49話 カトリーヌの願い

「聞かせてほしい、何を見たのか。君の力は君を幸せにするためにある。未来を良いものに変えていこう」

 

「私の、幸せ……」

 

 フェリクス王子の言葉をうけて、カトリーヌは心を決めた。そして、見たものすべてを語った。

 ゼウトスが戦場になることも、城の皆が戦闘をすることも。

 

「ふむエリンの兵が和睦を破って奇襲してくる、ということか」

 

「私の望む幸せは、両国の平和です。止めたいです……恐ろしい争いを」

 

「そうだな。それにしても奴らがどこから侵入してくるのだろうな。国境は警備兵が常駐しているし、アラーニェの一族の見張りもあるのに」

 

 王子が首をひねって言う。

 それを聞いて、彼女は一つの案を思いついた。

 

「……先見を、試してみましょう。いつどこから侵攻してくるのかを、突き止められるかもしれません」

 

 カトリーヌの言葉に、王子は目を見開いた。

 

「辛い光景だったんだろう? 無理をすることはない。兵力を国境の警備に割けば……」

 

「いえ、それでは民に不安が広がります。それに、戦闘になればどちらの兵にも被害が出ます。それは避けなくては……」

 

「難しいな、戦わずに追い返すということか?」

 

「捕えて交渉に持ち込むのはどうでしょう」


 カトリーヌが言うと、皇子は意外そうに目を開く。

 少しの間の後、王子はふむ、という声とともに頷いた。

 

「なるほど、再び同じような企みが起こせないよう、釘を差すことが出来るかもしれないな」

 

「はい。そのために、先見を試させて下さい」

 

 カトリーヌが宣言すると、王子はゆっくりと頷いて彼女の手をとった。

 

「分かった。君が戻って来れるよう、僕はこうして手を握っている。一緒に呼吸を合わせよう。さっきみたいに」


「ふふ、一人じゃないと安心できます」

 

 信じているよ、という王子の言葉を合図に、カトリーヌは瞳を閉じた。


 

 意識を集中して、未来の景色を掴みにいく。

 あの兵たちはどこからやってきたのか。時間をさかのぼるように、略奪の景色のなかを漂っていく。

 時間が巻き戻され、エリンの騎兵が後ろ向きに走る。たどり着いたのは、水辺だった。

 

 月の無い夜、エリン王家が派兵した兵団が、灯台の下の船着き場から後ろ向きに舟に乗り込んでいく。新月の暗闇にまぎれて航行してきたようだった。

 

 夜空を飛び回るようにして、一隻二隻と数えていく。小型の舟で五隻になった。

 

「これはム・ルーデス港のある湾かしら」

 

「いや、あちらはもっと明かりが多い。ここには灯台の明かりしかない」

 

 突然聞こえてきたフェリクス王子の声に、カトリーヌが驚いて隣を見る。

 手を繋いだままの王子がこちらを見ていた。

 

「これが、君の見ている未来の景色なのか」

 

「は、はい。あの、どうしてフェリクス様も?」

 

「共鳴だ。君ひとりに、未来を覗く責任を負わせたくない」

 

「フェリクス様……!」

 

 嬉しさで、続く言葉を失う。

 王子は彼女に微笑みかけると、再び口を開いた。

 

「君の体力が心配だ。急いで湾の特定をしよう。あの小さな舟で、そう遠くまで夜の航海は出来ないはずだが。彼らはエリン王国から漕ぎ出してきたのだろう?」

 

 王子に言われて、カトリーヌは我に返った。急いで思考を巡らせる。

 

「そ、そうですね! となると、きっとあの人たちが航行しているのは、エリンとゼウトスが共有する湾のほうですね」

 

 ゼウトスで一番大きな港であるム・ルーデス港。

 半島を挟んだ反対側には、エリンと共有する大きな湾がある。こちらは波が荒く港として栄えてはいない。地上の国境線上はもちろん兵を置いているし、アラーニェの一族が密かに見張ってくれているとも聞くが、湾内の警備については聞かない。

 

「湾内からゼウトス側の領地に侵入すれば、ゼウトス王城の麓までは女神の森を抜けて移動できますね」

 

「あそこは狩猟の女神に捧げた森だ。秋の儀式で王が狩りを行うとき以外は、立ち入りが禁止されている。隠れて進むにはうってつけだろうな」


 と、舟が上げたしぶきが二人にかかった。月のない夜の真っ暗な海から上がったしぶきは、なぜか黒くねばついていた。

 

 ぐらりと景色がゆがむ。黒い水がいつのまにか膝の高さにまで満ちていた。

 

「ひっ!」

 

 足を動かしても進めず、目を開こうにも目覚められない。まさに悪夢のようだ。

 

「もういい、カトリーヌ! ここから出よう!」

 

「フェリクス様!」

 

 強く抱きしめられ、やっと足が水から抜けた。


「こっちだ!」

 

 水面に、空には浮かんでいないはずの月の明かりがあった。丸く光る輪に飛び込むと同時に、カトリーヌの瞼が開く。


 

 自分のベッドに座っているのを確認して、カトリーヌは長い息をもらした。腕が、脚が、全身が重い。そして胃がはやくも空腹を訴えてきゅるきゅると鳴っていた。

 

「大丈夫か? どこか苦しいところはないか?」

 

 気づかわしげに訊ねるフェリクス王子に微笑みかけると、その肩にそっと頭を預ける。

 

「少し、疲れました。でも、必要なことは全て知れました。次の新月の夜にゼウトス側の湾からでしたね」

 

「ああ、よく突き止めてくれた。次の新月まではあと四日ある。備えるには十分だ」

 

「絶対に、平和を、守りましょう、ね」

 

 ぐぅ~、という自分のお腹の音を聞きながら、空腹にまさる眠気に包まれてカトリーヌは眠りについたのだった。

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