SS アンデッド・パーティ(中編)

「そうとなれば着替え、頑張ります!」


「ドレスはお一人で着られるものにしましたけど、手伝いが必要なら言ってくださいね」


「僕にな! 僕に声をかけるんだぞ!」


 張り切るカトリーヌに、サージウスと王子が競うように声をかけてくる。


「大丈夫ですよ。私、たいがいの事は出来るんですから!」


 そう答えてカトリーヌは、ドレスを抱えて着替えのために用意された幕の裏へと引っ込んだ。

 カトリーヌのため、衣装室の中に簡易的な幕が張られているのだ。


 さて、と彼女はドレスを前に腕組みをする。ドレスをよくよく見ると、蜘蛛の糸は細い刺繍糸で代替してある。ところどころにほつれと血のりがつけられていておどろおどろしい。

 きっとゾンビの女性の扮装をしろということなのだろう。

 

「ふふ、大変身してみせるわ。ええと、包帯があるから、肌が出る部分に巻いて……と。血のりもたーっぷり使って。最後に喪のベールで顔を隠してと。あ、顔もちょっと工夫しようかな。蜘蛛の糸もドレスだけじゃなくて、髪につけたらいいかも!」


 バザールデートのための仮装とはまた違う楽しさがある。自分と全く別の存在になってみるというのはこんなにワクワクするものなのか、と思う。

 こだわりすぎて、いつのまにか時間をかけすぎててしまっていたらしい。

 幕の外から心配する声が掛けられて、それに二度ほど返事を返す。もう少し待って、と。

 そうして、カトリーヌの仮装は完成した。


「じゃーん! どうです? 素敵じゃないですか?」


 幕を引いて仁王立ちしてみせると、王子とサージウスは揃って固まった。

 と、同時にカトリーヌも固まった。

 フェリクス王子の仮装も完成していたからだ。ローブ姿ではない。仕立てのよい燕尾服をまとい、胸ポケットには血のように赤いバラが刺されている。

 蜘蛛の巣模様の仮面の下に見える肌は、青白く塗られている。静脈の浮き出た堅そうな肌は化粧によるものだろう。口からは尖った牙が覗いている。


「フェ、フェリクス様……お似合いです……! ヴァンパイアですね!」


「カトリーヌは、その、変わりすぎじゃないか?」


「そうですか? ……似合いませんか?」


「いや、に、似合っている。君は変装の名人みたいだ」


「おっ。ベールの下の顔にも血のりつけたんすね。いいですよ、生まれたての初心うぶなゾンビ娘って感じで可愛いです!」 


「ふふふ、そうでしょう。では、参りましょう!」


 そうして、三人はアンデッド・パーティに繰り出したのだった。




 サージウスに案内された先は大きな館だった。

 ある高名なヴァンパイアが所有しているもので、毎回会場を提供してくれているのだという。


「俺はいまいち、ヴァンパイアがアンデッド仲間とは思えないんですけどね」

 

 サージウスが、鎧姿のわりに器用に肩をすくめて言う。


「なぜです?」


「簡単ですよ。あいつらは種族ですから。主人と契約してるわけでもないし、正確にいえば死なないわけでもない。食事として吸血するし、眠りもする。だから王子がヴァンパイアの扮装するのも嫌だったんですけどねえ」


「会場を借りておいて文句を言うな」


「まあ、その恰好で会場に入ったら分かりますよ。俺の言う事が」


 フェリクス王子にたしなめられて、サージウスがいじけた調子で返す。

 そんなものか、と聞いているうちに三人は洋館の扉の前に着く。扉は解放されていたが、正面には大コウモリが羽根を広げて一匹ぶら下がっていた。これでは入れない。

 大コウモリが問う。


「招待されているか?」


 サージウスが鎧の中からカードを取り出すと、コウモリはつまらなさそうに羽根を閉じた。

 青白い人魂が照らす入口のホールを進む。不気味なレリーフが映し出され、カトリーヌは内心びくびくしながら進んだ。王子がエスコートしてくれているので、不安はないけれど。

 

(そういえば、魔王城に来る前に想像していたお城の様子はこんな感じだったなあ)


 なつかしさを覚えた頃合いで、玄関ホールを抜けて、奥のホールの扉に到着した。ここがパーティ会場らしい。

 秘密のパーティでもなんでもないけれど、秘密めいた演出のためにこうしているのだ、とサージウスが教えてくれた。




「わあっ!」


 会場に入ってすぐに、思わず声を上げる。

 目のまえを半透明のゴーストの子供たちが大勢よぎっていったからだ。追いかけっこをしているらしく、キャッキャッという声がそこら中に反響している。

 パーティは大盛況のようで、そこいらじゅうに様々なアンデッドたちが集っている。

 

「あれは手前で踊っているのがスケルトンたち、奥で会話をしているのがゾンビの貴婦人かな。ああ、オーケストラにもゾンビがいるな、それにミイラ。彼らの演奏は僕も聞いたことがある。楽団と契約しているんだ。歌っているのはゾンビシスターたちだ。異教徒だがここでは誰も気にしない。それと、血のカクテルを飲んでるのがヴァンパイアたちだ」


 王子が耳打ちで教えてくれる。こくり、と頷くと隣からサージウスが声を掛けてくる。

 

「ヴァンパイアには気を付けて下さいね。特にあの長髪のやつ。この館の主人ですが、年中花嫁募集中なんで。生者だと分かったら面倒ですから」


 忠告にまたも頷いていると、その『長髪のヴァンパイア』と目が合ってしまった。

 彼はさりげなく周りとの会話を切り上げると、真っ直ぐとこちらに向かってくる。血のカクテルを片手に携えたまま。


「へ? こっち、来ちゃいますけど?」


 うろたえていると、王子がサッと背にかばってくれた。


「やあ。いらっしゃいませ、麗しいゾンビのお嬢さん。まだ血が噴き出したてかな? 若々しいね。その割に、血の匂いは薄いようだが……」


 ウェーブがかった銀髪をなびかせ、王子の背に隠れたカトリーヌを覗き込む。

 虹彩の薄い瞳に、血管の浮かんだ青白い肌。唇から覗く牙がぎらりと光った気がした。


「レディへの挨拶としてなっていないのでは?」

 

 王子が好戦的に答えると、彼はカクテルを手元で優雅に揺らして見せた。青二才めが、とその瞳が言っているように見える。


「これは失礼、ご同輩。見かけない顔だね。私はモーシェルスク。君とお嬢さんは?」


「俺はサージウスっていいます」

 

 そう言って割り込もうとするサージウスを、彼は片手で軽く止めた。ヴァンパイアは怪力だと、そういえば聞いたことがある。とカトリーヌは思い出した。


「君の名前はよく知ってる。知りたいのは君たち二人だ」


 モーシェルスクはにやりと目を細めて言った。

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