第6話 後輩の想い①

 まさか入学式の当日にのらに見つかるとは予想していなかった俺は、頭を抱えて机に突っ伏した。これから何日かかけて、ゆっくりと心の準備をしようと考えていたから、突然のらが現れて混乱してしまう。

 しかしのらは、そんな俺のことなどお構いなしに、俺の隣に座り顔を覗きこんでくる。

「もー、なんなんすか! せっかく可愛い後輩が、冴えないセンパイに会いにきてあげたんすよ! 顔ぐらいあげて、久しぶりに地蔵ヅラを拝ませてくださいよ!」

 のらは俺の肩に両手をのせてゆさゆさと揺さぶってきた。さらには俺が顔をあげないのをいいことに「起きてください、むっつりセンパイ」だの「聞こえてるっすか、陰キャのセンパイ」だの「おーい、キモキモ星人」だの罵詈雑言を浴びせてくる。最後のにいたってはセンパイという敬称すらない。なんだその異星人は。

 どうあがいても、この状況から逃げ出せないと悟り、俺は仕方なく顔をあげた。自然と口からため息がこぼれる。


「はあ、久しぶりだな。はあ、入学おめでとう。はあ、見たところ相変わらず元気そうだな」

「なんすか、はあはあはあはあって。変態ですか? 一年ぶりに女子と会話して興奮してるんすか? あ、でもセンパイのキモいところが変わってなくて安心したっすよ」

「……俺はのらの口が悪いところが変わってなくて残念だよ」

「わたし、センパイの前だと素直になれなくて、思っていることと逆のことばかり言っちゃいますからね」

「どこの恋する乙女だよ。お前ほど思っていることを素直に口にする奴はいねえっつーの」

「えー、そんなことないっすよ」とのらは、にししっと白い歯を見せて笑った。


 中学生のときも図書委員をしていた俺。三年生のときに約半年ほど一緒に委員会活動をしていたのがのらだった。

 出会ったときから何かと俺にちょっかいをかけてきて、一カ月を過ぎたころには先ほどのような掛け合いをよくするようになっていた。

 かなり言いたい放題で言葉を選ばずに話すのらだったが、不思議と腹は立たなかった。のらが本気で言っているわけではなさそうだったからだ。

 しかし中学三年生のときに俺がある行動を起こしたため、それ以来のらとは楽しく話すことはなくなり疎遠になった。結局、のらとの関係が元に戻ることはなく、俺は中学校を卒業した。そして、それきり一度も顔を合わすことはなかった。

疎遠になった理由の一つは、俺の起こした行動にのらが不満をもっていたことだ。だから次にどこかで会うときが不安だった。のらはまだあのときの俺の行動に不満を持っているのか、もしまだ持っていたら図書委員の頃みたいに楽しい時間を過ごすことはもう無理なのか、俺はそのとき笑えばいいのか、悲しめばいいのか、それとも素っ気ない態度をとればいいのか、何一つわからなかった。だからのらと会うのが不安だったんだ。

しかしこうして再会して、のらが図書委員の頃と同じようにに接してくれて本当に嬉しい。あの頃と変わらず軽口をたたき合えていることが素直に楽しい。今朝からずっと思い悩んでいたのがバカらしく思えるくらいに。

だけど、分からないことが一つあった。なぜのらが入学式の初日に、わざわざ俺を探してまで会いに来たのかということだ。俺がこの高校に進学していることを知っているのならば、数週間くらいのうちに校内で再会することはほぼ確実であろう。そのときに挨拶をすればいい。また俺を探すのであれば、入学式の日でなくても、学校生活が落ち着いてからのほうが、効率がよさそうに思える。だからのらの行動がいまいち俺には理解できなかった。

それでも、こうして会いに来てくれているのだから、俺はのらと久しぶりに過ごす時間を楽しもうと思い、それ以上考えないことにした。


「それにしてもお前よくこの高校に合格したな。しかも入試の成績トップだったんだろ」

「そうっすよ! 三年生に進級してからは、それはもうひたすら勉強をしてきましたからね! でもまさかトップになるとは思ってもいなかったっすけどね」


 のらは照れくさそうに頬を掻く。

 俺が知ってるのらは、成績の順位はたしか下から数えたほうが早かったと記憶してる。その彼女がわずか一年で、県内で一番偏差値の高い高校に合格したのだ。しかもトップの成績で。俺が想像する何十倍もの努力で掴みとった合格なのだろう。素直に感心するほかない。


「マジで、すごいよ。本にすれば売れるんじゃないか」

「本っすか? わたしの受験勉強の話なんか面白くもなんともないっすよ」

「いや、成績ビリのギャルが進学校にトップで合格する話だ。面白くないわけがない。映画化されるまである」

「完全に二番煎じっすよ! パクリもいいところじゃないっすか!」


 ジト目で睨みつけてくるのらだった。

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