36話 赤ちゃん蜘蛛救出作戦・2
「おちちゃうの? 大変だよー!」
「どーする? アタシたちで受け止めるー?」
集まってきたチェリーたちが口々に騒ぐ。
「頼むから降りてこい! カトリーヌ!」
王子の悲痛な叫びが響く。
「俺らに任せてくれたらいいんですよ!」
「カトリーヌ殿ぉ! 無茶をするなぁ!」
サージウスとアマデウス将軍も、がたつく
でも、もう柄が届きそうなのだ。赤ん坊の胴に回っているシルクの織物にホウキの柄を引っ掛ければ、赤ん坊をこちらに引き寄せてキャッチできるはずだ。
冷静さを失っているカトリーヌの頭に、他の策は入ってこない。
(もうちょっと……!)
つま先立ちになって手を伸ばす。と、足元がぐらりと揺れ、カトリーヌがバランスを崩した。
「あ」とどこか間の抜けた声を発して、カトリーヌは転げ落ちた。
咄嗟に椅子から手を離した王子が、それを全身で受け止める。
ガツン!
鈍い音が響く。倒れざまに床に背中を打ち付けながらも、王子はカトリーヌを抱き留めて守ることが出来た。
「怪我はないか? 体をどこか打ったりは?」
カトリーヌの下敷きになったまま王子が訊ねる。カトリーヌはすぐさま立ち上がって、シャンデリアを見上げる。
「あ、赤ちゃんを……赤ちゃんを早く助けないといけないんです……ごめんなさい、先に赤ちゃんを……」
今までのカトリーヌなら、背中を打った王子の心配が真っ先に出るはずだ。それなのに熱にうかされたように繰り返すのは赤ちゃんの救出のことばかり。一瞬みんながおかしな顔をして、カトリーヌを見た。
一人違った反応を返したのは王子だ。「分かった」と言って立ち上がると、張りのある声で集まった皆に告げる。
「チェリー達、上に向かって連なって、蔓を絡ませ合い、はしごを作ってくれ。僕が登ってあの子を助けよう」
「王子殿ぉ! 危ないです、我におまかせをぉ!」
アマデウス将軍の声で、びりびりと空気が震える。
赤ん坊を吊るす糸も震える。全員が一斉に口に指を当てて、しぃー! と将軍を睨みつける。
「将軍では重すぎて、チェリーが耐えられないだろう。サージウスも甲冑が重い。僕が一番軽いんだ」
きっぱりとそう言いきった王子は、チェリー達に素早く指示を出して、はしごのようなものを作らせた。
チェリーたちの脚の蔓は一本では細いものだ。しかし絡ませ合えば強度は高くなる。王子は短く息を履いてから、蔓に足をかけて登り始めた。
蔓に登ったフェリクス王子が、吊るされた赤ん坊に向かって手を伸ばす。
キャキ! キキキャ! と赤ん坊が興奮するので、糸がくるくると回る。あともう少し、というところで、また赤ん坊が動く。
皆がヒヤヒヤと見つめるなか、糸がとうとう、切れた。
大広間中から悲鳴が上がる。
落ちてくる赤ん坊を受け止めるため、王子は蔓から両手を離した。空中で赤ん坊をつかんで胸に抱き寄せた王子が、落下する。
「フェリクス様っ!」
落下していく姿を見たくないのに、カトリーヌの視線は縫い付けられたように王子を追う。空中で体を反転させる王子が、スローモーションのように、やけにはっきりと見える。
赤ん坊を守るように抱きしめたまま落下した王子は、しかし、その下で待ち構えていたアマデウス将軍の太い腕に収まった。
カトリーヌは恐ろしさに腰を抜かしてしまっていた。
呆然としていたところに、遅れて安堵が訪れる。
「フェリクスさ……」
「むぅぅ、王子殿、無事であられるかぁ!」
カトリーヌが絞り出した声は、将軍の声にかき消された。
「大丈夫だ。だが、少し耳にダメージを負った」
将軍の腕から抜け出して、王子が顔をしかめる。
「なんとぉ! ぶつけられましたか!」
「煩いのだ、将軍。あなたの声が」
「ギキィィィイイイイィィ!!!!!!」
王子の答えに、火のついたような泣き声が赤ん坊の泣き声が被さった。
「おお、おお、どうされた赤子殿。王子殿の抱き方がお気に召しませんでしたかな」
小声で言った将軍が王子の腕から赤子を取り上げる。
「将軍の声に驚いたのだろう」
というフェリクス王子の抗議は、赤ん坊をあやす将軍の声と、キャッキャとした笑い声に変わった赤ん坊を前に無視された。
納得いかぬという顔をしながらも、将軍の腕の中の赤ん坊を見つめる王子の眼差しに、やっと安堵の色が浮かんだ。優しく、あたたかな目だった。
やっと立ち上がることが出来たカトリーヌが、王子に駆け寄る。
「フェリクス様! ありがとうございますっ! お体は大丈夫ですか? 怪我は? ああっ! 先ほど打った背中は? 頭はぶつけていませんか? すみません、私が落ちたせいで」
王子の胸に飛び込み、一気に感情を爆発させた。
「よかった、フェリクス様が怪我をされたら、私どうしたらいいか……!」
「無事なのだから、そんなに泣きそうな顔をするな」
「でも、でも私のせいで」
「良い。君が知らせてくれたお陰で、悲劇を避けられた。赤ん坊の声が聞こえたのか?」
カトリーヌの頬を手で覆い、優しく訊ねる。
「あ、それなんですけど……」
カトリーヌがそう言いかけたときだった。
「ギィィィィーーーー!」
耳をつんざくような鳴き声が聞こえてきた。
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