第23話 中学時代のわたしとセンパイ①

 中学二年生の四月、わたしは図書委員会に入った。自分から望んで入ったわけではない。当時のわたしは熱心な読書家ではなく、小説よりもマンガのほうが好きだったし、さらに言えば友達と遊ぶことのほうがもっと好きだった。だから図書室に籠って本の整理をするような活動になんら興味をもつことはなかった。

 しかし中学校の方針でなにかしらの委員会に所属しなければならず、クラスでのくじ引きの結果、わたしは興味もないうえに、やりたくもない図書委員会に所属することになったと。そのときは本気で落ち込んだ。


 図書委員会での活動は想像していたように退屈なものだった。昼休みと放課後に図書室へ赴き、本の貸出や返却の手続をしたり、返却された本を本棚に戻す作業をするというのが主な仕事。それほど広い図書室ではないこともあり、わたしはまるで狭い籠の中に閉じ込められた鳥のようだなと自虐的に思った。

 このように仕事内容にわたしは不満があったが、もう一つ不満なことがあった。それは一緒に仕事をする図書委員がとても暗くて無表情な男子生徒だったということ。

 図書委員会の仕事は二人で行うことになっている。誰とペアを組むのかは、委員会の初日に決められる。ペアは同級生同士では組むことはできず、慣例として上級生と下級生で組むこととされている。ペアはくじ引きで決められ、図書委員会の活動が終了するまで解消することはできない。図書委員会の活動は前期と後期に分けられていて前期が終了するのは十月。つまり約半年間同じ相手と仕事をしなければいけないということだ。

 退屈な仕事であれば、せめてイケメンの先輩や話の面白い先輩とペアになりたいと願うのは当然のことだ。わたしはくじ引きの結果がでるまで祈った。話が面白くてイケメンの先輩とペアになりますように、と。

 ――しかし。わたしの願いは叶うことはなく、ペアになったのは前述のとても暗そうで無表情な眼鏡の先輩だった……。


 こうしてわたしは、くじ引きで図書委員会に所属することになり、くじ引きで冴えない先輩とペアを組み活動をすることになった。よほど前世で徳を積んでこなかったんだろう。くじ運が悪すぎる……。せめて現世でしっかり徳を積んで来世に期待しようと、前向きだか後ろ向きだかよくわからないことをわたしは思った。


 しかし図書委員会での活動が一カ月ほど過ぎると、わたしの図書委員会のイメージが少しずつ変化していった。

 仕事自体は予想通り退屈ではあったものの、一緒に仕事をする眼鏡の先輩が予想とは違い面白い人だったからだ。

 先輩は常にテンションが低いし、表情もほとんど変わらない。クラスメイトにもこの先輩と同じようなタイプの人がいる。こういうタイプの人は一人でいるほうが好きなのだと思うから、わたしはなるべく彼らの迷惑にならないように必要最低限のコミュニケーションをとるように努めている。だからもしも図書委員会で先輩とペアにならなかったら、話しかけることは絶対になかったと言い切れる。先輩も彼らと同じように一人でいるほうが好きなタイプだと思ったからだ。

 たしかに先輩は一人でいることを好むタイプのようで、初対面で挨拶をしたきりわたしに話しかけてくることはなく、黙々と仕事をこなした。しかし三回目の図書委員会での活動のとき、仕事も一段落してなにげなく先輩に話しかけると――なにを話したのか忘れたけど、おそらく本が好きなのですか?などのたわいもない質問だったと思う――わたしの目をしっかりと見てはきはきと返答してくれた。

 それはわたしにとって、とても意外なことだった。なぜなら先輩と同じタイプだと思っていたクラスメイトの男子は、わたしが話しかけると視線を合わせてくれなかったり、聞き取りにくい声で話すことが多かったからだ。だからわたしは先輩もクラスメイトの男子と同じように返答するとばかり思っていた。でも先輩はどうやらクラスメイトの男子とは違うタイプだということを、そのときわたしは理解したのだった。


 それがきっかけとなり、わたしは積極的に先輩に話しかけるようになった。先輩は本が好きみたいで、本を読まないわたしが本に少しでも興味を持てるように昭和の文豪のゴシップ話とかを面白おかしく話してくれた。またわたしも自分が好きな音楽の話とか映画の話とか友達の話とかをたくさん先輩に話した。先輩は無表情なのでわたしの話に興味があるのかわかりにくかったけど、退屈そうなそぶりはなく、いつもわたしの目を真っ直ぐに見て話を聞いてくれた。

 無表情な先輩だけど、よく見ると僅かながらも表情に変化があることに気づいた。彼は穏やかな性格なのか、喜びや嬉しさ、楽しさの感情を見せることが多かった。だけどたまに悲しみや苦しみの感情を見せることもあった。そうして観察しているうちに、わたしは他人から見るととても無表情な先輩の顔を可愛く思えるようになっていった。


 そして夏休みが始まる頃には、わたしは先輩のそんな顔がとても好きになっていた。


 このままずっと先輩と図書委員会で活動をしたいと思っていたけど、楽しい時間はあっという間に過ぎていき、やがて委員会活動の前期が終了する十月になっていた。

 後期も図書委員会で先輩と一緒にペアになりたい気持ちはあったが、残念ながら先輩は受験を控える三年生なので委員会活動は前期までだ。せめて残された時間を大切にしようと思っていたのだが、ある事件が起こったせいでわたしと先輩の図書室での時間は突然幕が下りることになった。

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