第24話 中学時代のわたしとセンパイ②

 事件のきっかけは間違いなくわたしだ。当時のわたしははっきり言って調子にのっていた。中学に入学したときはあまりオシャレに興味がなく、黒髪で三つ編みだったわたし。制服も着崩すことなく、スカートの丈も膝下五センチの校則をしっかりと守っていた。

 しかし周りの友達がどんどんオシャレに目覚めていき、わたしは彼女たちに影響を受けて徐々に服装や髪形が派手になっていった。そして二年生に進級する頃には、金髪ツインテ、両耳にピアス、スカートの丈は膝上十センチと立派なギャルへと変貌を遂げていたのである。

 学校内で目立つ存在というのは、必ずしもいいことばかりではない。陽キャやスクールカーストのトップグループに所属していたとしても、目立つという理由だけでヘイトが集まるのだ。

 二年生の一学期から、その予兆は感じていたが、あまり気にしないことにしていた。二学期に入ると、いやがらせはエスカレートし始めた。上履きや机に落書きをされたり、教科書が破られていたり、体操服がゴミ箱に捨てられていたり。そのどれもが、おそらく放課後に行われていた。というのは昨日まではなんともなかった机や教科書が、朝登校して教室に入ると無残な状態になっていたからだ。そしてクラスメイトの犯行ではないとも思った。彼らの反応は、わたしに同情して言葉をかけてくれたり、可哀相という視線を送ってくる者が多かったから。ただ、わたし自身は、とくに悲しいとも辛いとも感じなかった。それよりもこんな酷いことをした犯人に対して、無性に腹が立っていた。ぜったいに犯人を見つけて、謝らせてやると、わたしは決意したのだった。


 そして十月のある昼休み。ついに、あの事件が起こった。わたしに対していやがらせをしたと思われる生徒が、図書室に現れたのだ。

 わたしと同じくらい派手な髪色で、着崩した制服の女子三人組。上履きの色で三年生だと分かった。三人のなかでリーダー格っぽい女子が、にやにやとした顔でわたしに向かって口を開いた。


「おい、野田。あたしの財布返してくんない」


 なにを言っているのか、さっぱり分からなかった。それよりもにやついた顔がむかついた。当然ながらそいつの財布など知らないので、わたしは反論しようとした。しかしそのとき、三人がなにかに気づいたみたいで狼狽していた。


「おいおい。あいつがいるんだけど」

「なあ、どうする。また邪魔されんじゃねーか。今日はやめとくか?」

「いや、もう引き返せねーんだから、覚悟決めろよ」


 そのようなことを小声で言い合っているのを耳にした。あいつ? 昼休みの図書室には、ほとんど生徒がおらず、いまも毎日足しげく通っている一年生の男子くらいしかいない。あの子のことか? 先輩女子の会話に出てきた「あいつ」とは誰なのか気になり推測していると、リーダー格の女子が声を荒げて、もう一度繰り返した。


「おい、野田。早くあたしの財布返せっつってんだよ!」


 その声を聞いて、図書室にいた一年生はビクッと肩を跳ねさせると、そそくさとこの場から去って行った。一方リーダー格の女子の声は廊下にまで響いていたようで、聞きつけた生徒が図書室の周りに集まり出した。

 わたしは、そのときいやがらせの犯人は間違いなくこの三人だと確信した。そしてわたしは嵌められたということも理解した。先輩女子の狙いはこうだ。そいつらの誰かが、わたしの鞄にこっそりと自分の財布を入れたのだろう。そして多くの生徒が見ている前で、財布を見つけて、わたしに手癖の悪い女子というレッテルを貼るというシナリオだ。それで済めばいいが、もしかすると先生に報告して、わたしを停学にするつもりかもしれない。いまも図書室の周りには生徒が集まり続けている。この人数の前でわたしの鞄から、先輩女子の財布が出てきたら、言い逃れはできないだろう。くそっ。そんなにわたしのことが目障りかよ。いいよ。こうなったらこいつらのシナリオ通りに動いてやる。だけどぜったいに仕返ししてやるからな。近いうちに同じ目にあわせてやるからな。


「聞いてんのかよ、野田。さっさと返せよ。あたしの友達が、あんたが財布とったところ見てんだよ」

「はあ? なに言ってんすか。わたし取ってないっすけど。ていうか、先輩って友達がいそうには見えないっすけど。幻じゃないっすかね」


 あっさりと財布を差し出すのも癪だから、わたしは言い返した。それになにか悪口の一つでも言わないと気分が悪いままだったから。そのあと、とった、とってないの応酬が続いた。しかしそのようなやり取りを数分繰り返していたが、リーダー格の女子と言い争っている隙に、別の先輩女子がわたしの鞄を奪い去った。もうこの茶番も終わりかと、わたしは悟る。そして多くの生徒が見守るなかで、彼女たちはわたしの鞄を漁り始めた。これから先、どうしてやろうかと思案していると――


「あれ? ない」

「いや、そんなわけないだろ。もっと底のほうも見て見ろよ」

「マジでないんだって……」


 どうやらわたしの鞄に入れたはずの財布が見つからなかったみたいだ。とりあえずこいつらの思惑通りにいかなかったようで、わたしは気分がよくなった。


「ほら、だからとってないって言ったっすよね。どうしてくれんすか?」

「……いや、その……」


 作戦が失敗して項垂れる先輩女子たちを見て、わたしは痛快だった。だが――。


「……悪い。お前の財布、俺がとった」


 いつもの無表情な顔をまったく崩さずに、先輩は自分の鞄からキラキラしたラインストーンでデコられた財布を取り出した。


「……え?」


 リーダー格の女子はなにが起こったのか理解できていないようで、立ちすくんでいる。


「だから、これお前のだろ。すまん。返す」

「……ま、またかよ」


 また? なぜか先輩女子が呟いた一言が気になった。先輩が彼女の財布を「また」とったというわけではなさそうだからだ。だけど彼女がなぜ「また」と口にしたのかは、そのときのわたしには分からなかった。

 やがて彼女たちは先輩から財布を渡されると、図書室の周りに集まった生徒たちをかき分けて立ち去ったのだった。

 そうしてこれでこの事件は終わったかのように見えたが、まだ続きがある。


 図書室の周りに集まった生徒の一人が、先生にこの事件のことを報告したのだ。そして先輩は停学になった。


 おそらく先輩は、以前からわたしがいやがらせを受けていることを知っていたのだ。先輩がいつ気づいたのかはわからない。ただ、先輩女子が口にしていた「また邪魔されんじゃねーか」とか「またかよ」という言葉から、何度かいやがらせを阻止してくれたということが推測できた。そしてそのいやがらせをしている犯人が、図書室に現れた先輩女子だということも把握していたはずだ。だから彼女たちは図書室へ入ってきたときに、先輩の姿を見てその言葉を口にしたのだろう。

 また先輩も犯人を知っているからこそ、彼女たちの目論見にすぐに気づいたのだと思う。そしてわたしとリーダー格の女子が言い争いをしている間に、こっそりとわたしの鞄から財布を抜き取って、自分の鞄に入れたのだ。でも、なぜ先輩がそのような行動をとったのかが理解できなかった。そもそも先輩女子の狙いはわたしであって、先輩ではない。だから先輩がわたしの鞄から財布を抜き取ってしまえば、その場は収まるはずだ。わたしの鞄から財布が見つからないからといって、次は先輩の鞄を見せろと彼女たちが言うわけがないのだから。だから先輩はその場が収まってから、廊下で拾ったなどと言って先生に落し物として渡せばいい。そういうことに頭が回らない男子でないことは、この数か月ほど話をしていて感じている。そう考えると、先輩の行動は本当に不思議なものに思えた。

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