任務その一 渇望(1)
『……双方の陣営の核攻撃や、それに対する反撃の核使用で、これまでで全世界で二十七億人が死亡したと推定されます』
朝。生き残っている地方局のラジオからは、そんな暗いニュースばかりがずっと聞こえてきていた。
ラジオの声の合間に、お腹がぐぅー……と鳴る。
自宅の、電気がついていなくて薄暗いキッチン。そこで十五歳の僕は、袋から皿に乾パンを出した。一個一個数えて……七個。それを確認している間にも、
『放射性物質で汚染された地域のかたは、なるべく不要不急の外出や換気は控えてください。オゾン層も損傷しています。万一外出される際は紫外線から身を守るため、なるべく肌を出さない服装でお出かけして、帰宅後はすぐに着替えて、着ていた服を洗ってください』
という注意のメッセージが流れてくる。それを聞きながら、僕は乾パンを数え直していた。一、二、三、四、五、六、七……。一、二、三、四、五、六、七……。三回数えたが、やっぱり七個しかない。
乾パン残り七個問題はひとまず放置して、席を立つと、
『生き延びられる可能性はまだあります。希望を捨てず、可能な限り命と健康を守るための行動を取ってください』
という励ましの声――心なしか、アナウンサーの声にも悲痛な響きが混じっている――が、キッチンに空しく響いた。
それを聞きながら僕は、ふらつく足で歩き回り、がさ入れを
その決死の大捜索の合間にも、
『スーパー、コンビニなどへの食料品の供給が
という絶望を、ラジオは伝えてくる。少しでも現実逃避するために外を見ても――朝のはずなのに、空を一面どんよりと覆う黒い雲が、日の光を遮っていた。
そんな文字通り暗い風景から逃げて、再びキッチンに戻って着席する。そして、七個の乾パンに再び向き合った。
ラジオから再び流れてくる暗いニュースや注意事項、それに、
『生き延びられる可能性はまだあります。希望を捨てず、可能な限り命と健康を守るための行動を取ってください』
という必死の励ましの声を聞きながら僕は、
「いただきます……」
この家に残された最後の食料に、手を合わせた。もう何日も洗わず、キッチンペーパーで拭いただけのスプーンですくって口に入れる。
一個一個、じっくり味わいながら食べた。それでも、たった七個の乾パンはあっと言う間に僕の胃袋に収まった。
再び、お腹が鳴る。僕はそれをごまかすために、二リットルのペットボトルから水を飲む。
それでも、やっぱり鳴るお腹。僕は、ため息をつきながら、
「どうして生きてるんだろう……」
とこぼした。
世界の終わりのきっかけがいつだったのか、分からない。
ただ、二つの超大国の関係悪化や、とある地域での武力衝突が伝えられるようになってしばらくしてから、とうとう全面核戦争という最悪のニュースが入ってくるようになったのだ。
日本でも首都圏は壊滅状態に陥ったらしく、ラジオやテレビも地方局からの放送しかなくなった。
さらには物流もストップした上に、僕の家の近所でも買い占めや略奪が発生した。だから、スーパーやコンビニでも食料が手に入らなくなった。
だから僕は、家に残された食料を食べて生き延びていたわけだが、それにもとうとう限界が来た。
おそらく人生最後の朝食を取ってから、やることがなくなった。通っていた高校とも連絡がつかなくなっているから授業をやっているかどうかも分からないし、そもそもガソリン不足で、学校まで行くための公共交通機関だって動いていない。
だから、死ぬまでひたすら寝ていよう。そう思って席を立った時、玄関からノックの音がした。
世界が終わったのに、こんな普通の家をわざわざ訪ねてくるのは誰だろうか。疑問に思いながらも僕は、
「
という、女の子らしい高い声を聞きながら、玄関に向かう。
そしてドアを開け、その何者かに向き合った。
まるで、アニメか何かから出てきたような美少女がそこにいた。透明感のある水色のショートヘアを持ち、丸っこいグレーの吊り目と丸顔を僕に向けている。スレンダーな身体を、白いブラウスと紺色のジャケットとスカート、黒のパンプスに包んでいた。
死が近づいているために、僕は都合のいい幻覚でも見ているのだろうか。そう疑っていると、「はじめまして、門倉恵人さん」と少女から名指しで呼ばれ、僕は腰を抜かしそうになる。彼女は、持っていたタブレットを僕に見せながら、
「イズモと申します。にわかには信じがたいと思いますが――私は二〇四五年の未来に開発された、ウィルフレームというナノマシン群のロボットです。この二〇二五年の世界に、救援のために時間をさかのぼって派遣されたのです」
と、身の上を説明する。少女――イズモが持っているタブレットには、彼女の顔写真や、彼女が製造されたとされる二〇四五年の日付、それに「合同復興チーム」とやらのウィルフレームの九番機である
それを見ても、僕は首をかしげる。彼女はひょっとしたら、ただの頭のおかしいコスプレ好きの女の子かもしれないからだ。
いぶかしげな態度を見せた僕に、イズモは「ちょっと驚かせますね」と断ってから――なんと、タブレットをしゅるしゅると掌の中に吸収した。続いて彼女がにゅるりと掌の中から出したのは、小さな平たい箱と、水が入っているらしい二リットルペットボトル。
そんな、魔法みたいな現象を起こしてみせた彼女に、僕は目を丸くする。度肝を抜かれている僕に、
「ごらんの通り、私は高次元の『格納庫』に余計なナノマシンや物資などを収納することができるのです。そこに収納している分の食料と水――ひとまず一週間分をお届けにうかがいました。これで信じていただけましたか?」
と、イズモは説明した。
僕は黙ってうんうんとうなずいて、そして信じた。彼女が二十年後のハイテクで作られた存在であるということと、僕らを救援しにきたということを。
イズモは僕に食料と水、それに緊急連絡用のスマートフォン(型の端末)を渡した後、
「他に何か困ったことがあればお呼びくださいね。他のお宅や避難所にもうかがう必要があるので、今日はこれで失礼いたします」
と告げてから立ち去った。
イズモが届けてくれた食料は、現代でもよくある栄養補助スナックや非常用食料みたいな、ブロック型のクッキーだった。飽きないようにという配慮か、チョコレート味やヨーグルト味、メープル味などいろいろな味がある。
そして、未来の技術で、栄養バランスも現代のものより整えられているようだった。それを食べると、身体に力がみなぎってくる。
数日、その食料を食べて過ごすと、暇だしエネルギーも余るので、
「四十八……四十九……五十!」
と、僕は筋トレして時間を潰したりもした。
それから、何も連絡しなくても一日一回訪問してくれるイズモに、
「じゃあ今日は、床の掃除を頼もうかな」
とお願いしたりもした。イズモは「承知しました」と応じて、掌から掃除機をにゅるりと出して、てきぱきと床を掃除していく。
そして、家の奥の部屋を開けようとした彼女に、
「……そこは今日やらなくていい」
と、僕は釘を刺した。
そこには、今はまだ触れたくないし触れられたくないものがあるからだ。
それを聞いてイズモは、素直に「かしこまりました。では今日はこれで」と引き下がった。
そして僕は、広い家で一人過ごし続ける。一人で……。
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