第12話 世界で一番可愛い俺のカノジョ②

 日が傾きだして、部屋のなかも徐々に薄暗くなり始めていた。俺たちはあれから二時間ほど勉強に集中していた。いつもは栞梨だけでなく正道の勉強も教えているが、今日は栞梨一人に教えればいいので、勉強がとても捗っていた。


「ねえ、右京くん、この問題なんだけど」

「どれ?」


 栞梨が問題集を差し出してきたが、部屋が暗くなってきて見えづらかったので、カノジョの隣に移動する。


「ああ、これな。えーと、この場合は――んっ!」


 問題の解説をしようとしている俺の口に、突然柔らかいものが当てられた。一瞬驚いたが、俺の口を塞いでいるものの正体はすぐにわかった。隣に座る栞梨が唇を重ねてきたのだ。

 いきなりキスをされて困惑したが、すぐにいつもと同じように栞梨の柔らかくて温かい唇の感触に夢中になった。


「……びっくりした?」


 唇を離すと、潤んだ瞳で俺を見つめる栞梨は悪戯っぽく微笑む。


「ちょっとな」

「えー、ちょっとだけなの? もう! もっとびっくりさせたかったのにな!」


 栞梨はぷくっと頬を膨らましてむくれたが、本気で怒っていないことはカノジョの態度を見れば明らかだ。栞梨は俺に寄り添って、俺の頬を愛おしそうに撫でていたのだから。やがて熱っぽく俺を見つめる瞳はそっと閉じられる。長い睫がわずかに震えていた。

 俺は栞梨の桜色の唇に、優しく自分の唇を再び重ねた。もう何度もしているキスなのに、自分の部屋でカノジョとキスをしているということが非日常的に思えて、いつも以上に気持が昂ぶった。

 夢中で栞梨の唇を求め、カノジョもまた俺の唇を愛おしそうに重ねてくる。唾液が混じりあい、ぴちゃぴちゃという水音が静かな部屋に鳴り響いた。

  やがてお互いにどちらともなく、舌を口の中で絡ませ始めた。激しめのキスも俺たちは経験済みであった。

 しかし、これ以上先のことはまだ経験していない。栞梨と舌を絡めあい、快楽によって蕩けた頭で考える。栞梨はこの先のことを求めているのだろうかと。

 正直なところ、俺は栞梨の唇だけでなく、全身すべてを愛したいと思っている。だけど、栞梨がこの先のことを、いまはまだ望んでいないとすれば、自分の欲望を抑えるべきだ。栞梨のことを大切に想うなら、絶対にカノジョが悲しむようなことをしてはならない。

 だけど、どうやって栞梨がこの先を望むのか、または望まないのかを判断すればいいのかが分からない。直接尋ねるべきなのだろうか? だが、もしも栞梨が望んでいないとすれば、その質問をすることで嫌われたりしないだろうか? 身体目当てで付き合ってると思われないだろうか? そう考えると質問をすることがとても不安になってくる。

 では他になにかないい方法はないのかと俺は思案した。そう言えば、以前ネットかなにかで、女の子の反応をみて判断するという記事を読んだことがあるのを思い出す。それは、キスしているときに女の子の身体の一部に触れて、その反応でこの先に進んでもいいのかを判断するというものだ。この方法なら、直接訊ねなくてもいいわけだ。とてもいい方法だ! と思ったのだが……経験がなさ過ぎて、どんな反応ならこの先に進んでいいのかが全くわからなかった。

 結局、考えてもいい方法が出ないので、俺は意識のすべてを栞梨に向ける。そして好きだという想いをすべて唇に込めて、激しくカノジョと唇を重ねた。


 すっかり部屋の中が暗くなった頃、俺と栞梨は唇を離した。街灯の灯りが部屋を仄かに照らしている。そんな薄暗闇の中でお互いの顔を見つめ合った。栞梨の瞳から温かな愛情を感じられて、俺の胸は幸せに満ち溢れた。キスだけでこんなにも満ち足りた気持ちになるというのに、一体この先のことをするとどうなってしまうのだろうかと、少し怖くなった。

 しばらく見つめ合ったあと、俺と栞梨は食事の買い出しをするために、手を繋いで立ち上がった。そして部屋をあとにした。


 俺と栞梨は歩いて近所のスーパーに行った。そこで今夜の料理の食材を選ぶつもりだ。といっても料理は栞梨がしてくれるので、もっぱら食材はカノジョが選んでいる。俺はカゴを持つ係だ。なんだかこうして二人で買い物をしていると、新婚夫婦になったみたいでテンションが上がる。そんな想像をしていると、自然と口元が緩んだ。

 栞梨が二個の玉葱を手に取り「どっちのほうがいいかな」と迷っている間、俺はある決意を固めていた。それは栞梨にこの先のことを望んでいるのかをはっきりと質問することだ。

 さっきは、もし栞梨に訊ねることで、嫌われたり身体目当てだと思われやしないかと不安になった。しかしよく考えてみると、それは杞憂に過ぎないと思う。というのもこのお泊りデートは栞梨が提案して、こうして実現するに至ったからだ。もちろんそのことだけで、栞梨がこの先のことを望んでいるとは断言できない。だが、栞梨は恥ずかしがりだけど、男子の生態といものは割と理解していると思う。そのことは日常的に会話をしていて感じる。カノジョはけして、そういった知識に乏しいとは俺には見えない。だから栞梨はお泊りデートをすると提案したときに、俺がこの先を望んでいる可能性があることを、カノジョは気付いてはいるはずだ。もしも俺が訊ねたとしても、栞梨にとってその質問は想定内だろう。つまり質問をして嫌われる可能性は極めて低いということだ。

 よし、次のキスのときに栞梨にはっきりと訊ねよう!

 俺は、玉葱を選び終え、今度は人参を見比べている栞梨の横顔を見つめながら、そう固く決意した。

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