23-2
「最後まで聞いてあげましょうよ」
「ですがッ!」
「公平にチャンスを与えないと」
その一言で、ザマス先生は渋々席に座り直す。
正直ザマス先生は苦手だ。
でも、弱気になりたくない。
自分が正しいって思いたいから、私は大きく息を吸った。
「魔力には心がある。魔力も生きている。それが私がここで学んだ事です。だから……」
私は目を閉じた。
遠くで風の音が聞こえる。
物体のない世界に飛び込んで、魔力に触れる感覚。
その海に流れている途中で自分が魔力の中に溶け込んだような気がした。
ーー眩しくて、あたたかい。
そう思って目を開けると、私の手の中に吸い寄せられるように大きなクォーツが生まれた。
「だから私は、自然のあるがままの姿で魔力と心を通わせたいんです!」
先生たちは誰も喋らなくて、おまけに微動だにしていない。
教室内の空気は冷え切っている。
え!? なにこの空気!
失敗!?
私はめちゃくちゃ焦って、手汗が出すぎてクォーツを落としそうになった。
あっ確かによく見るとクォーツに色素が残ってる。
どうしよう。
一見透明だけど、やっぱりシトアが作ったものとはほど遠いや。
けど、それが一目で分かるようになったのはものすごい進歩じゃない!?
「え、えっとーー……それで……?」
私は居心地が悪すぎてリアクションを催促した。
全員無言の謎の時間が続いたあと、ようやくシトアがひとりでに拍手をする。
「なるほど、良くわかりました」
笑ってはいるけれどなぜか他人行儀なのは試験中だからだろうか。
瑠璃ねぇも拍手をはじめて、ようやく教室内の空気が正常になる。
「どうですか? 赤縁先生。私は素晴らしいと思いましたよ」
「……こっ、こんなの嘘よ! 何もないところから魔法を使うなんてありえない!」
「僕もできますが」
シトアは手にしていた書類を魔法で折り鶴にして飛ばして見せた。
「それはシトア先生だからでしょう! この子の潜在能力がこんなに高いなんて推薦状にはどこにも書いてありません! ただ、がむしゃらで諦めが悪く根性があるとしか……」
ほ、褒められているのかいないのか……微妙だ。
私が瑠璃ねぇをじっと見ると、瑠璃ねぇは少し声を上げて笑った。
「ふふ、だから今日これだけの魔法を使えたんですよ」
「意味がわからないわ! きちんと説明してください!」
「あら。赤渕先生がご自分でおっしゃっていましたよね? 魔宝石は緻密で繊細な世界だと」
「だから、なんですか?」
ザマス先生の刺々しい態度とは裏腹に、瑠璃ねぇはゆっくり「ですから」と続けた。
「宝石師は絶望するほど失敗を繰り返す。途中で心が折れてしまう人を私はたくさん見てきました。私もその一人です」
瑠璃ねぇの母校はここ、ラディアント魔宝石学園だ。
魔法省で働いているのはてっきり夢が変わったんだと思っていたけど……。
瑠璃ねぇは宝石師になるのを諦めてしまったんだ。
私、知らなかった……。
瑠璃ねぇはいつでも完璧だと思っていたから。
みんながよく聞いているのに頷いて、瑠璃ねぇは微笑んだ。
「どうしたらもっと自分がうまく魔法を使えるのかいつでも考えている。それがどんな道のりでも諦めない。三日月さんのその心は、魔宝石を作る上で最も大切なものだと思うんです」
他の先生達は瑠璃ねぇの言葉に納得するように頷いたけれど、ザマス先生だけはずっと黙り込んでいた。
しばらく沈黙が流れた後、後押しするようにシトアが手を上げる。
「僕もその意見には賛同します。クラス分けテストであれだけ辱められても、この子は逃げなかった。最初から素質はありましたよ」
「そう、ですか……」
ザマス先生は、長い長いため息をついた。
そして、キレのある動きで私の方へやって来る。
「一朝一夕で魔法を使いこなせるわけがない。今回の事はまぐれだと思います」
「えっ」
確かにそうかもしれないけど、面と向かって言わなくても……。
困惑する私に、ザマス先生は「ですが」と言葉を続けた。
「諦めない心があるのであれば……。いつかきっと、まぐれではなくなるのでしょうね」
その時、ザマス先生ははじめて私に微笑んだように見えた。
「試験は終了にします。合否は追ってご連絡しますので、今日はお帰りになって結構です。では先生方は会議室へ」
と言った次の瞬間にはもう元のように戻っていたけれど。
教室を出て行く先生達の波を見ていたら、その中からシトアが出てきて私の肩をポンと叩いた。
「おつかれ」
一言そう言って、教室を去っていく。
私は急いでその背中を追いかけた。
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