23 その少女、三日月みかげなり


 試験は私の番だ。


「次、三日月みかげさん。どうぞ」

「は、ハヒ!!」


 うわ噛んだ!!


 焦って立ち上がると、座っていた椅子に足が引っかかって転びながら教室に飛び込んでしまった。

騒がしく乱入した私を、窓際に一列に座っている先生達はギョッとしながら見守っていた。


「だ、大丈夫ですか?」

「だだだ大丈夫でふ」

「では試験を始めますよ? 準備はよろしいですね?」


 進行役の先生が私に確認を取る。

私は教室のど真ん中で直立した。


「は、はぴ!! よろちくおねぎゃしま!!」


 緊張しすぎてうまく喋れないんだけど!?


「えーと……大丈夫ですね?」

「ふむ!!」


 ぎゃぁぁ! 空回りすぎてる!!


「すみません、ちょっと良いですか?」


 並んでいる先生たちの、一番右端にいた人物が手を挙げた。

それは、ネイビーのスーツを着た……。


 シトアだ!!

シトアってスーツ着るんだ!?


 シトアの姿を見たら一気にホッとして、ど真ん中にザマス先生、一番左端に瑠璃ねぇが座っているのを認識した。

瑠璃ねぇは笑っているのを書類で必死に隠している。


 立ち上がってこっちまでやって来たシトアは私を教室の隅まで連れて行くと、背中をポンと一度叩いた。


「はい、息吸って」

「すーー」

「もっと」

「すーーーー!?」

「まだいける」

「ブハッ!?」


 頑張りすぎて私の肺は崩壊した。

ゲホゲホと咳き込む私を見てシトアは頷く。


「大丈夫そうだな」

「どこが!?」


 あ……。

やっと普通に喋れた。


 そう気づいた時にはシトアはもう席に戻っていた。

進行役の先生が手を上げる。


「三日月さん、始めてもいいですか?」

「はい、すみません! 大丈夫です」

「魔宝石を作る材料は机の上に用意してあるので好きに使ってもらって構いません。では、五日間ここで学んだ事をあなたなりに発揮してください」

「はい!」


 元気よく返事をする。


 けど、私を見ているのは瑠璃ねぇとシトアくらいだ。

試験官は全部で十人もいるのに。


 みんな書類を眺めていたり、あくびをしていたり腕を組んで寝ているような人もいる。

ザマス先生はずっとメガネを拭いていた。


 え!?

もうちょっと興味を持ってくれてもよくない!?


 私の心臓はズキズキと痛み始める。


 そうか、私はどうせ大したことはできないから評価する意味もない。

だから見るだけ無駄。

きっとそう思ってるんだ。

 

 ……でも。

やってやろうじゃん!!


 私は早速机の上にある魔宝石の材料に目をつけた。

そこにあるのは、クォーツ草が数本、大きな木の葉が数枚、綺麗な白い石が数個、それから鳥の羽や花びら、動物の毛や牙だ。


 よし、まずはクォーツ草を風の魔法でーー。


「……え?」


 と、書類を見ていた先生が声をあげる。

その隣にいた先生も何かに気づいて顔を上げた。

そして、他の先生達も私の魔法を見て次々と慌てて立ち上がる。

シトアと瑠璃ねぇ以外は。


「ちょ、ちょちょちょっと!! 何やってるの、遊びじゃないのよ!?」


 ザマス先生は私の作ったそれを弾くように手で払った。

“それ”とは、シャボン玉のことだ。


 クォーツ草からシャボン玉が溢れ出ている。

溢れすぎて私はもう目の前が見えないし先生たちの席まで圧迫してきていて非常にまずい。


 う、うわぁ!!

やばい、気合いを入れすぎて失敗したーー!!


 で、でも、大丈夫。

ある一点だけは計画通りだ!


「ご、ごめんなさい。やりすぎました」


 私はシャボン玉を逃すために急いで窓を開けた。

教室内に風が舞い込んでシャボン玉が乱れるように外へ出て行く。


「うわぁ、綺麗ですねぇ」


 瑠璃ねぇは一人だけ喜んでいた。

全部のシャボン玉が外に出て行くと教室内は平和を取り戻す。

と思いきや、ザマス先生は怒りのオーラを大噴出した。


「あなたねぇ、ここはおもちゃを作るための学校じゃないのよ!? 馬鹿にするのもいい加減にしなさい、直ちに試験は終了です!」

「え!? ちょっと待ってください、まだ続きが……」

「続き? どうやって試験を続行するっていうのよ。もう机の上に何もないじゃない!」


 ザマス先生がクォーツの材料があったはずの机を指す。

確かに、シャボン玉に包まれて全部外に出て行ってしまった。

私の目の前にはもう何もない。


「いえ。これで良いんです」


 私が胸を張ると、ザマス先生は余計に青筋を立てる。


「なんですって?」

「私は、わざと目の前にある魔力を外へ還しました」

「ハァ。これ以上付き合ってられーー」

「赤渕先生」


 私を追い出そうとザマス先生が立ち上がったのを、シトアが手を上げて制した。

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