学級委員長と不良少女 Ⅱ

 新入生を迎え入れ、梅雨を経て、もうすぐプールの授業が始まろうとしている。

 幸い教室にはエアコンが完備されているけれど、廊下は暑い。開放された窓はぬるくて弱い風とせみの鳴き声を取り込むばかりで、じわりと浮き出る汗を止めてくれる程の効果は無い。


 中学二年生へと進級したこの春より、私は白銀魅月しろがねみづきと同じクラスになった。

 校内一のヤンキーと悪名高い、あの不良少女だ。


 授業中は基本的に寝ているか、スマホをいじるか、先生と喧嘩をする。

 風紀なんてこれでもかというくらい守らない。カッターシャツのボタンは開けまくりだし胸のリボンはそもそも付けていない。スカートは誰よりも短く、伸びまくりの髪の毛を結びもしない。

 うちの生徒に手を出す所は見た事が無いけれど、噂では他校のヤンキーと殴り合いの喧嘩をするらしい。

 絶対に関わりたくない相手だ。

 ずっと、そう思っていた。




 授業中のこの時間、誰も居ない静かな廊下を、私は歩く。

 走る事はしない。校則で禁止されているから。


 私は眼鏡の位置を直し、推理をする。

 こういう時、不良少女が行く場所なんて簡単に見当が付く。

 漫画で良くある、王道展開だ。

 私は職員室で事情を説明し、鍵を手に入れ、一階から最上階まで上り切る。

 少し息切れしながらも、屋上へと続く扉を開けた。


 寂しい空間だった。

 ソーラーパネルが敷き詰められた屋上は、それを取り囲む高いフェンスも含めて面積の大半を占め、友人とお弁当箱を広げるスペースなどとても確保できない。

 外枠も軟弱な網のフェンスではなく、白い板状の仕切りが身長の倍は伸び、景色なんてこれっぽちも望めない。不慮の落下や自殺の防止なのだろうけれど、本当に、味気の無い学校だ。

 貯水槽へと続くはずの梯子はしごもやっぱり畳まれていて、登って縁に腰掛ける事もできそうにない。


 白銀魅月の姿は、屋上には無かった。




 私は鍵を返す為、再び一階まで下りて職員室へ。

 退室と同時に大きな溜め息が漏れた。

「そりゃあ鍵を借りていない時点で、居る訳ないか」

 頭に血が上って、そんな事も分からなくなっていた。


 いや、もしかしたら、漫画のような展開を少し期待していたのかも知れない。


「……いや、いやいやそんな事あってたまるか!」

 私は必死に否定した。

 そもそもこうして授業を放棄したのは、決して私がサボりたかったからではない。いつもいつも平然と、しかも私の目の前でサボる白銀魅月を、とうとう許せなくなったからだ。

 無意識に、足早になる。

 行ける場所なんて限られている。私は次に、体育館へと向かった。不良少女が向かう、私の中で定番ランキング二位の場所だ。きっと得意なバスケかバレーを一人でやっているに違いない。フットサルでも良い。

 そんな彼女を見て、私は言うんだ。


『貴女、才能あるわね』


 ――いや、いやいやいやいや。

 漫画の読み過ぎ。

 アニメの観過ぎ。

 てか私のポジション、謎過ぎ。


「はぁ……それ何て言うスポ根だよ……」

 色々迷走しボヤいているうちに、体育館に到着してしまった。

 生徒達の掛け声。

 ボールが弾む振動。

 靴が床を捻る音。


 今日の私は、どうかしている。

 体育の授業だって当然あるのだから、白銀さんが一人でスーパープレイなんてしている訳がないだろう。

「そう言えば白銀さん、足速いんだっけ」

 変な妄想に引っ張られ、私はグラウンドに向かった。


 誰も居ない。


 腕時計に視線を落とす。あと数分で、一時限目終了のチャイムが鳴る。

「……何やってんだろ、私」

 再び溜め息を吐いて、来た道をトボトボと帰る。

 その振り向き様に、発見した。


 グラウンドに面する、運動部用の部室棟。

 放課後まで無人の筈なのに。

 一番隅の部室から、男子生徒が出て来たのだ。

 白銀魅月と、一緒に。


 二人は何か言葉を交わして、男子生徒は周囲を警戒しながら、駆け足気味に校舎へと消えて行った。

 私がそれを目で追って、白銀さんに視線を戻した時――

 白銀さんも私を見ていた。


 心臓が跳ねた。

 ズキンと冷えて、そのまま止まって死ぬかと思った。

 そのくらい、彼女の視線は鋭い。


 長い前髪から覗く、深紫の大きな瞳。

 小柄で華奢きゃしゃなのに、その整った顔立ちと高い鼻梁びりょうが、幼さではなく大人っぽさを際立たせている。

 いつも何かを睨んでいるような吊り目と、平然と先生に逆らう素行不良も相まって、誰も近付けない雰囲気を常にまとっている。

 そんな、美人で強い彼女は生徒達にとって、密かな憧れの存在であり、先生や規則に縛られない『自由』を象徴する存在になっていた。


 下らない、と私は思う。


 彼女の格好が、風紀を乱す。

 彼女の行動が、格を落とす。

 彼女の存在が、私を狂わせる。


 悔しい。

 負けたくない。

 白銀さんが私に真っ直ぐ向かって来ても、私は逃げなかった。

 震えて後退りしそうになる足に、力を入れる。


「よ! いいんちょ」

 私の気持ちなんてこれっぽっちも知らない白銀さんが、笑いかける。

 頭に来る程、綺麗な顔で。

「……な、に、してたの?」

 声が枯れて震えた原因は、恐れではない。

 怒りだ。

「こ、こんな……運動部の部室で、男子と二人で、何、してたの?」

 私より背の低い彼女は、きょとんとした顔で首を傾げて、


「それ、聞いちゃう?」


 困ったように、苦笑した。

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