった恵美さん。今は家族、クラスでは別人。その距離の取り方が不慣れだが、その感覚に一日も早く慣れる必要がある。赤川さんとの約束もあるし。


   ◇


「なあ、妹がいいか姉が良いかどう思う?」

「妹はムカつく。どっちも嫌」

 今日も昼休みは蒲生と一緒に学食を食べている。学食の味は安定している。朝食と違い、誰でもが食べられるような味覚に仕立てられている。正直しばらくは恵美さんの腕が上がるまでは学食で舌を中和するしかない。口が裂けても恵美さんの前では言えないが。

「蒲生は、妹と最近上手くやれているか? 喧嘩とかしなかったか?」

「何か最近お前妹の話題が多いな。お前も妹が欲しいのか。大歓迎だぞ。俺とお前、家族を交代して妹の手を焼いてくれ」

 蒲生には今は口が裂けても恵美さんの事は言えない。

「何か最近妹と喧嘩でもしたとか」

「したぞ。昨日も俺はアバター作成していて自分の部屋で色々ブツブツ言っていた所を、妹がズケズケ俺の部屋に入り込んで文句ばっかり言ってくる。『お兄ちゃんはキモい。二次元ばっかり』とか、俺の趣味に突っ込んでくるなとか言い返した」

「それって、蒲生がオタクだからとか」

「オタクなのは分かっている。最近は俺の言動に因縁をつけることが多くなった。本当に年頃になって一変したし、出来れば十歳ぐらい年は離れていてほしかった」

「それって、完全ロリコンだろ」

「まあ同年代の女性は、俺は苦手だね。妹も年が離れてないし」

 どういう妄想だ? 蒲生の妄想は一歩間違えれば犯罪だろ。でも同年代の女性と暮らすとは色々面倒な事柄や不満も多いことが分かった。これまでの恵美さんは本当に家で無口だし。

「変わり始めるって、何歳ぐらいから?」

「中学生ぐらい。中学入学すると妹は別人になった。これまでは漫画、漫画とかゲームとか楽しんでいたが中学になり部活、ファッション、クラスの派閥や部活とかを気にし始めた。それで大きく変わった」

 俺でも小学校から中学校の人の変化はよく分かる、小学校の時に大人しい日陰女子が中学になりギャル化し、大きく変化するもの。そんな女子と生活することなど考えられない。思春期の妹を持っている全てのお兄ちゃんに感謝。

「そう言う意味でこの高校に来て、本当に大人しい女の子、ほとんど小学生のような外見と地味さ、派手な物に無頓着な大人しいメガネの女子ばかりで一気に年齢が幼稚かしたような雰囲気だった」

「ここ有数の進学校だから、そういう女子で固められるのかも知れないしね」

「そう言う女子が妹になったらと今思っていた。また蒲生の言う妹とは違うのかも知れないからね」

 そう言う妹と屋根の下で暮らしている。今の所そう言うストレスはない。でも蒲生の言うように家族になって兄妹関係が出来ると恵美さんもそう言う体になるのかが不思議だ。

「何か蒲生の話を聞くと、妹の魅力が損なわれた感じがする」

「完全に勉強不足だな。じゃあ妹物のラノベを勉強した方が良いな。買うのが厳しいなら、図書館で借りて読んでこいよ。ここ進学校らしき図書館だからラノベも沢山あるから。

『妹がいれば俺の人生は天国』とか、『進学校の劣等生の兄』とか、『やはり俺の青春恋愛はまちがいだらけ』なんかがお勧めだぞ。妹と同居する兄の気持ちが分かるようになってくるし、どれだけ妹に飢えている男子の市場があるかを必要として考えた方が良いぞ」

 妹の生活で嫌な所が出てくるのだろう。恵美さんの立ち位置がよく分かる。そう言うラノベを読んで今の俺と境遇を掴みたい。

「それにしても蒲生はよく食うな」

 蒲生は今日もご飯大盛りでそれを勢いよくムシャムシャ食べている。


 五時間目授業は数学の時間。余弦正弦定理の応用を今日の授業で受けている。昨日の成果があったからなのか授業に戸惑わない姿勢だった。何とか一件落着。

 六時間目が終わり、それと共に周りは帰り出したりおしゃべりしたり。でも外はかなりの雨が降っている。とりあえず集中的な雨が校舎全体をずぶ濡れにしている。

「じゃあな蒲生、俺図書館に用事あるから」

「ラノベ探しですか? さっき俺の言った本でも漁って来いよ」

「うるさい」

 突然今日雨降ってきたから厄介。俺は予報を見て傘持ってきて正解。何とかずぶ濡れにはなりそうもない。今は九月後半。まだ蒸し暑さが残り、時に雨がどしゃ降りになるこの季節は本当に厄介。

「傘忘れたな。地下鉄の駅までどっかに雨宿りしながら行くしかないな。この辺りで駅までの間は官庁ばっかりだから俺みたいなのがそんな所で雨宿りするのが恥ずかしい」

「恥も外聞も捨てろ。それかびしょ濡れで地下鉄駅までダッシュだな」

 どうやら、傘を忘れた人も多いようで玄関には雨宿りしている人が多く存在する。でも俺は恵美さんを避けるためにしばらくは図書館で避難でもしよう。

 やはり図書館も何時もよりまばらに人がいる。今日に限って図書館の机は人が多い。やはり進学校だけあって勉強している人が大勢いる。特に今日は雨が降り続けるので病むまで勉強している人も大勢いるとか。

 そんな受験生と思われる人を尻目に俺は小説コーナーに行く。さっき蒲生が言っていたラノベ『進学校の劣等生の兄』を読んでみる。『お兄様』で有名な超優等生の妹と劣等生の兄が年子で比較され続ける兄の劣等感を書き続ける話。俺と同じ境遇だ。『やはり俺の青春恋愛はまちがいだらけ』も読んでみる。ひねくれ者の主人公の兄とブラコンのスクールカーストトップの妹。同級生には同じく超優等生で学年主席の美少女。その美少女も家では更に優等生の姉を溺愛する県議会議員の父親の贔屓に劣等感を抱き続ける。どっちも兄の劣等感を書き綴る話。今の俺の境遇に似ている。それでも前者は劣等生ながらに学年内で女の子に慕われ続け、後者は主人公が超優等生の美少女の辛さを分かち合う話。大事な縁だ。蒲生は本当に良い本を紹介してくれた。流石進学校だけあってラノベを借りる生徒も数多いとか。俺は直ぐに気になりこの二作を大人借りする。

 家に帰って続きを見よう。下校から一時間経っても止まない雨。図書館を出ると流石に四時半を回り人もまばら。このまま下校しよう。

 玄関も人もまばら。このまま帰ろうと思った矢先のことだった。

 恵美さんが一人で雨宿りしているのを見てしまった。

 学校では関わらないようにする事が約束。ここでは話しかけることはまずい。何とか通り過ごしたいと思ってしまう。

 でも俺には不可能だった。どうしても恵美が不憫だ。周りも人はまばら。もう上級生しか見当たらない。俺ら一年生はネクタイやリボンが赤。二年生は青で三年生が緑。青や緑なので同学年が少ない。今ならチャンス。流石にほっておけない。

 恵美さんは玄関で寂しそうな表情をしている。俺は傘を差して恵美さんに近づく。

「恵美さん、お疲れ様」

 俺は密やかに恵美さんに声をかける。

「か、和人君。ビックリさせないでよ。何で話しかけるのよ、先に帰ってよ」

「何言っている? 帰れなくなるぞ。このまま待っていたら完全下校になるぞ」

「私は雨宿りして帰るから」

 どうしても我慢ばかりする恵美さんが不憫。俺も兄としての責務がある。ほっておけない気道が高ぶる。

「一緒に、帰ろう」

「嫌だよ。バレるから」

「じゃあ、大通りを避けて裏道から帰ろうか、大阪城の裏側なら大丈夫。そっちなら誰もうちの高校の生徒は来ない、それで良いだろ。絶対気をつけるから、一緒に帰ろう。傘の中には言ったら良いよ」

 恵美さんは、またじれったい態度で俺の方を見つめる。

「・・・・・・じゃあ、お願い。人の通らない道で」

「了解。遠回りになるけど、人の通らない道ばかりを選んで帰れるから」

「お願い・・・・・・します」

 力のない小さな声でつぶやきながら、俺は傘を差し、恵美さんが濡れないようにしっかり恵美さんを覆い尽くすようにしている。恥ずかしいので校門はさっさと出た。


 俺と恵美さんは力なさげに歩いて行く。大阪城の西側、京橋口の方に向かって歩いて行く。恵美さんを真ん中に、俺は傘の少し外側によって歩いて行く。恵美さんと至近距離で接している。凄くもどかしい。

 大阪城の西の入口から大阪城境内に入っていく。しばらく歩いて行くと、目前には天守閣が、周辺にはほとりを囲んでいる。雨と時間のせいか、人の気配が全くない。雨の方も少しは弱まったかも知れないが、まだ降っている。アスファルトの舗装はびしょ濡れ。ここまでほぼ無言。少し安心したせいか、歩くペースを弱める。

「恵美さん、ここなら安心だぞ。自己紹介の時に来たいと言っていた大阪城、満足したか? このような雨の中の大阪城も悪くないだろ」

「あ、ありがとう・・・・・・こんな雨の中、敢えて人のいない大阪城周りを歩くなんて・・・・・・かなり幻想的な風景・・・・・・」

「行きたかっただろ。本当は」

「う、うん。入学して半年になろうとしているのに、天守閣はおろか、大阪城周辺すら実はまだ歩いたことすらない」

 雨の中、何となくじれったい温もりが俺と恵美さんを覆う。

「和人君は、優しいね。こういう時でも私の事をほっておけないと」

「それなら、赤川さんとかに何で傘に入れてもらわなかったの?」

「本当は入れてもらおうかと思ったけど、他の子も忘れた人が多くて、それで私はちょっと図書室寄って帰るって、皆に嘘ついてしまった・・・・・・」

 恵美さんは本当に何でもかんでもやせ我慢している。家でも学校でも。本当に窮屈極まりない生き方をしている。クラスの中の笑顔も本当に良い子ちゃんを演じている。あれだけ皆に配慮し明るく振る舞い、自分を押し殺す。その我慢に対するストレスのしわ寄せが俺の方に向いている。

「なあ、何でそういう時は友達とか俺に頼ったらいいのに」

 雨が止みそうにない中で俺は必死に恵美さんが濡れないように傘を必死に上下左右に動かしている。

「私は、良いの・・・・・・」

「良くないよ」

「もっと俺に頼って良いぞ、恵美さんのためなら本当にできる限りのことはするから」

「私は、人を頼ったり甘えたりする方法を知らないの」

 不憫すぎる。俺は恵美さんが心の底で何か苦しんでいるのが目に見えた。自分の中では平然を保っても自分自身の自己主張が出来ず、人の目線や機嫌ばかりを気にする。今日の朝食の件もそうだ。俺が色々炊事をしているから恵美さんにも色々自分自身でやらなくてはならない焦りが出たのだろう。俺は少なくともそう考えた。

「なあ、今日の朝とか、無理しなくて良いぞ」

「朝食のこと? 私は本当にやってみたいだけ。新しい生活で、色々刺激が強すぎて自分でもどうして良いか分からないときがある」

「少しずつで良いって、無理に何でも一変にやろうとしないで」

「和人君は、優しいね・・・・・・」

 恵美さんの顔が少しにやける。安堵した表情が見られた、一緒に過ごしてこんな表情は見たことがない。兄として最初の関門を成し遂げた。

「やっぱり、こんな立派な観光地なのに、本当に誰もいない。貸し切りだね」

 俺たちは人のいない大阪城の内壕から外壕に歩いて行く。野球場に大阪ホールを抜けて市民の森の方に向かっていく。森には霧がかかっており、草木の葉は水滴が落ち、神秘的な風景となる。流石にこの辺りは人もまばらになっているが、生徒はここにはいない。とても落ち着いた雰囲気だ。

「何か、こうして歩いていると、カップルのように見られてもおかしくないな、恥ずかしくないか?」

「何よ、私も恥ずかしいわよ。今は人がいないから良いけど、本当に私ビクビクしているから・・・・・・バカ兄貴」

 初めてそんな口を叩かれた。それでも至近距離は近く兄妹と見られる方がおかしいだろう。それでも正真正銘義理の兄妹だ。図書館で借りたラノベだと年子の優等生の妹はいちゃいちゃ。流石にそういうわけにはいかないだろう。現実と妄想の区別はつけないとおかしい。

「和人君、そんなことより肩大丈夫? かなり右の肩ずぶ濡れになっているよ」

 俺は恵美さんが濡れないように優先した結果、俺の体の半分が傘の外に出てしまった。気付けばカッターはずぶ濡れ。体が透けて見えている、はずかしい。

「気付かなかった。でも何か冷たい」

「大丈夫? 風邪引くよ」

「もう少しの辛抱だから大丈夫だって」

「無理しないようにね」

「無理はしない、恵美さんを濡らすわけには行かない。もう大阪城公園の南口だぞ。学校からかなりの遠回りコース、楽しかったか?」

 俺らはゆっくりじれったい二人の時間をこの大阪城のほとりで過ごした。初めて兄妹同士で二人っきりで家の外を歩いたと言う事実だけが残った。いつかは恵美さんと二人で行動することになるだろう。同い年の妹と二人。違和感がもの凄く残る。

「・・・・・・うん」

 そして、一呼吸置いて、

「・・・・・・ありがとう」

 俺は恵美さんの方を見つめる。

「どういたしまして」

 恵美さんの方に視線を向けて見つめて言う。

 その後は、黙々と大阪城公園の中を黙って歩いていった。ちょうど大森ノ宮駅に着く頃には雨は上がっていた。

「ここまで来たら、もう同級生はいない、安心した?」

「うん、もう最寄り駅ではないから、ここから先は二人で歩いても安心できるわ」

 俺は傘を畳み、恵美さんと少し距離を置いた。また一つ恵美さんから信頼を得る事を実感した。ドキドキした感触。異性と近づくことがなかった。ましてや家族。血はつながらない妹との距離感。俺の脳内が複雑に絡み合い何かが暴走してしまった。

「だけど、至近距離というのもかなりドキドキしてしまった」

 流石に義理の妹の真横は刺激が強かった。俺は女子との会話もマトモに出来ない中で急に義妹としての家族の縁が芽生えた。しかも学年一の美少女。本当にラノベの世界そのもの。俺は自分で頬を思いっきりつねったが、痛い。夢ではない。

 その時、いきなり恵美さんの顔が歪んだ。

「やっぱり、私の事を変な目で見た!」

 いきなり恵美さんが奮い立った。一言余計だった。

「変な目で見てないよ! いくら義妹であっても至近距離なら男には刺激が強い物だからちょっとは男の気持ちも理解して欲しいよ」

 俺も女子と二人きりなど生まれて初めて。そんな初な自分が正気になればどのような感情になるかは明らかだ。

「私、やっぱり一人でずぶ濡れになりながら帰った方がマシだったかも」

 恵美さんの顔は少し怖い。余計な一言を言ってしまった。

「そっちだって、かなり初々しかったぞ、何考えていたか分からないぐらい」

「何なの! やっぱり和人君最低。これから洗濯物は男女で区別しましょう。私、お母さんに洗濯の仕方教えてもらうから! もう任せない」

「何を? 俺は今日の雨といい親切にしたのに何で恩を仇で返すようなことを!」

 駅から家への帰り道は本当に恵美さんと喧嘩してしまった。家に帰る道のりで言い合いになる。これが兄妹ゲンカと言う物を一つ勉強した。リアルでの妹の癖が現実は複雑だから蒲生も色々妹と喧嘩するのだろう。妹が必ずしも夢ばかりではない意味がよく分かった。

 家に帰り着いた瞬間、恵美さんは俺の前を歩き、勢いよく玄関を開けて、ただいまも無しに家の中に帰り着いて俺もそれに続いて家の中に入った。

「おかえり」

 玄関に出迎えてくれたのは春子さんだった。

「今日、二人で帰ってきたの? 二人終に仲良くなったの? 恵美もあれだけ男の人苦手とか言っていたのに和人君は慣れたの? 流石二人もしかして——」

 春子さんは冗談交じりに言う。

「お母さんまで変なこと言わないでよ。和人君が余計な一言言うのが悪いのに」

 春子さんは恵美さんの前では本当に言いたいこと言う。そして俺と恵美さんが上手くいっている物だと思い込み、自分たちの妄想を言う。

「それにしても、和人君。右肩ずぶ濡れだけど大丈夫? どうしたの?」

 こんなことを正直に言ってしまえば、春子さんの暴走が止まらなくなる。どうしたら良いのか正直俺には分からなかった。

「傘忘れたから、和人君の傘に入れてもらってそれで大阪城の周りを散策しながら帰ってきた。傘の件は感謝しているけど最後に変なこと言ってしまったから私は怒っているの」

「あらあら、和人君。恵美と一緒に傘指して帰ったの? 恵美は傘持ってないから、雨の中は帰れないから間違い無く恵美が助けてもらったのでしょ。和人君に」

 春子さんはするどい。脳天気な柄なのに、人を見抜く力がある。

「そうです。恵美さんが雨宿りしていたから、学校の生徒に見つからないよう遠回りして帰りました」

「和人君は律儀正しいわ。早く中に入って! 和人君は風邪引いたらいけないから先に風呂に入りなさい、恵美ももう少し和人君に感謝しなさい」

「はいはい。和人君。ありがとう」

 恵美さんはさっきより口をとがらせ、そして怒り心頭の表情。そして俺は直ぐにお風呂に入って体を温めた。流石にあの雨の中なら風呂に入っても底冷えが止まらなかった。

 そして今日も家族揃っての夕食で両親は今日の傘のことで盛り上がる。それを自分も恵美さんも恥ずかしげに聞いて、顔を赤くしてしまい無言での食事になってしまった。

 やはり同い年の異性との生活の距離感は難しい。

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