第7話 後輩の想い②
ひとしきり談笑したあと、突然のらが真剣な表情で俺を見つめてきた。先ほどまでのふざけた様子は影を潜め、心なしか緊張しているように感じた。
「どうした? 俺の顔になんかついてんのか?」
どうにも居心地が悪い空気だったので、おどけた口調でのらに尋ねる。のらは首を横に振り、大きく深呼吸した。そしてなにかを決意したように重々しく口を開いた。
「センパイはどうしてわたしがこの高校を受験したのかわかりますか?」
いつもののららしくない、真面目な口調だった。
なぜ突然そんな質問をしたのか理解できなかったが、彼女の目が答えを欲しがっているように見えたので考えてみることにした。
のらがこの高校を受験した理由か。勉強しているうちに成績が上がっていき、先生からこの高校の受験を勧められたとか。もしくは将来の夢ができて、それを実現するためには有名な大学に進学する必要があり、進学校であるこの高校を選んだとか。あるいは――
いくつか思いついた答えをのらに伝えてみたが、そのどれもが不正解だった。
「あー、もうわかんねーよ! 降参だ! もういいだろ、答えを教えてくれよ」
「こ、答えっすか。こ、これはっすね、センパイに当ててもらいたいんすよ」
恥ずかしそうに視線を床に落とすのら。どうやら答えは恥ずかしがるようなことみたいだ。しかし、のらが恥ずかしがっているところをあまり見たことがないため、なにも思いつかない。
ふと栞梨だったらどんなことで恥ずかしがるのだろうか、ということが頭に浮かんだ。栞梨はよく顔が赤くなったりするから、なにか手がかりがつかめるかもしれない。まあ、そういう俺も栞梨から見るとよく赤くなっているのだろうから、カノジョのことを言えないのだけれど。
ひとしきり考えてみたが、栞梨が恥ずかしがるときは俺と手をつなぐときとか、俺とキスするときとか、基本的に俺も恥ずかしがるようなときで、しかもどれも俺が絡んでいることばかりだった。まさかのらの受験の理由は俺ではないだろう。そうなるとさっぱりわからない。
しかしそのとき、答えに窮している俺の頭に、天啓が閃くように一つの答えが浮かび上がった。その答えとは受験の理由のことではない。これまでののらの態度のことだ。
あまりにも真剣な態度だから微塵も疑わなかったが、もしかするとこれまでののらの行動はすべて演技なのではないかということだ。おそらく受験の理由の答えは「俺がこの高校に進学したから」だ。しかし、その答えは正解であるがダミーでもある。俺がそう答えるが最後、「なに自惚れてるんすか、ぷーくすくす」とからかわれるのだ。つまりのらの狙いはそこにある。俺をからかって楽しみたいということだ。
のらはこのような真面目に口にすると照れるようなセリフを俺に言わせようと一芝居をうったんだ。
のらの狙いがわかったからには、あえてそれに乗ってやろう。しかしただやられに行くわけではない。のらがからかってきたら、俺はそれを受けて落ち込んだふりをするのだ。さすがにのらも自分が軽い気持ちでした冗談で、俺が傷ついてる姿を見たら反省することだろう。からかいにはやってもいい限度があるということを、しっかりとのらにわからせるいい機会かもしれない。
そう考え終ると、俺はさっそく実行にうつる。まだ俯いているのらの肩に手をおいて話しかけた。
「も、もしかしてさ、のらが受験したのって、お、俺がこの高校に進学したからなのか」
出来る限り、照れているとのらに思わせる演技で俺はセリフを口にした。そしてのらの次のセリフを予想して、落ち込む芝居の準備を俺はする。だけど、のらのセリフは俺が予想していたものと違っていた。
「うん」
ぱっと上げられた顔は悦びに満ち溢れているようだった。その表情がどう考えても演技だとは思えなかった。
「わたし、高校でもセンパイと一緒にいたいから、たくさん勉強したんですよ。だからセンパイの高校に合格したとき、めっちゃ嬉しかったっす! やった、これでセンパイとまた学校生活を送れるんだなって! ホントにこの一年間はずっとセンパイのことだけ考えて勉強してきたんですよ! 夏休みも一日中自習室にこもって――――」
嬉しそうにこれまでの出来事を語るのらの姿に、俺は疑いの目を向けることはできなかった。それをしてしまうと、彼女のこれまでの努力を否定してしまいそうな気がして。
「それで今日は、センパイに会うのがもう我慢できなくて、さっそく会いにきちゃいました!」
そうだったのか。俺とまた中学のときみたいに学校生活を送りたいために、この高校に入学してきたのか。誰かにそんなことを思われていたなんて、まったく想像をしたことがなかった。心がほんのりと温かくなった気がした。
そうすると俺はやはりあのことが気になった。それはのらがまだ俺に対して不満を持っているのかということだ。一年前の俺の行動に対しての不満を。
もし忘れているのなら思い出させてしまうことになるが、これから一緒に学校生活を送るのであれば、不安材料を一つでも多く取り除いておいたほうがいい。そうでないと気になってしまい、本気で楽しむことができなくなってしまう。そんなことにでもなれば、せっかく俺と一緒に楽しい時間を過ごしたいと言ってくれる後輩に対して不誠実に思えた。
答えを聞くのは不安だったが、俺は勇気をだしてのらに尋ねた。
「のら会いに来てくれてありがとう。これからは中学のときみたいに、また楽しく過ごそうぜ。だけどさお前、俺に対して不満があったんじゃないのか?」
「不満っすか?」
のらは宙を見つめて唇に人差し指をあてて考えている。
「ほらあの出来事のあとにお前、俺にめっちゃキレてただろ?」
俺の質問を理解してなさそうだったので、記憶を呼び起してもらうため当時のエピソードを追加する。
「あの出来事――あー! センパイ、あのときはさーせんっした!」
俺に向けてぺこりと頭をさげるのら。謝られる理由がわからず、俺は困惑した。
「あのあと、マジで反省したっす。もっと冷静にセンパイに伝えるべきだったって。でも、あのときのセンパイの行動には、まだわだかまりはあるっすけどね」
言葉とは裏腹に、のらは白い歯を見せて笑った。その笑顔はまるで安心感を与えてくれるようだった。のらの言う「わだかまり」は、これから一緒に過ごす時間の妨げになるほどのものではないと感じられるほどに。だから俺は不安にならずに、のらと楽しく学校生活を送ろうと思った。
「そうか。ならこの話はもういいか」
俺があの出来事の話を切り上げようとすると、のらは唇を引き結び、急に真面目な表情になった。
「でも、あのときからセンパイは」
そこで区切ると、のらは熱っぽい視線で俺をじっと見つめた。彼女の顔は赤く、耳の先まで紅に染まっていた。
なぜだか急に心拍数が上がる。見慣れているはずの金髪美少女にいまさらながらときめいたわけではない。のらの初めて見る表情に、栞梨という大切なカノジョがいるのにもかかわらず、心臓の鼓動が早くなってしまうんだ。
のらは唇を一度きゅっと噛んでから口を開く。
「あのときから鎌ヶ谷右京は、わたしのヒーローなんです」
「……いや、俺そんな器じゃねーよ」
俺は本心から否定した。あのときの行動が、憧れを抱かれるようなものだとは俺にはとても思えないから。
しかしのらは、俺の言葉に首を横に振る。
「いいえ、センパイは間違いなくわたしのヒーローなんです! だから、わたしはセンパイを誰にも渡したくないんです!」
のらの瞳は潤んでいて、唇がわずかに震えていた。のらの言葉に宿る真剣な想いを全身で感じた気分だった。身体が熱を帯びたみたいに熱くなる。意識はのらにだけ集中していた。
だから気づかなかった。
「センパイ、わたしと付き合ってください」
のらは俺に抱きついて、胸元に顔をうずめながら、懇願するようにそう呟いた。
「え?」
いつ図書室へ入ってきたのかまったく気づかなかったが、驚きで声をあげた栞梨が俺たちのすぐそばで佇んでいた。
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