任務その一 渇望(4)

 戦闘終了後、僕はイズモと一緒に、敵のナノマシンを回収した。

 ガレオンの姿のつま先でちょんと触れると、イズモはそこからしゅるしゅると、さっきまで戦車だったどろどろに溶けた塊を吸い込む。

 それに、戦闘で破損した住宅街の補修も行った。僕らが、崩れた家や道路の陥没につま先や指先で触れると、そこがみるみる元の姿を取り戻していく。

 その作業が終わるのに合わせたように、また見慣れないものが出現した。

 僕の家の近くに、半透明の漏斗ろうとのようなものがどこからともなく現れる。大きさは、直径二メートルほどだろうか。その出口から、少女の姿をしたもの――ウィルフレームだろう――が出てきた。彼女が出てくると、漏斗のようなものはすぐに消える。

 イズモはそのウィルフレームと通信する。彼女が日用品などの物資を届けに来たという旨や、それぞれの担当地域を確認し合うと、新しく出てきたウィルフレームはどこかへと去った。

 僕が、次の言動に困っていると、

『さっきウィルフレームが出てきたものが、《ゲート》――時空間のある点から離れた点への瞬時の移動を可能にする「穴」、いわゆるワームホールです。実は宇宙のあちこちに発生しては消えている小さなワームホールの入り口と出口を、人体程度の大きさの物体が通れる程度に広げたものですね』

 と、イズモが説明する。それを聞いて僕は、

『それを通って、君もこの時代に来たわけか……。けど、過去に戻れるんだったら、それこそ戦争が起きる前にそれを阻止することだってできたんじゃないか?』

 と、僕は尋ねた。それに対しイズモは、

『それが……。確かに過去につながっているワームホールもあるため、過去に戻る《ゲート》もあります。しかし、ワームホールの入り口と出口がどこに出現するかは完全に自然任せな上に、一度使った《ゲート》はすぐに潰れてしまうため、自由自在に時空間を行き来できるわけではないのです』

 と答える。僕はため息をついて、

『じゃあ、イズモの時代からは、核戦争後のこの時代につながっている《ゲート》しか使えなかったから、戦争後の世界を復興するのがやっとだってわけか……』

 と理解した。『そうです』と肯定したイズモに対し、

『それで、いつどこからいつどこへつながっているワームホールが出現したかは、どうやって分かるんだ? ……あ、今から二〇四五年までに使われた《ゲート》を記録しておけば分かるんだ』

 と僕は一人で納得し、イズモも『その通りです』と答えてから、

『その《ゲート》の出現の記録や、それに復興作業の記録――《ロードマップ》という文書を、我々は持っています』

 と言い、僕の目の前に、その《ロードマップ》とやらを表示した。彼女が言った通り、いつどこに《ゲート》が出現したかや、いつどんな物資が送られたか、いつどんな復興作業が行われたかなどが詳細に書かれている。僕がそれを見て納得していると、

『……ただし、未来が必ずしもこの通りになるとは限りません』

 と、イズモは釘を刺してくる。『さっきの「敵」と関係あるのか?』と僕が尋ねると、

『はい。まずその前に、量子ゆらぎについて説明しておく必要がありますね』

 と、イズモは前置きした。『量子ゆらぎ? なんか聞いたことはあるけど……』と言いよどむ僕に、

『量子ゆらぎとは、物体の位置がはっきり確定していない状態のことです。これがあるために、過去や現在が同じだからと言って、未来の事象も必ずしも同じになるとは限らないのです』

 と、イズモは説明する。それを聞いて、

『じゃあ「敵」は、未来を変えようとしてるわけだな?』

 と確認する僕に、

『そうです。敵は真宇宙主義――簡単に言えば、綺麗な宇宙のために人類は滅ぶべし、という思想を掲げるテロリストです。彼らは、この時代の復興を邪魔して人類を滅ぼすために、《ゲート》を破壊しようとしているのです』

 と、イズモは恐ろしいことを告げた。『そんな……』と悲嘆ひたんする僕に、

『真宇宙主義側に寝返ったウィルフレームやフレーマー、それに現地協力者はまだいます』

 と、さらに恐ろしいことをイズモは僕に教えてから、

『だから――今後出現する《ゲート》の防衛に協力してくださいませんか? 門倉恵人さん』

 そう依頼してくる。

 僕は迷った。なぜなら、

『それって……人殺しすることになるんじゃないか?』

 という懸念があったからだ。イズモも、

『そうです。だから強要はしません。どうされますか?』

 と、あくまで僕の選択を尊重してくる。僕は、『少し……考える時間をくれ』と断ってから、

『それと、その間にやって欲しいことが一つある』

 と、イズモに頼んだ。



 僕は、さっき修復が済んだ僕の家にイズモを招き入れ、

「ここだ」

 その部屋に、イズモと亜沙人を入れた。父さんと母さんの遺体を安置していた部屋だ。

 僕がイズモに頼んだのは、両親の遺体の処理だった。僕が「頼む」と言うと、イズモは「承知しました」と答え――両親の遺体に触れて、彼らをしゅるしゅると掌から吸収する。

 しばらく待ってから、

「火葬は完了しました」

 と言って、イズモはにゅるりと、二つの壺を掌から出した。

「こちらがお父様のもので、こちらがお母様のものです」

 と説明しながらイズモは、父さんの骨壺こつつぼを亜沙人に、母さんの骨壺を僕に手渡す。

 一抱えある壺に収まるほどに小さくなってしまった、父さんと母さん。それらを亜沙人と一緒に受け取ると、じわりと視界がにじんできて、

「うっ……。うわああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 僕は、その場に泣き崩れた。亜沙人も、

「恵人……」

 と、涙声で僕の名を呼びながら、僕の隣にしゃがんで背中をさすってくる。しかし見れば、彼もぼろぼろと涙を流していて、

「「――あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」」

 僕たちは声をそろえて、骨壺を抱きしめながら号泣した。



 ひとまず落ち着いてから、僕らは骨壺を部屋の片隅に置く。墓への納骨のうこつはもう少し後だ。

 父さんと母さんをとむらって、涙をぬぐい、僕がまず思ったことは、

「やっぱり、死にたくはないな」

 ということ。

 黙って骨壺を見つめている亜沙人と、僕と目を合わせるイズモが、それを聞いていた。

 僕は続けて、

「その、真宇宙主義者とやらをほっといたら、僕らみんな死んじゃうかもしれないんだろ? だったら――協力するよ、イズモ」

 と言いながら、彼女に手を差し出した。イズモも、

「はい。よろしくお願いします、恵人さん」

 と答えながら、僕の手を握り返した。

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