任務その一 渇望(3)

「な――」

 その音源を見て、僕は息をむ。それは、全体的に平べったい車体を持ち、分厚い装甲をまとい、無限軌道で走り、大砲が突き出した車――つまりは戦車だった。

 それも一台だけではない。僕から見える範囲でも、四~五台はいる。それらが突然、この住宅街に現れたのだ。

 戦車たちは、何かを探すように、砲塔をあちこちに向けている。それを見てイズモは、

「通信しようとしても、応答がありません……。『敵』のウィルフレームです!」

 と断言して空中に飛び上がり、巨大化し――ヘリコプターに変身した。戦車のようにごつごつしていて、機首の下に機関砲を備え、両側に突き出した翼の下にミサイルをそれぞれ四発ずつ吊り下げた、いわゆる攻撃ヘリだ。

 彼女が攻撃ヘリに変身したことに応えるように、戦車たちは主砲をイズモに向けてきた。

 砲口でひらめく火球。一瞬遅れて、雷のそれのようなすさまじい炸裂音が、住宅街の空気をつんざいた。

 イズモは横にスライドするように飛びながら、その砲撃をかわしていた。続いて反撃。ミサイルがエンジンに点火し、敵戦車目がけて後ろに白煙を引きながらすっ飛んでいく。惜しまず全弾発射。

 戦車たちも黙って撃たれはしない。後ろ向きにスラローム走行しながら撃ち返す。そのために、イズモが撃ったミサイルの何発かは外れる。

 それでも、謎の戦車隊のうち三台にはミサイルが命中し、地鳴りのような轟音ごうおんを辺り一帯に響かせた。

 そこから、さらに僕は絶句することになる。ミサイルを食らい、形がぐずぐずに崩れた戦車たちは、すぐに元の形を取り戻したのだ。

 イズモもまた、僕を驚かせる。彼女は、ミサイルを全弾撃ち尽くしてすぐに、空になったミサイルラックににゅるりとミサイルを補充したのだ。

 ナノマシン群のロボット。それ同士の信じられない戦いを見て、僕はただただ言葉を失っていた。

 そして、戦いは膠着こうちゃく状態に陥った。戦車隊の砲撃をかわしながら、あるいはときに被弾ひだんしながらも再生し、ミサイルを撃つイズモ。イズモのミサイルをかわしながら砲撃し、あるいはときにミサイルを食らってもすぐに再生する戦車隊。どちらもほぼ互角だ。

 しかし普通に考えれば、上空から戦車を攻撃できるヘリに変身したイズモのほうが、有利なはずだ。

 それでも彼女が苦戦している理由は――フレーマーがいないために「戦闘」に特化できないことかもしれない。そこに、僕は彼女の戦いを観察しながら思い至った。

 僕がそう考えていると、戦車のうち一台が僕の家すれすれを通り、そしてイズモのミサイルを回避する。その流れ弾が、僕の家を直撃した。

 イズモが緊急で、信管をオフにしてくれていたのだろう。ミサイルは爆発しなかったが、それでも僕の家には大穴が開く。

 そこから見えたのは――

 遺体だ。それぞれ四十代半ば過ぎくらいの男女が、あらわになった僕の家の部屋に横たわっている。僕の父さんと母さんだ。



 父さんと母さんは、食糧難の中、僕に優先的に食料を回してくれた。

 父さんは、丸いお腹をさすりながら、

「なあに、ダイエットのちょうどいい機会だ!」

 と軽口を叩いて笑っていた。

 母さんも、

「母さんたちのことは心配しなくていいから。何とかするから。だから、ひとまず今ある食べ物は恵人が食べて」

 と、何の根拠もなく強がりを言っていた。

 そして、結局追加の食料も手に入らず、二人はみるみる痩せていって、そして亡くなったのだ。

 二人の死に向き合いたくなくて、僕は遺体を家の一部屋に安置したままでいた。



 だけど、今改めて両親の遺体に向き合って、まず思ったことが、

 ――死にたくない。

 ということだった。

 このままだらだらと戦闘が続けば、今度は僕自身が巻き添えで死ぬかもしれない。

 それに――あの「敵」たちは、今イズモを攻撃しているだけでなく、きっと僕ら全体に対して何かよからぬことをしようとしているのかもしれない。そう直観する。

 だから僕も、生きるために動く。

 僕は、イズモに向けて、

「イズモ! 僕を取り込め! そうすれば『戦闘』に特化できるかもしれない!」

 と叫んだ。

 ミサイルと戦車砲の撃ち合いの轟音の中でも、彼女はちゃんとそれを聞き取ってくれたらしい。僕の近くまで飛んできて、にゅるりと太い触手を伸ばして、僕を拾い上げた。

 イズモの中に取り込まれると、すぐに視界が前後左右と上下、三百六十度に広がる。これが彼女の感覚なのか、と驚いていると、

『同調率四十五パーセント。詳しい説明は後です。今は、あなたが「なりたい」形をイメージしてください』

 と、彼女の声が頭の中に直接「聞こえ」た。

 言われた通りに、僕はその姿をイメージする。身長十六メートルの、戦車が人型になったような、装甲をまとった巨人――

 ガレオン。僕の大好きな、一番イメージしやすい姿。

 それに変身するなり、僕らは地上に落ちた。

『うわっ!』

 慌てて、ずしん、と、道路のアスファルトに足をめり込ませながら着地する。

 よろよろと立ち上がっていると、敵の戦車隊からの集中砲火を食らった。ガレオンに変身したイズモはすぐに穴だらけになる。

 それでも、彼女がすぐに再生することに安心していると、

『ウィルフレームには、人間の脳と同じくらいの大きさのCPUがあります。そこを撃ち抜かれると終わりです!』

 と、イズモに釘を刺される。だが、

『逆に言えば、僕らが勝つには、敵のCPUを見つけ出して叩く必要があるってわけだな?』

 と、僕はすぐに理解した。『その通りです』と応じるイズモに、

『だったら、これで行こう!』

 と、僕は新たなガレオンのイメージを伝えた。

 ガレオンにも、火力重視のものや格闘重視のもの、戦闘機に変形できるものなど、いろいろなバリエーションがある。

 その中から僕が選んだのは、火力重視のものだ。全身のあちこちにミサイルランチャーやビーム砲、ガトリング砲などを搭載している。その、僕がイメージした通りの姿に、イズモはまた変身した。

 敵全体を視界に捉えられるように、ブースターで空中に飛び上がる。敵戦車は全部で十台。その全てを、一度にロックオンする。

 全弾発射。ミサイルやビームや、ガトリング砲の弾に五発に一発の割合で混じった曳光弾えいこうだん、それに閃光と爆炎と爆音が、住宅街の空気を塗りつぶす。

 僕らはすぐにミサイルや砲弾を使い切り、また全ての敵戦車が被弾しても再生する。構わない。イズモの高次元の「格納庫」から、弾薬となるナノマシンはすぐに補充され、撃ち続けることができる。僕らは、敵戦車の再生のスピードを上回る火力で押し続けた。

 そして、二回目の弾切れの時。敵戦車のうち一台に、ポリゴンで描かれた脳のようなものを露出させているものがあった。それを見て、

『あれがCPUです!』

『分かった!』

 僕らは、最重要の攻撃目標を定める。

 再び変身。今度のガレオンは、高出力のビームを撃てるライフルを持ったものだ。露出したCPUを隠すように、慌てて再生しようとする敵戦車に照準を合わせ――発砲。

 光るエネルギーの津波が、ターゲットの戦車を丸ごと飲み込み、消滅させる。その後すぐに、他の戦車がぐずぐずに崩れ、そしてどろどろに溶けていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る