47話 二人の共鳴(シンクロ)
その夜のこと、カトリーヌの部屋で、カトリーヌとフェリクス王子は隣り合ってベッドに腰かけていた。
フェリクス王子の肩にそっと頭をもたれさせると、緊張が伝わってくる。
寄せた肩と二の腕に王子の体温を感じる。
ふと心の奥が
(フェリクス様のタイミングを待たなくちゃ。今まで言えていなかった秘密だということだもの。きっと、心の準備が必要なんだわ)
ふいに隣から息を細く吐く音が聞こえた。
「カトリーヌ、君の力の封印は君の母君が
「……お母様は、
「おそらくな。君の母君が僕の父に教えた術が何か、という話だが……。父は過去に、僕に封印を施したことがある。どこで学んだのか不思議だったんだ」
カトリーヌは、無言のまま王子の言葉の続きを待った。
「僕が以前、少しばかり水の気を操れると言ったのを覚えているか? そのほかに、母君から受け継いだ力があるとも言った」
王子の言葉に薄く目を開けると、彼の膝に置かれたこぶしが固く握りしめられているのが見えた。
「ええ、覚えています」
「僕が母君から受け継いだ力、それは、
王子の声が震える。
カトリーヌは思わず、王子のこぶしに手のひらを重ねて彼の横顔を見上げた。
「魅了と、共鳴? それはどういった力なんでしょう?」
「魅了は字の通り、相手の心を虜にするものだ。
苦しげに王子が言った。
「聞く限りですと、便利な能力に思えますけれど……」
「強力な分、使う条件が限られる」
王子の言葉に、「はあ」とカトリーヌの口から気の抜けた返答がこぼれた。王子が魅了と共鳴の力を嫌っているのは分かったけれど、力について具体的に想像できないので納得しきれないのだ。
それに。
「ミノス王様がその力を封印されたのに、フェリクス様は力を嫌って秘密になさってるんですか?」
カトリーヌの問いに、王子は焦れたような表情になった。
「いや、幼いころに封印されていたが、術が弱かったのか解けてしまった。父上も、僕の力を嫌って封印したのだろうにな。がっかりしたことだろう」
王子の声がまた震える。思い出したくないことを必死で押し込めるような、しかしどこかで、全てを明かして壊してしまいたいような。
カトリーヌは思わず王子を抱きしめた。
「カ、トリーヌ⁉」
「あの、フェリクス様が嫌じゃなければですけれど、私に共鳴の力を使って下さいませんか? 不快になんかなりませんし、私のこと、全部知って頂けたら嬉しいです! 私の過去なんて、見苦しいだけかもしれませんけど……」
「君に、力を使う?」
「ただ力を嫌って封印されたとは思えないんです。きっとミノス王陛下にもお考えがあったんです。だから、私に使ってみてください」
紫の瞳に、真剣なカトリーヌの顔が映る。
「いいのか?」
「はい。して、下さい」
フェリクス王子がふとカトリーヌの肩を抱いた。二人はそっとベッドに体を横たえる。
手をつなぎ、一緒に横になる。
「目を閉じて。これから僕は君の中に入っていく。君も僕の中に入ることになる。呼吸を、合わせられるか?」
隣に横たわるフェリクス王子の熱が、手のひらを通じて少しずつ移ってくるのを感じる。ベッドの周りがゆらゆらとゆれて、やがて心音がリズムを合わせ始める。
そのとき、鮮やかな景色として、王子の心と過去が流れ込んできた。そういえば王子は、『お互いの』すべてが分かると言っていた。
まずカトリーヌが見たのは、低い視点から見上げる魔王城の広間。テーブルに椅子、すべての物が大きくなり、広間もぐんと広くなった気がした。
チェリーたちが、ちょうど同じくらいの目線だ。
「我が息子フェリクスの誕生日会によくぞ皆集まってくれた。嬉しく思うぞ。明日にはフェリクスは五歳になる。今後ともよろしく頼む」
山のように大きな魔王が、地鳴りのような声で告げ、拍手が起こる。
楽しい誕生日会のあと、執務室に呼ばれた。ミノス王は、真剣な顔つきに変わると、言葉を選びながらこう言った。
「実はお前は、相手を魅了する力と、相手の心のすべてを見通す力を持っている。素晴らしい力だが、王太子というお前の立場を思うと、
「ふういん?」
「そうだ、封印しておった。だが日付の変わる瞬間、お前の力は解放されてしまう。力を制御することを覚えるのだ。そして、今日までお前を、力を使わずとも愛してくれた、全ての者たちの信頼を裏切ることのないようにな。信じているぞ」
まだ幼い身にはよく分からなかったが、父が真剣であることは伝わった。
場面が切り替わり、今度は十歳ほどのフェリクス王子が見える。先程はフェリクス王子自身の目線だったが、この場面ではフェリクス王子の後ろから覗いているような視点だ。王子の記憶を見ているのだとしたら、十歳頃の王子は、こうしてどこか自分の外側から自分を眺めていたことになる。
庭でのティータイムを楽しんでいた王子の元に、来客が訪れる。王子が微笑むと、客はすっかり王子の虜になった。魅了の力が勝手に発動してしまっている。
骨抜きになった客を眺めながら、王子が心中深く傷ついていることに、共鳴中のカトリーヌは気づいた。
王子が生まれつき持っている力、魅了と共鳴の調整が効かないとどうなるか。
王子の言葉を誰も聞いてくれない。何を言っても反論してくれない。力に目覚める以前に受け取っていた、自然な愛を失ってしまった。
調整が効かないなら、押し込めてしまえばいい。王子は、微笑みも人懐こさも封印することに決めた。
そして、人形のように表情の乏しいフェリクス王子が出来上がった。
共鳴しているカトリーヌは、王子の心に溜まっていく重く黒い感情を身の内に感じる。苦しい、苦しい、と叫びたくなる。
しばらく後にカトリーヌが嫁いで来て、今に至った。王子の目と心を通して自分を見るのは、少し気恥しいものだった。
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