42話 バザールでお忍びデート・3

「カトリーヌ様の不思議なお力で、未来を教えてくれたって聞いた! おかげで友達が助かったの!」


 水害の予知について思い出していたカトリーヌだが、コボルトの少女の興奮した声で現実に引き戻された。

 

「嫌な予感が偶然当たっただけよ。でも、助かって良かったわ」

 

「そうなの? なんでも見ることが出来るって聞いたけど」

 

「なんでもなんて、無理よ!」

 

「えー! じゃあ先見さきみとは違うのかあ」

 

「先……?」

 

 また『先見』だ。

 

「今日はこっそり遊びにきているんだ。悪いがここで失礼するよ」

 

 気になったカトリーヌは聞き返そうとしたが、横からフェリクス王子が体を割り込ませてきてしまった。

 王子は指を唇にあてて、少女にむけて「しぃー」と合図をすると、引きずるようにしてカトリーヌを連れて行く。

 

 その後も、バザールを歩く間に何人もの民に声を掛けられた。

 しまいには、『カトリーヌ様がいるらしい』という噂が回り、わざわざ探しに来るものまで現れたのだった。

 

「偶然そんな気がしただけですから」と群がる人々に繰り返し答える。そのやりとりに、なんだかすっかり疲れてきてしまった。

 民はどんどんと集まってくる。

 カトリーヌが律儀に返していると、王子がさっと横から手を出した。そのままカトリーヌを無理やり人々の輪から引っ張り出す。二人は走って集団から逃げ出すことになった。



 

「…………ゼェ、ハア、……やっと、撒きましたね」

 

「民の声を聞くのも大事だとは言え、とんだ目にあったな」

 

 二人は、バザールの外れにまで逃げて来ていた。

 

「もう少しだけでいいから、君は力を出し惜しんでくれた方が良いな。噂が広がりすぎているし、なんというか、崇拝対象になりかけている」

 

 肩で息をしながら王子が言う。

 

「う、そうですね。私も、途中から居たたまれなかったですくなってました」

 

 浅い口呼吸をしながらそうとだけ返す。

 そんな彼女をじとっと眺めてから、王子は口を開いた。

 

「君の力は直感がするどいだけ、と片付けるのが安全だと思っていたが、地すべりの件を考えるとそうも言っていられなくなってきたようだ。……いや、僕自身、目を逸らしたかっただけかもしれないな……」

 

「もしかして、王子のおっしゃっていた『先見』というものですか? 私には何のことだか……」

 

 思い出したばかりの疑問を投げると、王子は口を変な形に曲げた。

 

「君に伝えることが出来ていなくて、すまない。時機を見て父上に相談に行くつもりだ。それまでは、直感が鋭いだけのふりを続けてくれると助かる。それならば占いの類と変わらないからな」

 

 はっきりしない答えに不安を覚えつつも、それ以上説明を求めるのはやめておいた。

 

(悪いことをしているわけではないんだし、いい、のよね? でも、もしかして凄く不吉な力だったりする? そもそも、なんで力が目覚めたのかも分からないし、ちょっと不用意だったのかもしれないわ……。でもでも、助けられる相手は助けたいし。うーん……)

 

 黙り込んだカトリーヌの顔を、王子が気づかわしげに覗き込んだ。

 

「不安にさせたか? ただ、今はこれしか言えないんだ」

 

 しつこく聞くのも申し訳なく、カトリーヌは無言で頷いた。

 二人はなんとなく気まずい空気のまま、帰りの馬車を呼んだ。


 馬車の中でも、二人は静かだった。王子は、カトリーヌをバザールに誘ったことをうっすらと後悔し始めていた。

 と、突然カトリーヌが声を上げた。

「あ! 分かりました! フェリクス様、やっとまとまりました!」

 

「能力の話か? 何か思い出すことがあったか?」

 

 王子はずいっとカトリーヌに体を寄せる。

 カトリーヌも体ごと王子に向けて、目を輝かせて言った。

 

「いえ、それは王子のご説明を待つことに決めましたし、それまで大人しくしていようと思います。いまは気分転換に、本当の『王城風』について考えていたんですけど、」

 

「本当の『王城風』?」

 

 目を丸くした王子の顔は、不思議に間が抜けていた。

 カトリーヌは気にせず、はきはきと言葉を続ける。

 

「はい! 『王城風』をつけるのにぴったりのお料理がありました!」

 

「待て、何の話をしている? 僕は全然ついて行けていないぞ」

 

「なんとか風、と言ったらお料理だって話したじゃないですか! それでヒュドラーの生き血のスープこそが、王城風を名乗るのにふさわしいスープってひらめいたんです。でもそれじゃ足りないんです、美味しさをアピールするには『朝採れ』でしょう? だから、『朝採れヒュドラーの生き血スープ・王城風』でどうでしょう!」

 

「……どうでしょう、と言われても。詩の女神も逃げ出すほどの出来だな」

 

 天を仰いだ王子は、背もたれにだらりと体を預ける形で座りなおした。

 

「ゴーシュさんに伝えたいのですが、大丈夫でしょうか? こだわりがおありだから、怒るかしら?」

 

「いや、喜ぶんじゃないか。多分。知らないが」

 

 ため息交じりにこたえる王子と、スープを思い出しているのか顔をゆるめるカトリーヌ。

 そんな二人を乗せて馬車はのんびりと、王城へと向かって行った。

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