第4話 新学期の初日

短かった春休みが終わり、新学期が始まる初日。俺は自転車を漕いで、栞梨と待ち合わせをしている駅に向かう。

 俺の家から栞梨の家までは自転車で十分ほど。しかし電車だと三十分かかる。道路は真っ直ぐ伸びているが、線路は途中で大きな駅に停車するため直線ではなく、楕円を描くように迂回しているから時間がかかるのだ。

 だから俺は通学時間をなるべく短縮するために、栞梨の家の近くの駅まで自転車で通うことにしていた。とはいえ、その駅から高校までさらに電車で一時間ほどかかるのだが。一時間十分と一時間三十分の差はかなり大きい。片道で二十分、往復で四十分も時間が短縮される。この時間があれば、短篇小説であれば読み終えるまである。

 それとあともう一つ、自転車で通学している理由がある。それは俺の家の最寄りの駅を利用したくないからだ。俺の住んでいる町が田舎のせいもあり、町に駅が一つしかない。そのため最寄りの駅を利用すると、中学のときの同級生に会うことを避けることはできない。俺は同級生に会いたくなかった。いやもう少し正確に言うと、同級生が俺と会うことで不快になるだろうから、そのような気持ちにさせないためにも俺は会いたくなかった。

 同級生が俺のことを不快に思う原因は、俺自身にある。中学三年生の二学期に起こった出来事が原因だ。原因のきっかけを作ったのは一学年下の女子だったが、原因となる行動を起こしたのは間違いなく俺だ。だから自戒の念を込めて、俺は同級生に会わないように最寄駅を利用しないようにしているというわけだ。またそれと同じ理由で、いまの高校への進学を決めた。俺の通っていた中学からは、直近五年で入学した生徒が一人もいなかったからだ。

 そんなことを考えていたら、待ち合わせの駅に着いた。いつもと同じように駐輪場に自転車を停めて、栞梨の待つ改札へ向かう。


「右京くん、おはよー」


 ぱっと花が咲いたような笑顔で出迎えてくれる栞梨。俺の姿を見つけると、てててっと小走りで駆け寄ってくる。子犬みたいで可愛い。朝から顔がにやついてしまう。

 俺も栞梨に挨拶を交わし、二人で改札を通ろうとすると――


「おい! 置いてくなよ!」


 飼い主から見捨てられた大型犬のように切ない声で訴えながら、よく見知った男子が追いかけてきた。


「あれ、正道いたんだ」

「いるし! いつもいるし!」

「まーくん、いつ来たの?」

「いたし! ずっといたし!」


 どうやら俺の親友は「いるし」と「いたし」しか話せないイルシイタシ病に感染してしまったようだ。ご自愛ください。

 こうして俺たち三人は、いつもと同じモーニングルーティンを楽しむ。

 正道も一緒に通学しているのは、学校に着く時間がちょうどいい電車がこのダイヤしかないのが理由の一つ。一本早いダイヤだと早く着きすぎるし、一本遅いダイヤだとギリギリになってしまうからだ。そしてもう一つの理由は、栞梨と正道の家が隣同士だからである。さらにそれだけでなく二人は同じ高校に通っている。そんな彼らに俺が栞梨と二人きりで登校したいという我がままで、電車の時間をズラしてもらうなんてことはさすがにお願いできない。だけどそれらの理由を抜きにしても、なんだかんだ言ってこの三人で登校するのが楽しいし、俺が朝のこの時間が好きだからというのが一番の理由なのかもしれない。


 電車の車内は、通勤通学の時間帯ではあるが、それほど混んではいない。高校が都心部とは逆の方向にあるからだ。だから俺たちはボックス席に座って談笑しながら、のんびりと通学していた。


「そういえば、今年の新入生の代表って金髪らしいぞ」


 生徒会に所属していて情報通の正道がネタを提供してくれる。


「そうなんだ。男子なの? 女子なの?」


 金髪の新入生に興味をひかれたみたいで、栞梨が目を輝かせた。

 俺たちの通う高校は成績至上主義で、勉強さえしていれば校則はあってないようなものだ。つまり髪をどんな色にしていても成績さえよければ何も言われない。それでも金髪にしている生徒はほとんどいない。この『成績さえよければ何も言われない』というのが裏を返せば、成績が悪いと言われるということを生徒が知っているからだ。そのため、自分の成績は絶対に落ちることなどないと思っている自信家以外は、校則に従っているというのが現状である。


「それが女子だってさ。しかも先生の話だと、かなりの美少女みたいだぜ」

「金髪美少女の代表か」


 ふと中学のときに後輩だった少女の姿が頭をよぎった。

 そう言えばあいつも金髪だったな。ただ成績はよくなかったから、この高校に入学するのは難しいだろう。仮に猛勉強の末に入学できたとしても、新入生の代表になっているとは考えられない。新入生の代表は入学試験でトップの成績を修めた生徒がなるものだからだ。

 それにもしあいつだったとしても、正直なところどういう態度で接したらいいのかわからない。それは中学のときの同級生と会いたくないのとは違う理由ではあるが、積極的に会いたいとはどうしても思えなかった。

 俺は頭を振っていま考えていたことを忘れようと努めた。


「ん? 右京、どうかしたのか? なに、金髪美少女が気になんの?」

「えー、そうなの?」


 栞梨が頬を膨らませて抗議してくる。


「いや、違うって! 俺が好きなのは黒髪美少女だから!」


 カノジョに変な誤解をされないように急いで否定したが、いきおいで惚気てしまったことに気づき、顔が羞恥で熱くなる。栞梨は両手で頬を抑えて「えへへー、右京くんに美少女だって言われたー」と顔を綻ばせる。一方で正道は「朝からごちそうさまです」と苦笑しながら、俺たちを温かい目で見守っていた。

 いつもと変わらない楽しい通学の時間。だけど、さっきから忘れようと努めているはずなのに、ずっと金髪美少女のことを、いや中学のときの後輩のことを考えてしまい気持ちが落ち着かなかった。

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