最終話 大切なヒト

俺は高校を卒業して、大学二年生になった。今日は大学の入学式で、二年生は休講であるが、俺は大学に向かって自転車を漕いでいた。春の穏やかな風を受けながら、高校生のときを思い出していた。

栞梨と別れたあと、俺は高校を卒業するまで、誰とも付き合うことはなかった。のらとは二人で遊びに行くこともあったが、交際に発展するということはなかった。理由の一つに、栞梨と同じ高校に通っているうちは、どうしても彼女に対する罪悪感が拭えなかったからだ。廊下ですれ違うたびに栞梨は顔をしかめた。そのたびに、俺は申し訳なさで消えてしまいたい気持ちになった。高校を卒業して頻繁に顔を合わせることがなくなれば、罪悪感が消えるのかと言えば、きっとそうではないだろう。ならばいつまでも気にしていても仕方ないと思われるかもしれないが、高校在学中はどうしても、誰かと付きあう気にはなれなかったのである。もう一つの理由は、どうすれば嫌いな自分を好きになるのかを考え続けていたからだ。自分と向き合うことで、少しずつではあるが受け入れることはできたが、それは自分が納得できるほどではなかった。あのとき高架下でのらが言ったように、本当に難しいことをしようとしていると、改めて思うことになった。

 そんなわけで、俺はカノジョを作ることなく、クラスでは正道と談笑をして過ごし、放課後は図書室でのらと委員会活動をしたりしていた。正道は、俺と栞梨と別れたあと、すごく気遣ってくれた。親友に対して最低な妄想をしていた俺は、あるとき彼に謝罪した。さすがにあの夜の出来事の話はしなかったが、俺は正道に対して嫉妬したり憎んだりしていたことを正直に話して、頭を下げた。酷いことをした俺は親友に絶交されても仕方ないと覚悟していたが、正道は「カノジョと家が隣の幼なじみだし、右京にそう思われてるかもしれないってのは、想像してた。気にすんな」と白い歯を見せて笑った。そんな心の広い親友の言葉に俺は泣いた。それ以降は、時間の経過とともに、親友への罪悪感は少しずつ薄くなっていった。それと共に、この大切な存在の親友をいつまでも大切にしようという気持ちは強くなっていった。正道とは大学は別になったが、一カ月に一度は遊びに行っている。高校時代の友人は一生付き合える友人だと、卒業式の日に恩師が言っていたが、俺はそれが真実であると思えてならない。十年後もその先何十年も正道とは会って、談笑していることだろう。

そんなことを考えていると、大学に到着した。ちょうど入学式が終わった直後のようで、講堂前は新入生でごった返していた。これだけの人がいたら見つけられないなと思い、スマホで連絡しようと鞄から取り出したとき――


「うきょう!」


 聞き慣れた声で呼ばれた。


「入学式どうだった? 友達出来そうか?」


 俺は一つ年下のカノジョに、保護者のようなことを訊ねた。


「ふふん。わたしを誰だと思ってるんすか。どこかのぼっちセンパイと同じにしないでもらいたいっすね」


 カノジョは勝ち誇ったように胸を張った。


 カノジョとは俺が高校を卒業して半年後くらいから付き合い始めた。好きでいてくれたら付き合わなくてもいいとカノジョは言っていたが、俺にはどうも不安がっているように感じた。というのもカノジョが高校の入学式の日に本気で悔しがっていると思うようになったからだ。俺が大学に進学したことで、また一年間違う学校に通うことになる。カノジョは心配なんじゃないだろうかと思った。そして俺は高校二年生の新学期に、栞梨と違うクラスになったときのことを思い出した。あのときの俺は栞梨と別のクラスになって寂しかったし、不安だった。だけど付き合っているという事実が「お守り」のように感じて、この「お守り」があればなんとかなると思えた。だから、カノジョにも「お守り」をあげたくなったんだ。そしてカノジョは喜んでそれを受けとってくれた。こうして俺とカノジョの交際は始まった。


 俺は自転車を押しながら、カノジョとのんびりと歩きながら家に向かう。家では母さんがカノジョの入学祝いをするためにパーティーの準備をしている。少し準備が遅れているようで、ゆっくり帰ってくるようにと、さっきライソでメッセージがきたのだ。

 自転車で二〇分ほどの距離なので、歩けば一時間ほどかかる。だけどカノジョと軽口を叩き合いながら足を進めていると、なんの苦にもならなかった。どこまでも歩けそうな気さえした。

 隣を歩くカノジョを見やる。春の日差しを浴びて金色の髪がきらきらと輝いていた。カノジョは俺の視線に気づいたようで、意地悪っぽくにやりと笑みを浮かべる。


「なに、えっちな目でじろじろ見てんすか。こんな真昼間から発情したんすか。あんなに昨日の夜――むぐぐ」


 ほとんど人がいない歩道といえども、公共の場でなにかとんでもないことを言いそうなカノジョの口を手で塞いだ。


「ちょ、うきょう。いきなりなにするんすか」


 俺はこれ以上余計なことを口にしないように、カノジョを睨んで警告する。しばらくの間、俺に文句を言っていたカノジョだったが、俺の家が見えてきたあたりで、こんな質問をしてきた。


「ねえ、 うきょう。恋愛は早いもの勝ちだっていまでも思ってる?」


 高校生のときに図書室で質問をされたことを思い出す。当時の俺はその質問に「そう思う」と答えた。いまの自分ならどうなのだろうか。俺は少し逡巡して答えた。


「うーん。そうだな。やっぱり俺は早いもの勝ちだと思うな。だけど――」


カノジョは俺の話の続きを真剣な顔をして待っていた。だから俺も、カノジョの気持ちに応えようと、自分の想いをはっきりと口にする。


「だけど、良子にとってはそうじゃないって思ってる」


俺の言葉を聞くとカノジョは「わかってんじゃないっすか。さすがわたしのヒーローっす」っと言って俺の背中をバンバンと叩いてきた。そして嬉しそうに白い歯を見せて、にししと笑った。


 完

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カノジョのいる俺に小悪魔で金髪ギャルの後輩が迫ってくる 中山道れおん @ponkotsu-iccyo-heyomachi

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