任務その一 渇望(2)

 電気や水道が復旧して、スマホも充電できるようになった。だから、暇つぶしにゲームもできるようになった。

 それでも、ゲームばかりしていてもそれはそれで飽きる。学校が再開していないかイズモに尋ねたが、

「残念ながら、教職員のかたも亡くなっていて、学校も再開できない状況です」

 と告げられる。学校がいかに暇つぶしになっていたか実感していると、

「それでは、近所の避難所のお手伝いはいかがですか?」

 と、イズモに提案された。

 彼女に言われた通り、避難所になっている近所の小学校の体育館に行ってみる。そこにもウィルフレームとやらがいた。彼女らは掌からにゅるりとIHヒーターや鍋や食材を出して炊き出しをしたり、服が汚れている人がいれば、流体状のナノマシン群らしきもので覆って綺麗にしたりしていた。

 さらには、避難者の話し相手や子供やペットの世話など、彼らを生活させるための業務のほとんどをウィルフレームたちが行っていた。

 その中で僕ができることと言えば、炊き出しの配膳はいぜんとか、近所の人たちの話し相手とか、子供とのトランプでの遊び相手くらいだ。

 そんな形式的な仕事でも、やらないよりは気が紛れる。そう感じつつ、僕が近所の子供と七並べをやっているところに、

「ケイちゃん?」

 と、声を掛けてくる女性がいた。

 聞きなれた、だがしばらく聞いていなかった声に顔を上げる。

 そこにいたのは、二十代前半の活発そうな雰囲気の女性だ。ロングの黒髪をポニーテールにまとめ、垂れ気味の丸っこい目と丸顔を僕に向けている。全体的にむっちりした身体を、グレーのポロシャツとズボンに包んでいた。大きく張り出した胸についている名札には「阿川 音衣香」という名前がある。

「ねい姉え……」

 僕も、彼女のニックネームを呼び返す。彼女は、僕の隣の家に住んでいた幼馴染だ。

「ケイちゃん。無事でよかった。元気にしてるみたいだね」

「学校が休みだから、元気が余ってさ。だからここに暇つぶしに来た。ねい姉えは……運送会社の仕事、どうなってる?」

「そもそも会社自体、今はやってないんだ。うち、それでも物資を運びたくても、ガソリン不足でトラックが動かなくて困っててさ。そんな時、ウィルフレームのこの子と出会ったんだ」

 と、僕と少し話してからねい姉えは、隣にともなっている、明るい容姿の少女を親指で指した。

 彼女は、ロングの金髪をポニーテールにしていて、彫りの深い丸顔の中では青い垂れ目が輝く。筋肉質な身体に、ねい姉えとおそろいのグレーのポロシャツとズボンをまとっていた。その、ねい姉えに負けないくらい張り出した胸にある名札には「リブラ」という名前。

「ハロー! リブラといいマス! 合同復興チームのウィルフレームの六番機で、音衣香と一緒にトラフィックの仕事をやらせてもらってマス! 君が音衣香の言ってた、門倉恵人くん? よろしくお願いデス!」

 と、陽気にあいさつした。

「うち、この子にトラックとかタンカーとか輸送機とかに変身してもらって、物資を運んでるの。今日もここに食料を届けにきたとこ」

 それを聞いて、

「ウィルフレームって、そんなこともできるんだ?」

 と驚いた僕に、

「そう。この子ら、本当に何でもできて助かってるよ!」

 とねい姉えは答え、隣のリブラも、

「リブラたちに、復興はおまかせデス! 安心していいんですヨ!」

 と言いながら、ねい姉えとそろってVサインした。

 それを見て、僕も安堵あんどのため息をついた。



 さらに、その日家に帰ると、別の再会があった。

 誰かがインターホンを鳴らしたので出てみると、カメラの前にいた二十歳くらいの男は、

『俺だ。ただいま』

 とだけ言った。

 僕は、玄関へとダッシュしてドアを開ける。そこに立っていたのは、黒髪をつんつんに立てた男。卵型の輪郭の顔の中の切れ長の目を僕に向け、身長にして一七〇センチはありそうな筋肉質な身体を黒のTシャツと青の綿パン、黒のスニーカーに包んでいる。

 彼の姿を直に見て、僕は、

「亜沙人……。おかえり」

 と、その男――僕の兄の名を呼んだ。亜沙人は目をうるませて、

「恵人……。ただいま!」

 とあいさつしながら、僕を抱きしめてきた。さすがに僕もびっくりして、

「ちょっと、離せよ。そんなに寂しかったのか?」

 と抗議して、亜沙人の身体を押しのけようとする。彼も僕を離して、目をぬぐいながら、

「ああすまん。久々の実家で、感極まってな」

 と答える。続けて亜沙人は、

「……それで、父さんと母さんは?」

 と尋ねてきた。僕はただ、

「…………」

 黙って、目を伏せて首を横に振った。亜沙人も「……そうか」とだけ答える。

「そっちこそ、大学はどうなった? それと、後ろの女の子は?」

 と僕が尋ねると、亜沙人は「大学は休みだよ」と答えてから、

「この子はアイオワ。ウィルフレームだ」

 と説明しながら、さっきから後ろに控えていた少女を親指で指した。その、アイオワと呼ばれた彼女は、

「はじめまして。私はアイオワ。合同復興チームのウィルフレームの一番機。亜沙人に頼まれて、彼をここまで連れてきた」

 と、そっけないあいさつをした。彼女はセミロングの銀髪を揺らし、卵型の輪郭の顔の中では切れ長の緑の吊り目が輝く。スレンダーな身体を、白いブラウスと、黒のジャケットにスラックス、黒のパンプスに包んでいた。

 亜沙人とアイオワの説明を聞いて、

「なんだ。彼女かと思ったのに。じゃあ兄弟二人きりで退屈が続きそうだな」

 と言いながら、僕は彼を肘で小突く。亜沙人も、

「軽口を言う元気はあるみたいだな。よかった」

 と返しながら、僕を肘で小突き返した。



 翌日。イズモが訪問してくれている時に、

「おっすケイちゃん! お、アサちゃんも帰って来たのか! うちら、ちょっと時間余ったから立ち寄ってみたよ!」

 と言って、ねい姉えがリブラを伴って訪ねてきた。僕は彼女らを玄関先で迎えながら、

「そう言えばさ……。ウィルフレームってそれ自身が何でもできるし、何にでもなれるじゃん。どうして、リブラにはねい姉えが一緒にいる必要があるんだ?」

 と、先日から引っかかっていたことを聞く。それに対してイズモが、

「ウィルフレームが搭載する自律型AIは、よく言えば変幻自在へんげんじざいですが、悪く言えば器用貧乏なのです。だから、何かのタスクに特化するためには人間の操縦者――フレーマーと呼ばれます――の脳と融合し、操作してもらう必要があります。今私にはフレーマーがいませんが……。音衣香さんとリブラが、ちょうどいいデモンストレーションをしてくれるかもしれません」

 と答える。

 それに応じてリブラはうなずき、「ウォッチミー!」と明るく言いながら僕の家の前で巨大化し、二トントラックのようなものに変身した。

 だが、あくまで二トントラックの「ようなもの」だ。よく見れば、コンテナが歪んでいたりタイヤがぼこぼこだったりサイドミラーが曲がっていたりして、小さい子供が描いた絵みたいにディテールが狂っている。そんなものに変身した相棒を指差しながらねい姉えは、

「こんな風に、リブラ一人じゃ『輸送』のための変身が完璧にできないんだ。だから――」

 と説明してから、リブラが変身したトラックに乗り込んだ。すると、コンテナが綺麗な四角になったりタイヤがちゃんと丸くなったりサイドミラーがあるべき位置に収まったりして、リブラはちゃんとした「二トントラック」になる。その窓を開けて、ねい姉えは、

「うちが乗り込んで、『輸送』に特化させる必要があるんだ」

 と、説明を締めた。僕はうんうんとうなずくが、

「じゃあさ。どうしてリブラにも――それにイズモやアイオワにも、未来から一緒に来たフレーマーがいないんだ?」

 と、さらに気になったことをたずねる。ねい姉えがリブラから降りて、リブラも人型に戻ったところで、

「……私とアイオワのフレーマーは、自ら命を絶ちました」

 と、イズモは目を伏せながら答えた。リブラも、

「リブラのフレーマーも……敵に暗殺されまシタ」

 と、普段より声のトーンを落として答える。そんな穏やかでないことを聞いて、

「敵がいるのか? それって何者――」

 と僕が尋ねかけた矢先、重苦しいエンジン音が、僕の家の周りに響いた。

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