第13話 世界で一番可愛い俺のカノジョ③

スーパーで買い出しを済ませて、二人で手を繋いで帰り道を歩く。途中、栞梨が歯ブラシを家から持ってくるのを忘れたみたいで、ドラッグストアへ寄り道することになった。

 栞梨が歯ブラシを選んでいる間、俺はいつも使っている整髪料がそろそろなくなりそうなのを思い出して、売場に探しに行くことにした。

 お目当ての整髪料はすぐに見つかり、棚に手を伸ばして取ろうとしていると、袖をくいくいと引っ張られた。なんだろうと思って目をやると、栞梨が顔を俯かして立っていた。


「ん? どうしたんだ。歯ブラシは買ったか?」


 栞梨は首を小さく横に振る。


「じゃあ、一緒に会計しようか。俺も整髪料を買いたいし」

「……右京くん。あのね、もう一つ、買いたいものがあるの」


 蚊の鳴くような声でボソボソと言う。


「そっか、じゃあ持ってきなよ」

「……えーと、その、一緒に来て」


 栞梨は俺の手を掴むと、早足で売場を移動し始めた。普段よりも早い足どりで、俺の手を引っ張ってどこかへ向かう栞梨。


「お、おい、栞梨、なに、どうしたんだよ」


 俺が困惑していると、どうやら目的の場所についたようで、足がとまった。


「で、栞梨が欲しいものって、どれだよ」

「……う、右京くんは、こ、これ欲しい?」


 耳の先まで真っ赤に染まった顔で、栞梨は避妊具を指さした。


「こ、これって、これのことだよな?」


 ごくりと唾を飲み込んで、俺は念のために栞梨が指さした避妊具を手に取って確認する。栞梨は目をうるうるさせて頷く。カノジョの頭からぷしゅーと音を立てて煙が出ているように感じた。当然、俺も平常心でいられるはずもなく、身体中の血液が沸騰したのではないかと思えるほど、全身が熱くなっている。

 そんな滾るような熱を持った頭で考える。これって栞梨がこの先を望んでいるということだよな。どう考えてもそうだよな。栞梨の態度を見ても、まさか避妊具ではなくてキャラメルの箱と勘違いしているわけでもなさそうだし。うん、絶対そうだ。間違いなくそうだ。

 ちらりと栞梨を見やると、カノジョは俺を不安げ見つめていた。栞梨は俺と視線が合うと、すぐに目を逸らした。そして小さな人差し指をつんつんと突つきながら、俺の顔をちらちらと上目づかいで覗いてくる。栞梨は恥ずかしがりながら、ぼそぼそと早口で呟く。

「え、えーと、右京くんが、ほ、欲しくないなら、私は、い、いらないかな。あはは。あ、でもでも、いらないって言っても、その、付けないでもいいってわけじゃなくて、す、するならきちんと付けてもらいたいよ。あ、でもでも、欲しくないな――!」

 俺は栞梨にこれ以上しゃべらなくても大丈夫だという意思を込めて、カノジョの頭にポンと手を置いた。そして「買ってくる」と一言告げてレジに向かった。

 カノジョにここまでしてもらって、買わないなどという選択肢はない。すごく恥ずかしかっただろうに、勇気を出して行動してくれた栞梨に、俺は心から感謝した。そして絶対に栞梨を悲しませるようなことはしないと、固く胸に誓った。


 ドラッグストアを出てからは、もう栞梨のこと以外なにも考えられなくなっていた。いや、本当のことを言うと、栞梨とこの先に進むことだけが頭の中を支配していた。

 カノジョがこの先を望んでいる。いや、もしかすると積極的に望んでいるわけではないかもしれない。それでも、この先に進んでもいいという許可は与えられていることは間違いない。だから俺はどっぷりと夜が更けて、栞梨とベッドに入るのが待ちきれなかった。

 とはいえ、栞梨が俺のために振る舞ってくれた手料理をしっかり味わって食べたし、食後もユーツーブの動画を観ながらおしゃべりを楽しんだ。だけどずっと心臓がバクバクと大きく波打ち、手の平はじっとりと汗ばみ続けていた。

 目の前のカノジョが愛おしすぎた。どんな表情も可愛くて、どんな仕草も俺の心を鷲づかみにした。その声も、その髪も、その瞳も、その鼻も、その耳も、その口も、その首も――カノジョのすべてが愛おしかった。そしてカノジョを好きな気持ちは、一秒ごとに増していくように感じられた。

 何度も言うが、俺の頭の中は栞梨でいっぱいだった。


 俺の部屋のドアがノックされる。「はーい」と返事すると、ピンクのパジャマに身を包んだ栞梨がはいってくる。カノジョは恥ずかしそうにもじもじと身をくねらせていた。


「栞梨、こっちにおいでよ」


 心臓が飛び出すのではないかと思うほど緊張していたが、努めて冷静にカノジョを呼んだ。栞梨はいつもならてててっと小走りで駆けてくるが、今日は静かに歩いてきて、ベッドに腰掛けている俺の横に遠慮がちに座った。

 しばらく俺と栞梨はただ黙って、ベッドに腰掛けていた。


「ねえ、右京くんは、私のこと好き?」


 栞梨は真剣な表情で突然そう尋ねてきた。身体が強張っているように見えた。


「当たり前だろ。栞梨のこと好きだよ」


 好きだという言葉では足りない気持ちだったが、他になにも思いつかない。だから少しでも自分の気持ちが伝わるように、はっきりと口にする。俺の言葉を受けて、少し緊張がほぐれたのか、栞梨は口元を綻ばす。


「栞梨は、どうなんだよ」

「私はね、右京くんのことが大好き・・・だよ。右京くんは『好き』だったけどね」


 子犬のような丸い目を細めて、いたずらっぽく笑う栞梨。

「えー、ズルくないか? だったら俺は栞梨のこと、世界で一番好きだし。ちなみに『世界一』は『大好き』より上だからな」

「むう。じゃあ私は宇宙一好き」

「それなら俺は銀河一好きだ。とにかく栞梨が俺のことを好きな気持ちより、俺が栞梨を好きな気持ちのほうがぜーったいに上だ」

「もう、負けず嫌いだなー」


 栞梨は楽しそうにクスクスと笑う。そんな愛おしいカノジョの頭を俺は撫でた。


「好きだよ、栞梨」


 カノジョの細い肩を両手で掴み、しっかりと目を見つめて、俺は自分の嘘偽りのない自分の気持ちを伝える。掴んでいる栞梨の肩も、そして俺の手も僅かに震えていた。


「ホント?」


 潤んだ瞳で栞梨は俺を見つめてくる。

「ホントだ」

「ホントにホント?」


 俺が首を縦に振ると、栞梨は静かに目を閉じた。

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