50話 作戦の遂行

 翌日、二人はミノス王の執務室を訪ねた。


 カトリーヌの見た未来について、フェリクス王子が語り終える。

 と、王は一つしか無い目の上を押さえて唸った。

 たっぷりと沈黙の時間があったり、とうとう重い口が開かれた。

 

「……なるほど、よく教えてくれた。感謝する」

 

「これで、兵を動かせますか?」

 

 カトリーヌが訊ねると、ミノス王は深く頷いた。

 

「侵攻してくる場所までわかるとは、カトリーヌ殿はまことに素晴らしい能力者であるのだな。しかし、だからこそ難しい面もある。……予知をもとに兵を動かす以上、その能力を民に秘密には出来なくなってしまう。いやはや」

 

 ぐぐぅ、とミノス王が喉の奥で低いうなり声をあげた。

 王の言葉を受けて、カトリーヌは一歩前に出る。

 

「ご心配ありがとうございます。でも、ミノス王陛下はぜひ王としての立場だけでご判断くださいませ。私のことは、どうぞお気になさらないでください」

 

「カトリーヌの身辺は、城をあげて守りましょう」

 

 フェリクス王子の言葉に、ミノス王が苦しそうに頷いた。

 

「大丈夫です。きっと私の力は、こうして使うためにあるんです。それよりも、どうか両国ともに血の流れないように、お願いします!」

 

 カトリーヌが深くお辞儀をすると、ミノス王は立ち上がり、彼女の肩を優しく叩いた。

 

「努力しよう。こちらが先手をとれるわけだからな。倍の兵で囲んで降伏を促そう。エリンとの交渉までの間、捕虜として丁重に扱うことを約束する」

 

「ありがとうございます」

 

 こうして、策は決まった。



 

 釣り針のようだった月が日ごとに細り、猫のひげのような月になる。

 その後に、月はとうとう姿を消した。新月の夜がやってきたのだ。

 

 フェリクス王子が指揮をとり、四騎士を筆頭にした兵を率いて出かけていく。日が落ちる時間に湾に到着し、そこで陣を構えてエリン王国の船団を待ち受ける計画だ。

 

 侵攻してくる兵は小舟でたったの五隻という先見の結果を受けて、王子は予測をたてていた。

 おそらく、先に上陸した少数兵力が小回りを生かしてゼウトスを混乱させたのち、本隊が攻め込む手はずなのだろうと。

 つまり、先に上陸する五隻分の兵を捕えれば、本隊は動かないだろうということだ。

 

 カトリーヌは作戦の成功を信じていたので、先見で結果を知ろうとはしなかった。

 ただ……、王子の無事を祈り、出来るだけ血が流れないようにと願うのみだ。

 

 紫色に暮れていく空を眺めながら、窓の格子をひとつひとつ拭いていく。王子の白い甲冑の後ろ姿を、無意識に窓の向こうに思い浮かべながら。

 

 不意に目の前に紙が落とされた。

 

『そこ拭くの、もう三度目だぞマヌケ』

 

 拾いあげた紙の文面を読み、頭上を見る。そこには羽根ペンがふわふわと飛んでいた。

 その鉤爪にはもう一枚、紙が掴まれており、今度はそれをべたりと顔に押し付けられる。

 

「ちょ、ちょっと! なにするんですか!」

 

 羽根ペンを手ではらって、顔に押し付けられた紙を取る。

 皺の寄った紙には、『忙しくなるのはこれからだ。今はただの役立たずなんだから休んでおけ』とそっけない言葉が綴られていた。

 

「一言余計なんですよ、素直じゃないんですから!」

 

 小声で文句を言うと、聞こえたのか聞こえていないのか、羽根ペンはカトリーヌの後頭部をはたいてさっさとペン立てに戻ってしまう。むっとするものの、発破をかけようとしているのは伝わってきた。

 それに、羽根ペンの言うことももっともだった。

 

(そうよね。作戦はきっと成功するし、忙しくなるのはこれから! 昨晩は不安で眠れなかったし……)

 

「よし!」

 

 カトリーヌは掛け声とともに雑巾を置いて、ソファに横たわった。

 

「気合を入れて、寝よう!」

 

 移ろいの早い薄暮の頃合い。窓の外は夜の空気を濃くし始めていた。


 

 

 作戦はつつがなく進行した。

 作戦に参加した王子たちも、帰還を迎えたカトリーヌ達もあっけにとられるくらいに。

 

「フェリクス様、おかえりなさい! お怪我はありませんか?」

 

 カトリーヌが駆け寄ると、王子はカトリーヌの頭を撫でて微笑んだ。

 

「ああ、両国とも血の一滴も流れなかった。エリンの兵たちは、即座に降伏したよ。君の作戦のお陰だ」

 

「カトリーヌ様のおっしゃっていた通りでしたね~! 先見の力ってマジで無敵じゃないですか!」

 

「サージウス! 軽率なことを言うんじゃない!」

 

 横から口を出してきたサージウスに一瞥をくれると、王子は「捕虜を下に」と指示を出した。

 

「下? 地下があるのですか?」

 

 そう訊ねながら、サージウスたちの背後に捕えられているエリン兵士たちに目を向けると、にわかに彼らがざわつきだした。

 

「カトリーヌ様だ」

「無才無能ということだったのに」

「作戦を考えたというのは本当か?」

「エリンを憎んでいるに違いない」

「魔族になったというぞ」

「食われるんじゃないのか?」

「ひぃっ! 助けてくれ!」

「化け物!」


 ドン!


「静まりなされぃ!」

 

 アマデウス将軍が足を踏み慣らし、怒号を上げた。

 

「カトリーヌ殿は貴殿らを傷つけぬようにと我らに言ったのだ! 失礼なことを申したら我が許さぬぞ!」

 

「俺も許せねえかもなあ」

 

 横から入ってきたサージウスが、兜を取って首なし騎士の姿になってみせると、いよいよエリンの兵たちは泣きそうになってしまう。

 

「み、皆さん落ち着いてください! とにかく、ちゃんとエリン王国にはお送りしますから、それまでこの城でお過ごしください! ね、アマデウス将軍もサージウスもそんな怖がらせないで」

 

「ううむ、カトリーヌ殿がそう言うならば我らもほこを納めますが」

 

「あんまりカトリーヌ様に失礼なこと言われたら、むかついちゃうかもしんないよ」

 

 異形の騎士たちがカトリーヌにかしずくのを見て、エリン兵たちは益々ますます恐ろしいものを見るような視線をよこしてくる。

 

(うう、うまくいかないなあ。普通に話したいだけなのに)

 

 少しとまどいながら、地下に向かう一団を見送るカトリーヌだった。

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