46話 ミノス王の甘い思い出(と荒れる王妃)
「な、何事であるか⁉」
「襲撃か⁉」
「ウジウジこそこそしているんじゃありませんよ!」
即座に戦闘態勢に入ろうとした二人に、怒鳴り声が浴びせられた。
声は蹴破られたドアから舞い上がる粉塵のむこうから響いていた。
「カトリーヌちゃんを信じなさい! 自分の力について知らないままなんてかわいそうでしょ!」
その言葉とともに濃厚な花の香りが部屋になだれ込んできた。
「は、母君」
「カーラ、ち、違う。ちゃんとこれから説明しようと」
「黙らっしゃい!」
焦る男二人の前に蔓を広げて立ったカーラ王妃がそう一蹴すると、執務室の空気がびりびりと揺れた。
「あ、あのう。カーラ様。私は大丈夫ですから。その、ミノス王陛下もフェリクス様も私のことを考えてくださってのことだと思いますし」
おずおずと声を出したのは、カーラの後ろに隠れるように立っていたカトリーヌだ。はじめは縮こまっていたが、よいしょと蔓を乗り越えるようにしてカーラの隣にまで進み出た。
「で……でも、私もそろそろ知らないといけないと思います。真実を受け止められるように、頑張ります。だから、教えてください!」
「いつまでもカトリーヌちゃんに説明しないものだから、かわいそうに、不安になって私を頼りにきたのよ。いいこと? ここでハッキリとさせましょう」
お辞儀をするカトリーヌに、やさしく蔓を絡ませながらカーラ王妃が言う。
「カトリーヌちゃんが力を封じられていたことは、気づいていました。一度、私の魔力で触れた際に弾かれていますからね。まさか
そこで、カーラ王妃はミノス王に向き直り言葉を続けた。
「封印について、ミノスはカトリーヌちゃんに話すべきことがありますわよね。手短に教えてあげなさい」
カーラ王妃の言葉に、ミノス王はごつごつの皮膚を青ざめさせながら、思い出話を語った。
「あれは儂がまだ、ただのミノタウロス族のミノスであった頃……二十九年前のことだった」
ミノスの語り(長い)によると、終わらぬ戦争に飽き飽きとしていた若き日のミノスは、ゼウトス国内を一人で旅していたという。力自慢のミノスは、立ち寄る集落で手伝いをしたり、力比べをしたりして、日々をやり過ごしていたそうだ。
そんな折、山をぶらついていたミノスの前に、一人のヒト族の少女が飛び出してきた。質素なワンピース姿だったが、ブロンドの髪にエメラルドの瞳を持つ美しい少女だった。ミノスの姿を見て恐れもせず、彼女は言った。
「これから豪雨が降ります。峠の道がふさがれるから今すぐ引き返してください」
十歳ほどに見える少女は、ミノスを恐れる様子もなくそう告げた。
ミノスから逃げるためにでたらめを言っているものだと決めつけて無視することにしたが、少女は頑としてゆずらない。
少女のか細い腕で引っ張られて仕方なしに下山をすると、やがて激しい雨が降り出した。そして、峠から土砂崩れの音が響いてきたのだった。
驚いて少女に訊ねると、未来が見える一族なのだという。能力の性質上さまざまな思惑に巻き込まれることが多く、一族は流浪の民として諸国を渡っていた。しかし、少女はここゼウトスでその一行からはぐれてしまったという。
「
ヒト族の少女を連れて集落に入るわけにも行かず、二人は焚火を囲んで野宿をしていた。
「なぜそれを儂に話す」
「よい人は、わかりますから」
エメラルドの瞳がまっすぐとミノスを射た。
そうして、彼女はミノスにとって初めてのヒト族の友人になった。だが共に過ごすなかで、彼女の姿も能力もどうしても目立ってしまった。ついには先代魔王に目をつけられ、刻の巫女として魔王の元へ差し出された。そして、ついには娶られることになってしまった。
「その後、同士を集め力をつけた
「予言、ですか?」
カトリーヌが質問をさしはさんだ。ミノス王の話を聞きながら、まさか、と心が落ち着かなくなる。無意識に、胸元のペンダントを握りしめていた。
「儂がエリンとの戦争を和睦にて終わらせることになる、と彼女は予言したのだ。和睦の際に、エリンの王女を城に迎える事になるとも言った。そしてミレイユ殿は頼んだのだ。城に迎えるエリンの王女は、自分の娘だ。だから、大事にして欲しいと。力を持たない娘だったとしても、虐げずに置いてほしいと」
「ミレイユ! お母様の名前だわ!」
カトリーヌはそう叫んで、崩れ落ちそうになった。
「……そんな、お母様はエリンに逃れたのに、今度はエリン王の妾になって、不自由なまま一生を終えたというの……運命をさとっていたのに、生まれる私の心配だけをして……」
「カトリーヌ、違う。君がそんな風に思うことは無いんだ」
「うむ。カトリーヌ殿、落ち着いて聞いてほしい。ミレイユ殿が儂に教えた術は、その後フェリクスが生まれたときに役立ち、封印の……」
うろたえるカトリーヌを囲み、フェリクス王子とミノス王がなだめすかす。
と、空を切るヒュンという音。続いて、強く床を打ち据えるビタンという音が響いた。
「……初恋の甘酸っぱい思い出を聞いてるんじゃありませんのよ」
「カ、カーラ⁉」
「手短にと言ったのに、なにをうっとりと語っているのかしら! まさかまだ恋しく想っているんじゃないでしょうね!」
「ち、違うぞ! ミレイユ殿とはそういうのではない! それにカーラと出逢う前の話ではないか!」
「うるさくてよ!」
ビタン! ビタン! ビタン!
王妃の蔓がどんどんと荒れていく。
「落ち着けカーラ! 痛い痛い痛い!」
「何のために私が、カトリーヌちゃんの様子をあなたに伝えていたと思っているの! 父として王として、もっと早く支えてあげるべきでしょう! ええい意気地のない!」
「む。母君がああなってはもうダメだ。退散しよう」
「え? え? 良いんですか?」
戸惑っているうちにも、王妃の怒りはどんどんと激しさを増し、床の安全地帯が無くなっていく。
「よい。大体分かった。父上が授かった術については、僕の秘密にも関わることだと思う。僕から話そう」
「フェリクス様の秘密、ですか?」
「うむ。長くなるから、続きは夜にでも落ち着いて話そしたいう。君の部屋……でっ⁉」
ピシ! という空を裂く音が王子の頭上に響き、二人は慌てて頭を低くする。
暴れる蔓にさえぎられて、会話は途切れてしまった。
そうしてカトリーヌは、王子に抱えられるようにして執務室から脱出したのだった。
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