第5話 小悪魔で金髪ギャルの後輩
学校に到着し、入学式が行われる体育館に移動する。他の高校のことはよく知らないが、俺の高校では二年生、三年生も出席することを義務づけられている。
体育館に設置された座り心地のよくないパイプ椅子に座り、他の生徒と同じように黙って式が進行していくのを静かに見守る。
俺の頭の中は今朝の電車の車内と変わらず、中学のときの後輩のことでいっぱいだった。こんなことになるのなら、正道の話を聞かなければよかったと後悔した。しかし聞いてしまったからには、もはや手遅れでどうすることもできない。
あとはただ新入生代表の金髪美少女が、俺の知っている金髪美少女でないことを願うばかりだ。
主賓や校長の挨拶もつつがなく終わり、いよいよ新入生代表の挨拶になった。
どうか後輩ではありませんように。できることなら会いたくないんだ。頼むから違っていてくれ。頼む。頼む――――
司会役の先生が式を進行する。
「続いては、新入生代表の挨拶です。新入生代表、野田良子さん。お願いします」
その名前を聞いて、俺の頭は真っ白になる。そして、名前を呼ばれて登壇した金髪美少女を見て、俺の願いは叶わなかったことを知った。
正道が話していた通り、壇上で挨拶をしている女子は金髪美少女だった。体育館の照明を浴びてキラキラと輝く金髪はツインテールにしており、少しあどけなさが残る顔立ちとその髪型は見事に調和がとれていて、美少女らしさを際立たせていた。またやや釣り目がちな双眸は、勝気で聡い猫を思い起こさせた。体型はスレンダーなものの、引き締まるところは引き締まっていて、制服の上からも女性らしさが感じられる。肌も白磁のように美しく、どこからどう見ても金髪美少女だった。
ちなみにこれは俺だけが抱いている感想ではない。その証拠に彼女が登壇したときから、その容姿に生徒全員の視線が釘付けになっているからだ。
一年前に最後に会ってから、少し大人びたようだったが、中学生のときと変わらず野田良子は可憐で美しい女子であることは間違いなかった。
しかし俺にとって、野田良子の外見なんかどうでもいいことだ。あいつが美少女だということはもうすでに知っている。だからいまさら驚くことはなにもない。加えて俺には栞梨という世界一可愛いカノジョがいるから、あいつに心を動かされるようなことは一切ない。
それよりもこの新たに発生した問題を解決するために、頭を働かせなければならない。その問題とは、いかに野田良子と会わずに高校生活を送るのかである。全校生徒が千人以上いる高校なので、そう簡単には会うことはないだろう。校舎は一つしかないが、学年ごとに階が異なるため、意図的に他の学年の階に行かなければ、廊下で出くわすということもあるまい。
しかし卒業するまで、まだ二年もある。これからの二年間を、まったく野田良子と出会わずに過ごすというのはおそらく不可能だ。
そして間違いなく野田良子は俺がこの高校に進学していることを知っている。俺の通っていた中学で、この高校に進学したのは直近五年間で俺だけなので、野田良子だけでなく地元の中学の生徒にほぼ知れ渡っているからだ。
だからもし野田良子が俺のことを探したら、あっという間に見つかることだろう。そのとき俺はどういう気持ちで野田良子と顔をあわせればいいんだろうか。
けして嫌っているわけではないけど、可能な限り会いたくない。野田良子は俺にとってそういう複雑な気持ちを抱かせる女子である。
いつか出会うことになるだろうが、その「いつか」がなるべく遅くであるように俺は願った。
しかし俺の願いは、またしても叶うことはないと、すぐに知ることになる……。
入学式が終わり、一年生は退場し、残った二年生と三年生に向けた始業式があった。そのあとは新しいクラスでホームルーム。それが終わると今日は終了となる。
クラス替えでは、正道とは同じクラスになったが、栞梨とは違うクラスだった……。俺はクラス替えを呪った。
だけど、「付き合っている」という事実がお守りのように思えて、このお守りがあれば、どれだけ遠い距離にいても栞梨とは離れ離れではないと思えた。遠距離恋愛をするわけではないから大袈裟かもしれないが、たとえ隣のクラスであってもお守りを持っていてよかったと感じた。
「とはいえ……はあ」
「おい右京。しぃと違うクラスになって悲しいのはわかるけど、俺の顔を見て溜め息つくなよ」
正道は苦笑いを浮かべて、俺にデコピンをした。
「まあ、学校行事とかもできるだけしぃと一緒に過ごせるように協力するからさ。元気だせよ」
「マジで⁉ 期待しちゃっていいのか」
「まかせとっけて! 黒船に乗ったつもりでいろよ!」
「お前ペリーかよ」
「ペリー? あー、鎖国の外人か! ん、ペリーっていつ日本に来航したんだっけ」と急に気になったらしく歴史の教科書を開く正道。ついでに国語辞典で「大船に乗ったつもりで」を調べたほうがいいぞ。
熱心に教科書で調べものをしている親友の姿を眺めて、本当にいい奴だなと思った。面倒見も良いし、いつも相談に乗ってくれる。だけど、いつまでも正道の優しさに甘えてるのはよくないとも思った。だから栞梨と別のクラスになったけど、なるべく正道に甘えずに自分で行動して、栞梨との仲をもっと深めようと俺は誓う。
そうして、励ましてくれた正道にせめてものお礼をしようと「嘉永六年、一八五三年」と教えてあげた。
ホームルームは主に自己紹介と、どの委員会に所属するのかを決めて終了した。ちなみに俺は一年のときと同じく図書委員会に所属することにした。本に囲まれた空間は俺にとって桃源郷だからだ。
こうして新学期の初日は終わった。栞梨と正道は生徒会の業務が少しあるみたいで、俺はいつも通り図書室でカノジョを待つことにした。
翌日から試験なので、図書室は閉められていたが、図書委員のときにお世話になっている先生にお願いして開けてもらう。こういうとき真面目に委員会活動をしていてよかったと感じる。
他の生徒は明日の試験勉強をするために早々と下校したようで、校内はひっそりと静まり返っていた。カノジョが来るまで俺も図書室で勉強しようと教科書とノートを鞄から取り出す。
そのとき、ガラッと勢いよく図書室の扉が開いた。静かな校内で突然大きな物音がしたので、驚いて扉のほうを見た。そして俺はさらに驚くことになるのだった。
「やっぱり、ここにいたんですね。一年ぶりっすね、センパイ」
そう言うと野田良子、いや、のらは口の端をあげてにやっと笑った。
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