SS アンデッド・パーティ(前編)

 ゼウトス王国の秋は賑やかだ。

 秋の祝祭では豊穣の女神と狩りの女神のため、豪華な食事を囲む。普段は夫婦やごく近しい家族としか食事を囲まないのがゼウトスの常識だが、こと祝祭となれば別である。

 ミノス王は王城前の敷地を民に解放し、祝祭を催していた。

 豊穣の女神に捧げるのは野菜と肉をたっぷりと詰めたパイと果物を入れた重くて甘いパウンドケーキ。ミノス王から民へと振る舞われる。テーブルに並べられるそばから、様々な手や脚が伸びてそれを取っていく。満足げに見守るミノス王だが、実際に作るのはゴーシュを始めとした料理人たち。調理場は戦場の様相だ。

 狩りの女神に捧げるのは、鹿に兎、そして酒。獲物を刈って振る舞うのはカーラ王妃だ。

 木々に吊るされたそれらの供物を丸呑みする者あり、酒に酔ってそこいらじゅうに寝転がる者ありと、こちらも大変な賑わいだった。

 

 カトリーヌはそれを、自室の窓から眺めて見ている。隣に立つフェリクス王子がカトリーヌの肩を抱いているが、彼女の顔は不満げだ。


「どうした?」


「あんなに賑やかなのに、私は参加できないんですもの」


「民のための催しだからな。それに酔っ払いもいる。危ないだろう」


「はあい……」


 それでも、サージウスやアマデウス将軍はちゃっかり参加しているのである。


(いいなあ)


 そう思った瞬間、アマデウス将軍と目が合った。視線を感じたのだろう。さすが武人というところだけれど、少し恥ずかしい。きっと羨ましげな顔をしていたから。

 将軍は近くにいたサージウスを呼ぶと、なにやら兜に耳打ちをしている。耳はあるのだろうか? と無粋なことを考えながら見ていると、サージウスが手を振って、そして、消えた。


「カトリーヌ様、いじけてますねー」


「!? ふへぇ!?」


 声に驚いて振り向けば、そこには一瞬前まで窓の外にいたサージウスが立っている。

 

「カトリーヌが腰を抜かすだろう、いきなり背後に立つのはやめろ。ノックをしてから入れ。ドアの外からやり直せ」


「王子最近俺への当たりキツくないすか?」


「ふん、カトリーヌの部屋に入るのだから当たり前だ」


 後ろから抱きすくめるようにして言う王子の口調が、いつもより子供っぽい。悪友、というものなのかしら、と想像するとおかしくなる。


「ふふ、大丈夫ですよ。どこにでも現れることが出来ると、私がうっかり忘れていただけですから」


「カトリーヌ、あまりこいつを甘やかすな。大体、」


「さすがカトリーヌ様! 我々への理解がある!」


 王子の言葉を遮って、サージウスが声を上げる。


「そんなカトリーヌ様を、特別なパーティにご招待しようかと思いまして」


 ぎしぎしと音を立てながらサージウスが大仰に礼をする。

 右手を胸に添え、左手は水平に上げ、右足を下げるというように。これは最近演劇で流行している俳優風の礼だとすぐに分かった。エリンとゼウトスの交流が盛んになり、その中で各種文化活動も盛んになっている。その筆頭が演劇だった。

 新しいもの好きのサージウスも早速見に行って影響を受けたという次第だろう。


「パーティ? お前、まさかアレに呼ぼうとしているんじゃないだろうな」


「いいでしょう。カトリーヌ様だって賑やかな場に出てみたいですよね?」


「しかしアレはなあ。なんというか、祝祭とは違った盛り上がりで、カトリーヌの教育に悪い」


「なに過保護な親みたいなこと言ってんですか! ね、カトリーヌ様、パーティ出たいですよね。……カトリーヌ様?」


「へ? あ、はい!」


「ほら、決まりですよ!」


「むむ。じゃあ、僕が付き添うなら良い」


 カトリーヌがお辞儀についてあれこれ考えている間に、話が進んでいたらしい。

 つい勢いで返事をしたところ、パーティとやらに参加することになってしまった。

 


 ……秋の祝祭が終わると、ゼウトス国内は途端に静かになる。冬支度のためだ。

 暖かい地域ではあるが、種によっては冬場は動きが鈍くなり家にこもる者もあるし、冬眠する者もいる。

 そんな頃、にわかに賑やかになる者たちが居る。

 アンデッドたちだ。


「こ、これ、なんですか?」


 ある冬の日。厚い雲に日差しを遮られ、霧が庭を覆っているそんな日。

 魔王城では『パーティ』への参加準備が進められていた。

 衣装室に並べられたのは、蜘蛛の糸の張った白いドレス、包帯に血糊、顔を隠す喪のベール。


「これ……なんなんですか?」


 カトリーヌが繰り返す。いつもはかしましいチェリーたちが居ない衣装室は、やけに広々と感じる。

 

「パーティ衣装ですよ。お忍びですからこっそり用意したんですよ? あ、王子の分もありますよ」


 そう言ってサージウスが指す先には男性用の衣装がある。

 こちらはボロボロのローブで、顔を隠すほどフードが大きい。

 そして、顔の上半分を隠す仮面が一つ。白地に蜘蛛の巣模様が描かれている。


「なんというか、僕の衣装がみすぼらしくないか?」


「カトリーヌ様の付き添いですから。それともヴァンパイア風と洒落込みますか? 一応用意はしてありますけど」


 ううむ、と悩む王子と、どうでも良さげなサージウス。二人のやり取りを見て、カトリーヌはますます疑問を深める。


「あ、あの……! パーティで変装が必要なのは分かるのですが、どうしてどちらも変わった衣装なのですか?」


 思い切って訪ねると、一人と一体の目が同時に向けられる。


「何って、……ああ! カトリーヌは知らなかったか」


「そういえば説明してませんでしたね。これから行くのは、俺らアンデッドのパーティですよ!」


「アンデッドのパーティ!?」


 驚いて声を上げると、しいー、と両者からたしなめられる。

 慌てて口に手を当てて、黙って説明を聞くことにする。


 どうやら、この時期にアンデッドたちは休暇を得るらしい。そもそもアンデッドたちは、原則的には契約者に呼び出されて混沌からやってくるのだという。無理に働かされているわけではないが、国が静かになる冬支度の頃合いに一斉にアンデッドウィークという休暇期間をもらうのが慣例なのだそうだ。


「俺たち基本的に契約どおりに動くのが喜びの陽気な働きものなんですけどね。戦争中も続けてた習慣ですからね、ありがたく遊ばせてもらおうってわけです」


 はあ、と呆けた顔で聞いていると、サージウスはさらに言葉を続ける。


「つっても欲らしい欲もなくってですね、せっかくだし集まるかと。集まって、生き物のマネでもして遊ぶかと。そんなパーティですよ。なにしろ俺らは陽気なんで!」


「ただ、アンデッドたちの休暇に水をさすわけにはいかないからな。僕は反対したのだが」


「あ! だからアンデッドの仮装をするんですね!」


 カトリーヌがひらめくと、王子とサージウスは揃って頷いた。

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